「そう、藤村君と同じクラスに」
「なっちゃったんですよ。4年連続ですよ、4年!」
「きっとそういう運命なのよ」
「腐れ縁です」


入学式から1週間が過ぎた日曜日。U-17ナショナル選抜のトレーナー(兼マネージャー)としてあたしは練習に召集されていた。

チームのコーチであるこの人、西園寺玲さんとはあたしが中学生の頃からの仲で、まだまだ未熟なあたしを評価してくれている良き相談相手だった。


「でもよかったじゃない。知ってる子がクラスにいて」
「まあ、その辺はですね。しかも担任がサッカー部の顧問な上に女性なんですよ。久原っていう人なんですけど」
「久原って、もしかして久原未来?」
「知ってるんですか?」
「ええ、知ってるも何も昔のチームメイトよ」


11番を背負ってたFWだったわ、と玲さんは続けた。

昔のチームメイト、ということはつまりLリーガーだったことになる。やはりあの人には楽しめそうな要因がいくつもあるようだ。


「成る程ねえ。だから玲さんに似てると思ったんだ」
「何がかしら?」
「何でもありません! 練習行ってきます、西園寺コーチ!」


そう言ってあたしは傍に置いてあったクリップボードを掴み、そそくさとグラウンドに向かった。






「お、やっとこさご登場だな!」
「遅ェぞ姫川! もう30分も過ぎてんのに!」


グラウンドに出るや否や目敏く声をかけてきたのは、若菜結人と藤代誠二の二人組。通称"お騒がせブラザーズ"。


「あら、二人共あたしがいないと心底淋しいってワケね」
「いや、誰もそこまでは」


彼らの弱点は既に知りつくしている。あたしはクリップボードを片手ににっこり微笑みながら近付き、更に笑みを深めた。


「そんな二人に特別メニューを……」
「「け、結構でーす!」」


冷や汗を垂らして、二人は逃げるようにして走り去っていった。その姿が心底おかしく、思わずふっと吹き出す。

そして、彼らが逃げていった先、グラウンドでは、何やら試合が行われようとしていた。どうやらチームを二つに分けて練習試合ををするようだ。

チームの編成をメモろうと、グラウンドに足を踏み入れる。


「やっほー、凪紗」


不意に声をかけられて後ろを振り向く。そこには同い年くらい――正確には一つ年上−−の少女がいた。

彼女の名前は、紳つかさ(おおおび つかさ)といって、同じくこの選抜チームのトレーナー仲間だ。メンバーの一人である椎名翼の幼馴染でもある。


「珍しいね、凪紗が遅れて出て来るなんて」
「コーチと話しときたい事があって。それより、この試合は?」
「んー? あぁ、榊監督の力試し。という名のお遊び、かな」


編成はAチームからGK・渋沢克朗、DF・椎名翼、黒川柾輝、井上直樹、MF・水野竜也、郭英士、杉原多紀、若菜結人、間宮茂、FW・真田一馬、藤村成樹。

もう片方のBチームはGK・功刀一、DF・城光与志忠、高山昭栄、木田圭介、MF・山口圭介、横山平馬、須釜寿樹、桜庭雄一郎、上原淳、FW・藤代誠二、鳴海貴志、という割り振りになっている。


「Aは3-5-2の基本的なフォーメーション。DFがあいつらだし、椎名がいつリベロになるかってトコがポイントかしら」
「Bチームも3-5-2の布陣をとってるけど……DF平均身長高ッ!それと、ちょっと違うところはトップ下に1.5列目の平馬がいることだよねー」
「そうね。Aは中央に水野を置いてるし、今回は郭と真田の連携よりも、水野から成樹へのラインを意識したみたいだし」
「おっ、ボランチがスガだ。さくらばーとあっちゃんのWBも使ってくるっぽいよ。あと、よっさんがスイーパーの位置にいることもちゃんと注目しとかなきゃ」


お互いに試合の要点になってくるであろうポイントを言い合って確認する。押さえておきたいところは大概二人とも一致するのだが。


「FWが藤代と鳴海でしょ? 気合入ってるみたいだから、派手な演出かましてくるわよ、きっと」
「Aだってかじゅまとしげちゃんじゃん。鮮やかなプレイ見せたるからなーって豪語してたよ」
「あんのバカ……」


真田がそんなことを言うはずもないので恐らく、というより絶対成樹なのだろう。大した自信だと思うが、彼にはちゃんと自信に裏づけされた実力がある。それはピッチに立っている22人全員に言える事だ。


「で、不破先生は選考漏れですか?」
「漏れてなどいない。交代要員だ」


腕を組んで無表情のままグラウンドを睨み付けている彼、不破大地はやはり無表情のままそう答えた。

現在U-17のメンバーは全部で25人いる。試合を行うには22人で十分なので、必然的に余る者が出て来るのだ。ベンチを見てみると、不破の他にはFWの日生光宏と吉田光徳が座っていた。


「ひっでーよな、姫川」
「ホンマやわ。補欠とちゃうんやで、サブやサブ」
「わかってるってば」
「ほら、試合始まるよ!」


つかさがそういうと同時に、高くホイッスルが鳴り響き、Aチームのキックオフで試合が始まった。




まずボールを持ったのは水野だった。そこから鋭くパスを杉原に回し、左サイドに寄せる。ボールを奪おうと走りこむ上原をかわして右サイドの郭にロングボールを出してサイドチェンジ。


「……で、郭から真田にパスしようとするのを」


読んでいたかのように横山がカットする。確かに、郭と真田の連携プレーは目を見張るものがあるのだが、プレースタイルを知っている者にとって少し読みやすいのが難点だ。

暫くボールを持っていた横山が前線に上がっていった藤代にパスを出す。そこもやはり一筋縄ではいかず、椎名が奪い前に駆け出した。


「案外リベロになるのが早いのね」
「ホントだー。もう少しディフェンスで粘ると思ってたのに」


反応した山口がすかさず奪う。

見ているだけでも、ゲームの出だしから中々テンションの高い試合になっているのがわかる。普段一緒にプレーしているもの同士だからか、いつもより余計に対抗心が燃えるものらしい。

さすがは根っからの負けず嫌い達の集団、といったところか。


「山口は攻撃的MFの司令塔。彼が動くと桜庭と上原が攻めに入る」
「Aもちゃんとウイングからの攻撃に備えて3バックに戻ったよ。ゆっととマムシも守備体制に入ったし」
「でも、郭に取られちゃったわね」


ボールを取り戻したAチームはすぐさま前線へと送る。そしてボールの行く先には待ち望んでいたかのように不敵に笑う成樹の姿。彼にはもう須釜のマークがついている。

しかし――


「それをモノともしないのが、藤村成樹だからね」




鮮やかなプレーを見せてくれるんでしょう?




ぐっと体を前に沈め、勢いよく踏み込む。地に落ちたボールは回転して成樹の足元へ吸い付くように転がる。手早く切り返してマークを振り切り、更に前を目指していく。木田を軽く交わし、詰めてくる高山をヒールトラップで抜き去り、迫り来るスイーパー・城光も難なくスルー。

功刀と1対1になった。


「いっけーー! しげちゃーーん!」


隣でつかさが叫んだ。


「とらせん!」
「甘いでェ!」


右足で思い切り踏み込み、シュートの体勢をとる。させるものかと詰め寄る功刀。このままでは完全にラインを消されてしまっている。しかし、振り上げた左足はボールに触れることなく、そのまま地面についた。


「何やと?!」
「甘いて言うたやろ兄ちゃん!」


ヒールでワントラップし、フェイントにつられてキーパーのいなくなった無人のゴールにボールを蹴り入れる。


「Aチーム1点先制!」


フィールド一杯に響き渡る笛の音とともに先制点を入れたAチームのメンバーの歓声も耳に届く。

まったく、相変わらずあのテクニックは半端じゃない、と毎回思わされる。成樹との付き合いはこれで4年目になるが、年々格段にレベルアップを遂げている。今ではそれこそJリーガーも相手にできるのではないかと思うくらいに。


「それにしても、あの面子をああも簡単に抜いちゃうなんて」


正直、思ってもいなかった。彼の止まる事を知らない成長には驚かされるものがある。今まで幾度となく練習試合はしてきたものの、ここまで華麗に抜き去っていったのは初めてだった。

ここはU-17のナショナル選抜。全国の17歳以下の代表の集まりなのだ。

日本でもトップレベルのプレイヤーを集めているので、勿論個々の能力はかなりのものだ。それは全てのポジションに言える事。そんな奴らをいとも簡単に抜き去ることができるだなんて、本当に思ってなかったのだ。


「それが、藤村成樹の実力なのよね」


前に、ずっとあいつをサポートしていくって約束した。それはあいつと一緒にあたしも成長することを意味する。


「うかうかしてらんないな」


唇から漏れた呟きは、吹きすさぶ風の音にかき消された。






あいつの実力