爽やかに薫る風が心地よく吹き抜け、絶好のスポーツ日和な5月のある日。グランドでは40人弱のサッカー部員がワンツータッチのパス練習をしている真っ最中だ。

勿論、あたしの立てた練習メニュー。

上のレベルになればなる程、基礎練習を面倒臭がるという点を利用したちょっとした力試しのつもりだ。それでも誰も何も文句を言わずにやっているところを見ると、ただプライドが高いだけの連中ではないようだった。目立って調子の悪そうな人もいない。良好なスタートだ。


「うちのチームはどうですかな? 姫川トレーナー」
「中々クセのありそうないいチームだと思いますよ、久原監督」


突然現れた久原先生に、あたしは驚く素振りも見せずに答えた。1ヶ月も経てば慣れてしまうものなのだ。


「ボールを蹴る時のクセや筋肉のつき方、ガタイの良し悪し、バランスが取れてていろんな事を試せそうですね。この先が楽しみです」
「実戦を見た方がわかりやすいと思わないか?」
「ええ、そりゃあそうですが」
「やるぞ、今日」
「い、いきなりですね」
「基本的なところはもう見ただろ?」


確かに、基礎力はもう見せてもらった。あとは、それを実戦でどう活かすか、実戦でどこまで戦えるかにかかってくる。個人の体の使い方によって負担のかかる場所も変わるため、トレーナーとしてはそこも気になるところではある。何はともあれ、思う存分楽しませてもらおう。


「−−集合!」




チーム内初の紅白戦をすると聞いて少し顔が強張っている部員達を前に、あたしはチーム分けを発表した。選んだ上級生の殆どが現レギュラーメンバーだが、そうでない者も数名織り交ぜて、先生とあたしが作ったオーダーだ。

小手調べは全て終わった。


「この22人で30分ハーフの試合を行います。名前を呼ばれなかった人はグランドの外で観戦。選ばれた人はポジションについてください。5分後にキックオフです」


そう告げると、メンバーは皆指定されたところへと散っていった。その中には当然ながら成樹も含まれている。全国区である山白高サッカー部で彼はどれ程の実力が発揮できるのかを試してみたかったのだ。

そして、試合開始の笛が鳴った。




10分が経過し、一進一退を繰り返していた中で、白組が初めて攻撃に出た。

ディフェンスラインから送られてきたパスを受けて、そのまま自らドリブル突破に出た。動き方を見ても、中々攻守の切り替えに優れている。前にいるFWがゴール前でフリーになっているのを見て、すかさずセンタリングを上げ、シュート。

しかし、これを簡単に許さないのが紅組のGKだった。ニアポストに放たれたボールを素早くキャッチングする。

段々と白熱してくる試合を見ていたあたしはふとある事を思いついた。


「先生……"玲式選考法"を使ってみませんか?」
「"玲式選考法"ー?何だそりゃ」
「実は−−というものでして」


あたしが簡潔に説明してみせると、先生はふっと笑って、面白そうだし採用!と楽しそうに答えた。2年前、東京選抜の選考会で使われたあの方法を試してみるとしよう。


「畠中! 若山! アップしろ」


山白の皆は、この重圧に耐えられるかしら?


「よーし、日向、横手! 畠中、若山と交代だ!」


辺りが一気に静まり返り、重い空気に包まれた。やがて口々に囁き合い出し、当の本人達も何故といったような表情をしている。この緊張感が懐かしくてたまらない。

暫くして試合が再開され、ボールはまた紅白を行ったり来たりを繰り返し、点数は1対2で白組がリードのまま前半が終了した。

既に確定済みのメンバーも7人にまで増えた。残るレギュラー枠は4つ。その中にあいつは入れるのだろうか。ま、そんなのわかりきった事だけどね。

前半、あいつは様子見しかしてない。このチームを計るために。だから、勝負はきっとこれから。


「皆見、片瀬とチェンジ!」


先生が8人目の交代を告げると、不意に成樹と視線がぶつかった。殆ど息も切らさず、平然とした顔で彼はあたしを見つめる。あたしはすっと口の端を吊り上げて、声には出さずに彼に一言だけ伝えた。


「      」


成樹はあたしの言った事が理解出来たらしく、いたずらっぽく笑いながらVサインをしてみせた。




思う存分「暴れてきなさい」

−−"金髪のフリーマン"!




タイミング良く、成樹の元にパスが回された。すぐさま前へ駆け出し、詰め寄る敵を軽々と抜き去る。ゴールのすぐ手前までドリブルで駆け上がると、待ち構えていたかのように、DFが一気に成樹を囲んだ。

あれは無理だろう、と誰かが呟いた。




そんなワケないわよね?




くるっと回って彼はゴールに背を向け、ヒールでボールを蹴り上げて背後のDFの胸に当てて跳ね返す。1年前のナショナルトレセンでの試合を彷彿とさせるそのプレイ。そしてあの時と同じ動きで、二人の間から勢い良くシュートを放った。


「ゴール・紅組! 2対2!」


観覧席から盛大な拍手と歓声が響き、久原先生は隣で心底可笑しそうに笑っていた。


「いやぁ、あれを一人で突破するとはな! なぁーるほどーそういう事」
「先生、自己完結ですか」
「ボディバランス、センス共に群を抜いている。だが、アレは天性だけではない。−−お前だろ?」
「別に、あたしはただ3年間あいつのサポートをしてきただけですよ」


そう、これからも、ずっと。あたしはあいつのサポートをし続ける。ただそれだけだ。

ここで後半終了の笛が鳴った。




「今の試合はレギュラー選考のための試合だった。もう気付いてる人もいるかもしれないが、今回の選抜方法はレギュラーに確定した者から引き抜いていく、という形を取らせてもらった」


驚きの込められたざわめきが広がる。まるで2年前の光景を見ているようで、思惑通りにいった事に少し優越感を覚える。このくらいでグラつくようじゃ、レギュラーなんて遠いわよ。


「それでは発表する!」


久原先生が声を張って言った。同時にあたしは手元のクリップボードに目を落とし、1番から背番号順に名前を呼んでいく。


「−−11番、藤村成樹」


最後に成樹の名前を呼ぶと、視線が交わった。相も変わらず、挑戦的な光を宿した両目。やってやろうじゃないか、という意思が強く込もった目をしていた。


「はい!」


新たな始まりの笛が鳴った。




向日葵は笑った