体力テストから3日が経ち、部活の仮入部が始まった。

今日はどの部活に行くか、などといった話が教室を飛び交う中、既にサッカー部への入部が決まっているあたしと成樹は、真っ直ぐグラウンドへ向かおうとした。

のだが。


「その駿足を陸上部へ!」
「肩の力は是非野球部に欲しい!」
「そっちの女の子はソフトボール部なんてどう?」
「ちょっと、バレー部が先よ!」


どこから漏れたのか知れないが、あたしたちのテストの結果を聞きつけた運動部の勧誘部隊が教室の前に待機していたのだ。

因みに言うと、あたしの成績は宣言通りに学年トップに君臨している。それは、成樹も同じだった。

行く手を阻む集団に苛立ちを覚えながら、あたしたちは人混みを掻きわけてグラウンドを目指した。


「なあ、ナギ。俺今決めた」
「何を?」
「目立とうなんて思わん事にした」
「……そりゃいい心得だわ」




やっとの思いでグラウンドに着くと、2、3年生の部員と1年生数名がアップを始めていた。少し出遅れを感じつつも、成樹は急いで荷物を隅に置き、同じように準備体操に入った。

あたしはというと、久原先生にあらかじめ頼んでいたあるモノのチェックに勤しんでいた。あるモノ、それは部員の個人データだった。全国区クラスのこの学校のレベルを知っておきたかったのだ。感想としてはさすが山白、といったところだろうか。実力は結構備わってるみたいだ。でも。

選抜の方が二枚は上手かしら?


「どうしたー姫川。口元思い切り緩んでるぞー」


出た。神出鬼没・久原未来。


「嬉しい事でもあったのか?」
「いえ。面白そうだなと思って」
「ほう、面白そう……」
「彼らとどこまで行けるか、考えただけでわくわくしますよ」


ああ、きっと今のあたしの顔は輝いてるんだろうな。でも、久原先生に言ったことは事実で、偽りなんてない。そして先生は一瞬考えこむような仕草をし、微笑んだ。


「そうかそうか。お前の気持ちはよくわかった。サッカー部集合!」


周囲に散らばっていたサッカー部の部員(仮入部含む)がその一言でぞろぞろと集まってきた。すると、向こうの方から3年生と思われる部員が駆け寄って来た。


「先生。どうかしましたか」
「いや、仮入部も始まったことだし、顔出しくらいしとこうかと思ってな。ついでに紹介したい奴が二人」
「紹介したい奴?」
「まあ見てなって。はい注目! 私が顧問の久原未来だ」


辺りから微かに驚きの声が漏れる。しかし、先生は構わず続けた。


「今日から仮入部が始まった。数多くの入部を待っている。が、その前にお前達に紹介したい奴がいる。藤村!」
「はい」


先生が高らかにその名を呼ぶと、右隅の方から返答が聞こえた。そちらに目を向けると見慣れた金髪がにかっと笑ってこちらを見ていた。


「推薦入学の藤村成樹。知ってる奴もいると思うが、U-17にも選ばれている実力の持ち主だ。藤村には今日から2、3年に混じって練習してもらう」
「よろしゅう頼んまっさ」


おおお、という歓声と共に拍手が巻き起こる。1年生は羨望の眼差しで、2、3年生は値踏みするような視線で彼を見ていた。そんなので藤村成樹が測れる訳などないのに。

それから久原先生は、あたしの方を向いたかと思うと、いきなり肩を掴んで自分の方に引き寄せた。


「そして、マネージャーとして入部する事になっている姫川凪紗だ」


まだ初日に関わらず公認されているような物言いに疑問を持ったのだろう。ざわざわとしたどよめきが一気に広がった。


「だが、私は姫川をただのマネージャーとして使うつもりは毛頭ない」


これについてはあたしも初耳だった。一瞬自分の耳を疑ったが、周囲の反応からそうでない事を瞬時に理解した。


「私は姫川をこのチームのトレーナー兼コーチとする。外部からのコーチ? そんなモノは必要ない。こいつさえいれば山白はもっと強くなれる。だから私は」
「お言葉ですが先生。その女子の実力もわからないままなのはどうかと思います」


全員の視線がその声の方に向けられた。その人はさっき先生に声をかけていた人物で、あたしの記憶が正しければ、部長の大舘先輩だった。


「自分より実力が下の、しかも女子なんかにコーチングされるとなると、さすがに俺達のプライドが許しません」


一部の2、3年生がその言葉に頷く。


「……だとよ。どうする?」
「あたしはいいですよ。準備は出来てます」


ここまで予想通りだなんて、ね。

元よりあたし自身もマネージャーに収まるつもりはなく、先生が言い出さなくともコーチングはするつもりだった。どうせ反感を買われて勝負か何かを持ち掛けられるだろうと考え、アップだけはしておいたのだ。


「どういう事だ?」
「相手になると言ってるんです。あたしの実力が計りたいのでしょう?」


あたしはわざと挑発するようにそう言った。まあ、半分くらいは玲さんの受け売りなのだけども。

それでも、目の前の負けず嫌いな部長にスイッチを入れるには十分すぎたらしい。視界の端に面白そうに成り行きを見ている成樹の姿が映る。


「お前、ポジションはどこだ」
「FWです」
「なら、マンツーマンで勝負だ。ハーフラインからスタートで、お前が俺をかわしてシュート出来たら勝ち、奪われたら負け。簡単なルールでいこう」
「わかりました」


こうして、あたしと大舘部長との真剣勝負が始まった。




ボールを持ってハーフラインに立ち、久し振りに実戦の空気を感じる。前にこうしてピッチに立ったのはいつだろうか。中学時代も、有希のように練習に混ざる事はあまりしなかった。どう記憶を辿っても2年前まで遡る。何度か成樹の相手をしたくらいだ。勝てるかな、なんてらしくない事を考えた。

ピィー!というホイッスルと同時に、あたしは思い切り前へ駆け出した。




同じように大舘部長も詰め寄って、積極的にボールを奪おうと足を出す。こちらも取られまいと腕でしっかりとカバーリングしながら足元で適当にボールを転がす。

そして、リフティングと同じ要領でそれを上に上げ、DFをブロックしながらトラッピング。右にボディフェイントをかけて相手の逆をつき、バックの裏に潜り込む。シュート。

ぽす、と小気味いい音を立ててゴールネットが揺れた。最後にもう一度笛が鳴った。




「……姫川の勝ちだぞ、大館」
「はい」
「つまらん意地を張るな馬鹿たれ。JFA特別公認のトレーナーを知らんのか」
「特別公認……U-17のトレーナーの事ですか?」
「そのトレーナーこそが今お前の前に立っている姫川凪紗だ」


部長の顔色が一気に変わった。ギャラリーからもざわめく声が聞こえてきた。信じられない、といったようにあたしをまじまじと見つめてくる部長の対処に困っていると、背後から成樹の声がして、あたしは思わず振り向いた。


「ホンマですわ、部長はん。こいつは歴としたU-17代表のチームトレーナーです」
「そうか……」


部長は大きく息をついて、そっとあたしに手を差し出した。


「これからもよろしく頼む、姫川」
「はい!」


その手に応えるように手を握り返し、あたしは力強く意思を込めた声で返事をした。




「よかったな、認めてもらえて」
「あら、あたしが負けるとでも?」


不敵に笑んでみせるあたしに、成樹も同じような笑みを浮かべながら答える。あたしの思っていた通りの言葉で彼は言った。


「そんなん思うはずないやろ」


ハイタッチの乾いた音がグラウンドに響いた。




太陽とハイタッチ