「てなワケで、シゲちゃんレギュラー確定おめでとー」
「おめでとー」


部活帰りのとあるお好み焼き屋さんにて。あたしは成樹の誘いに乗せられてここに来ていた。

目の前にはおいしそうに焼かれているお好み焼きが2枚。成樹は手元のグラスに入っているコーラを一口飲んで、お好み焼きを切り分け始めた。


「いやー、まさか俺もこんな早うレギュラー背負えるとは思わんかったわ」
「嘘、自信たっぷりだったくせに」
「バレとった?」
「バレないとでも思った?」


にかっと無邪気な笑みを浮かべ、お皿をあたしに差し出す。

確かに、前にも言った通り彼にはこの自信に裏付けされた実力がある。憎い程の天性の才能を持っているのだ。他のレギュラーの先輩−−特に大舘先輩なんかは努力してあの座を勝ち取ったタイプだろう。


「でも、そんな人もいる中で頻繁に休みたくはないわよね」
「そない言うたかてしゃーないやん。選抜の練習あるんやし」
「そうよねー……」
「部長はんらもその辺の理解はあるやろしな。今日やっとってわかってんけど、香原と藍住、あいつらも俺と同じタイプや」
「努力よりセンス型?」


せやで、と頷いてから、成樹はおいしそうに焼けたお好み焼きを頬張った。


「努力よりセンス型、ねえ。確かにあの二人そんな感じかも」


あたしも同じようにお好み焼きを食べながら、頭の引き出しから二人のデータを抜き出してみる。


「似てるかもしれないけど、やっぱり違うかも」
「そうか?」
「ええ。努力よりセンスっていうより、"努力して得たセンス"かしら」
「昔は努力人間やったってワケか」
「多分ね。あたしは別に、あんたが努力してないって言ってるわけじゃないのよ?」
「でも、大舘はんらに比べたら俺なんかみそっかすやさかいな」
「自覚してるのね」


すると、いきなりあたしの携帯電話が鳴った。誰だろう、とディスプレイに表示される名前に目をやる。


「玲さん?」


そこには、"西園寺玲"の文字が浮かび上がっていた。鳴り響く音を断ち切るようにあたしは通話ボタンを押した。


「もしもし?」
『あ、凪紗。今何処にいる?』
「何処って、お好み焼き屋にいますけど、何かあったんですか?」
『少し話したいことがあるの。今からうちに来れないかしら?』
「大丈夫です。今からですね? わかりました。多分、20分程で着きます」


失礼します、と最後に付け加えて電話を切った。


「コーチから? どないしたんやろ」
「さあ。とりあえず行かなくちゃ」
「送ってくわ。外、暗いし」
「いいわよ。椎名ん家、うちの辺りから逆方向じゃない。それに遠いし」
「別にかまへんって。チャリの後ろ乗ってけや」


荷物をまとめて忙しく店を出たあたしは、気付けば成樹の自転車に乗せられてて、そのまま椎名の家に向かった。




「あれ、早いじゃん姫川」
「成樹が送ってくれたの。ねえ椎名、もしかして今日、監督や松下コーチ達も来てたりする?」
「勿論。スペシャルゲストもね」


笑ってみせる椎名にあたしはクエスチョンマークを飛ばした。


「失礼します」
「おお、早かったな」


扉を開ければ予想通りの面子があたしを出迎えた。榊監督、松下コーチ、そして……あら?


「よっす」
「どうしてあなたがここにいるんですか久原先生」
「ちぃとお呼び出しくらってな」
「とにかく座れ。話はそれからだ」


そう言われてあたしはソファのそばに鞄を下ろし、松下コーチの隣に腰掛けた。同時に再びドアが開き、玲さんが入ってきた。


「呼び出してごめんなさいね。少し急を要する事だから」
「構いませんよ。それより、その"急を要する事"って何ですか?」


顔を見合わせて、暫く沈黙するコーチ陣。沈黙を破ったのは榊監督だった。


「3ヶ月後にあるチームと練習試合を行うことにした」


やっぱり、とあたしは一人心の中で呟く。この状況下だったら、対戦カードだって簡単に読めてしまう。


「正確な日時はまだ未定だが、夏の合宿最終日にやろうと思っている。対戦相手は東京都立山白高校だ」


松下コーチが楽しげな表情でこちらを振り返る。あたしはじっと、斜め前に座る久原先生の方を見つめていた。


「藤村と姫川には選抜側についてもらう。今回はその件で君を呼んだ」
「一つだけ、聞いてもいいですか?」


真っ直ぐ先生を見て、そしてはっきりした口調で問い掛ける。


「先生は、山白高サッカー部に勝算があると思ってますか?」
「無論だ」


即答だった。聞くまでもなかったか。この人はそういう人だ。


「格の違いを見せてあげますよ」






「とは言ったものの」


本当に目の前の彼らにU-17代表と互角の勝負なんてできるのだろうか、と今更ながら考える。山白高校は全国有数と言えど、ベスト16がやっとのチーム。こちら側は日本中の17歳以下の代表チームなのだ。


「策はあるんですか、先生」
「ま、あることはあるさ。強い奴だろうと誰にだって穴はある」


久原先生は自慢げに言い切った。言い分は正しいのだが、こちらにも対策しきれるだけの人材は揃っている。どちらのチームも知っているあたしとしては妙にやりにくい試合になることは間違いないだろう。


「代表と戦えるなんて、こんなチャンスはそうあるものじゃない。玲先輩のご好意に存分に甘えさせていただこうじゃないか」
「そのポジティブシンキングは素晴らしいと思いますね」
「お誉めに預かり光栄です、と。一応あいつらに伝えとくか」


久原先生はぐっと伸びをしてから、張りのある声で集合!と招集をかけた。




「ちょっと待ってくださいよ! 代表の奴らと対戦って!」
「一体全体どういう経緯でそうなるんスか! 教えて下さいよ!」
「うるさいぞ香原、藍住! ぐだぐだ文句言わんと男なら潔く戦え」


案の定、というか予想出来ていた光景にあたしは思わず失笑した。前から思っていたことなのだが、香原先輩と藍住先輩、どこかしら藤代と若菜に似ているような気がする。


「さしずめ姐さんがお前ってトコやろか。なあ、ナギ」
「あたしあんな独裁してる?」


隣に立つ成樹が面白そうにこちらを覗いてくる。憎たらしい程の悪戯っ子の笑顔を振り撒きながら。


「俺らは選抜側なんやろ?」
「監督直々の命令でね。言っとくけど、あんたがこちらの情報を漏らすのもNGだから」
「さよか……ってお前はええんかい」
「必要最低限は」
「そうでもせんとおもろないってか」


真っ直ぐ前を見据える成樹の瞳がどこか楽しげな色をしていて、思わずあたしの表情も不敵なものになる。


「叩きのめすつもり?」
「おうよ。俺らのレベルっちゅうモンを知ってもらわななぁ」
「いい顔してるわ」
「お前もやろ?」
「まーね」


あたしが見るに、こいつは今本当に楽しんでいるようだ。何せ両チーム共自分のよく知っている連中なのだから。それはあたしも同じだった。


「姫川ーーー!」


しかし静かな空気が一変。内輪揉めの被害が気付けばこちらに及ぼうとしていた。


「選抜の奴らの弱点教えて!」
「つーかもう今スタメン決めて!」
「いや、先輩、あのですね」
「お前らそれでも男か! 男なら、黙って私に着いて来い!」
「無理! 絶対無理!」
「いきなりすぎるっての!」


いい加減、堪忍袋の緒が切れた。


「いてっ!」
「痛ったい!」


すぱこーーん!という小気味よい音が連続して続いた。訳がわからない様子の二人に向かって、あたしは手に抱えたクリップボードを翳してみせた。


「そろそろ黙りましょうか」


もちろん、微笑みも忘れずに。周りにいた人達が一気に凍りついたように見えた。成樹はと言えば、何も言わずにただただ苦笑しているだけだった。


「練習試合は決定事項です。それまで敵味方関係なくビシバシ鍛えるんで、覚悟しててくださいね」


そう、強くなって、あたしたちを楽しませてよね。




玲さんのお呼び出し