あたし、姫川凪紗は高校生になった。 進学したのは都内の学校で、距離もそれなりに遠く、電車通学になる。桜上水中にいたころは歩いて通ってたから、電車通学っていうのは新鮮だった。 異様に混雑している車内、さまざまな制服姿の学生にスーツを着たサラリーマン。全部今までに体験したことのないことだから、混雑も逆に楽しめちゃうくらいで。新しく始まる生活にあたしは大きく胸を馳せた。 新しい学校の最寄り駅―山白駅―に着くと同じような制服がぞろぞろと降りていく。辺りを見渡し、同じ学校の制服を着ているであろう人物を探した。 「あれ……違うかった?」 「ナギ」 不意に、背後の少し高いところから声がして。振り向けばそこには捜し求めていた人の姿があった。 「やっぱり一緒だったか」 「全然気ィつかなんだわ」 「あんた目立つ格好してんのにね」 「やかましいわ、アホ」 なんて否定されたけど、こいつは本当によく目立つ。襟足の長い髪を金に染めて、両耳には全部で5つのピアス。背は高くてルックスもよく、3年間の付き合いのあるあたしでさえカッコいいと思えてしまう容姿をしていて。行き交う人が必ずこちらを振り向いていく程だった。 「目立つ言われてもなあ。しゃあないやん、性分やし」 「ったく……髪もそのまま、ピアスもつけっぱ。よくやるわね」 「やっぱ、特待生やから目立っとかなアカンやん?」 「限度ってモンがあるでしょ」 「あ、やっぱり?」 そう、彼−−藤村成樹は受験してではなく特待での入学だった。勿論、サッカーの腕を買われて、だ。 ついでに言うと、あたしは通常ルートの受験入学だった。あたしの高校選びの条件は、"サッカー部が強くてやりごたえのあるところ"のみ。それ以外特に行きたい学校もなかったため、結局成樹と同じ高校を選んだというわけであって。 「そういえば、他の学校も今日入学式なんだってね」 「あぁ、武蔵森とかやろ? タツボンとかが言うとったわ」 そんなこんなしているうちに、あたしたちはいつの間にやら学校の門の前まで来ていた。 東京都立山白高等学校。 スポーツにおいては全国トップクラスの実力を誇るこの学校は、昔からサッカー部に力を入れているらしい。毎年都大会などで強豪校と激戦を繰り広げていて、Jリーガーも多く輩出している。今日からここの生徒になる。それだけであたしの胸は大きく高鳴った。 「あ、あたしA組だ」 どでかい掲示板に張り出されているクラス名簿で自分の名前とクラスを確認する。案外すっと見つかったあたしはついでに成樹のも探そうかと思ったのだが、その時、とある疑問が頭に浮かんだ。 「あいつ苗字どっちだろ」 訳あって、あいつには二つの苗字がある。 一つは"佐藤"。これはあいつの母親の姓であり、中学時代はずっとこちらを名乗っていた。 もう一つは"藤村"。あいつの本当の名前は藤村成樹という。実は、あいつは京都でも老舗の「藤村屋」の主人とその愛人との間に出来た子で、娘しかいない藤村家の跡継ぎになるのが嫌で単身東京に出てきたのだ。しかし、真剣にサッカーと向き合うために父親と和解し、中2の時のナショナルトレセンでは藤村姓を名乗っていたのだが。 「聞いときゃよかった。っていうか何処行っちゃったのよ、成樹のヤツ」 ぶつぶつと呟きながらとりあえず"成樹"という名前を探す。目を通してみて、やっと見つけたと思ったら急に視界が真っ暗になった。 「何組やったでしょう?」 「1年A組29番でしょ、藤村くん?」 おぉ当たり、という声とともに一気に視界は明るくなった。首だけを後ろに回してみるとにかっと笑う成樹の姿があって、あたしもつられて口元がふっと緩む。 「中学から4年連続やな、ナギ」 「まったく、どんな縁なのよ」 「どないする? 席も隣りやったら」 「ないない。それはない」 「案外あるかもしれへんでー」 そうやって笑い合いながら、あたしたちは1-Aの教室を目指した。 「マジですか」 「マジでっせ」 騒がしい教室にて。何故あたしたちが硬直しているのかというと。 「ホントに席隣りになってるし」 言霊というものは実現するのだと改めて実感した。成樹の言葉通り、あたし達は見事に隣りの席になっていたのだ。黒板の上で仲良く並んでいる二つの名前はあたしを驚かせるには十分だった。 すると、いきなり背後のドアが豪快な音を立てて開いた。あまりの音の大きさにびっくりして、ゆっくりと首を後ろに回す。 「何ボーっと突っ立ってんだ。早く席に着きな」 黒い長髪を緩く束ね、髪と同じ黒いスーツを着込んだ背の高い女性の姿がそこにあった。ぱっと見て年齢は20代後半、教師としては若いが、どこか威厳を感じさせる独特の空気を持った人だった。 誰かに似てるな、なんてことを思いつつ、促されるままに席に着いた。 「はじめまして! 1年A組担任になった久原未来だ。よろしくな!」 ぱらぱらと起こる拍手にのりながらあたしはぐるりと教室を見渡した。 当然といえば当然なのだが、顔見知りは隣の成樹を除いて一人もいない。その事に少し淋しさを感じつつ、久原先生の方に向き直る。 「担当教科は保健体育。苦手な奴でもビシバシしごいていくから覚悟しときなよ。ついでに、受け持ってる部活はサッカー部だ」 彼女のその言葉にあたしと成樹は素早く反応した。 成程、この人が顧問か。 よく見れば、女性にしては中々鍛えられた体つきをしているように見える。それに、"久原未来"という名前は何故か聞き覚えのある響きをしているような。きっと、Lリーグか何かでプレーしていた人に違いない。 「おもろそうな姐さんやな」 「そうね……。とりあえず、お手並み拝見ってトコかしら?」 「お前、楽しそうやな」 そう、物語はまだ。 |