街の中が甘い匂いと可愛らしいデコレーションに包まれ、女の子達がそわそわする季節−−バレンタインデーがやってきた。




「おっはよーございまーす!」


心無しかいつもよりテンションの高い成樹の声が教室中に響き渡る。クラスメイトの視線が彼の荷物に釘付けになり、数秒後、何かが爆発したような爆音が轟いた。


「おい藤村! お前何一人でンなにチョコレート貰ってんだよ!」
「鞄に入り切らず助っ人紙袋様の登場かよ! 羨ましいなチクショー!」
「見ろよコレ! 美人で有名な萩原先輩のラブレター付きだぞ!」
「陸部の人と付き合ってたんじゃ」
「1週間前に別れたってよ」


流れる沈黙。そして−−


「「「藤村お前ぇぇぇぇぇ!」」」
「いい加減にしなさい!」


あたしの勘忍袋の緒が切れた。


「いつまでもぎゃーぎゃー煩い! 貰えなかったからって僻むな!」
「ってお前も何だよその量!」


そう指摘され、あたしは盛大に溜息をついた。日本におけるバレンタインとは、女の子が好きな男の子に日頃の想いを込めてチョコレートを渡す、というイベントだったはずだ。しかし、中学に入ってからというもの、何故か女のあたしにもチョコレートが贈られてくるようになったのだ。毎年10個程貰うのだが中々処理に困るし、まず本気だった時(過去に二度あった)が一番困る。毎年この日が欝になるもう一つの要因というのがこれだった。


「藤村がモテるのは知ってたし、ある程度は予想してたけどさー」
「紙袋はねえわ」
「これでも大分減ったよなあ?」
「一つで収まるようになったしね」


恨めしそうな目を向けるな野郎共。欲しければ自分で頑張りなさい。そう言うと更にむっとした顔を向けられた。


「けっ、非モテ属性の気持ちなんてわかんねーもんな!」
「だから、別に興味ないのよ」
「姫川! それ男の8割を敵に回す発言だってわかってる?!」
「じゃあ聞くけど、あんた達男にモテて嬉しいと思うの?!」
「いーや、全然」


じゃああたしに突っ掛かるな!と畳み掛けると、先程までの勢いは何処へやら。いきなりしゅんとなってしまった。恋人がいないからとあたしに当たらないでほしいものだ、まったく。そしてこの中の唯一のモテ男はといえば、こちらの騒ぎを傍観しながら暢気にチョコレートを食していた。


「ねえ、ホントはあんたが担当するやっかみのはずなんだけど」
「そんなん言うても、彼女なんか作る気ぃないし」
「ちょっと待て、こんなにより取り見取りなのに?!」
「萩原先輩もいるのに?!」
「残念やけど、タイプやないわあ」


申し訳なさそうに眉尻を下げて笑う彼に、周りの男子はがっと食いついた。勿体ない!青春は一度っきりだろ!もっと遊べよ!うん、このノリがすごく男子高校生らしさを感じさせる。高校に入ってから接する機会があまり無かったからか、桜上水の連中を思い出してしまう。


「てかさ、お前のタイプってどんな感じなんだよ」
「んーとなあ、年下、とか?」
「げ、中学生?!」
「手練! 手練か貴様!」
「アホ、そんなんちゃう!」


ああ、そうか。


「言ってないんだ」
「−−ん」
「何を?」
「過去の経歴?」
「ちゃう言うねん」


そう言えば成樹の奴、自分が本当は1歳年上だって言ってない。隠してる訳じゃないと思う。聞かれないから言わないだけで。進んで言い触らすような内容でもないから当然なんだけど、それが何だか寂しく思えて、あたしはそっと俯いて話の輪から外れた。


「んで、凪紗ちゃんは?」
「何よ」
「チョコ、あげてないの?」
「あげないわよ」


興味津々といった表情で覗き込んでくる梢を一言で切り捨てる。何もそんなに反応しなくても、と思うような大袈裟な動作でずっこけ、あたしの制服のリボンをこれでもかという程思い切り引っ張った。


「何で何で?! 今日は女の子の祭典じゃん!」
「だからどうだってのよ。興味ないんだからいいじゃない」
「料理上手なのに!」
「面倒臭い」


ああ、なんて可愛くない女なんだろう……。とかいうのは今更だから特に何も思わない。第一、梢は誰かにあげたというのか。そう問い掛けてみると、彼女は至極当然といったように首を縦に振った。


「え、菊池あげたの?」
「うん」
「だ、誰に?!」
「サッカー部の相模くん」


まさかの展開に一同目を剥いて立ち上がった。相模といえば隣のクラスの所謂"イケメン"の部類に入るような奴だ。同じ部活に所属しているため、そのモテ具合というものはよく知っているが、いや、まさかこんな身近にいるとは思わなかった。


「あれ、言ってなかったっけ?」
「何を?」
「付き合ってるの、あたし達」


今日一番の驚きだった。






「結局袋2つになっちゃったわね」
「こりゃー今年も和尚らに手伝ってもらわなアカンわ」


部活も終わり帰路につく頃には、成樹のチョコレートは朝の2倍の数になっていた。紙袋にずっしりと入ったそれは、昼休みに皆でかなりの量を食したはずなのだが、依然として異様なまでに存在感を示していた。


「また藤代らと勝負しとるし、帰ったら数えなな」
「今回は何賭けてんのよ」
「マクドのタダ券、しかもビッグマックセット」
「しょうもなーい」


でもあいつらならマジになって争ってそうだな、と想像すると少し頭が痛くなった。基本的に単純な連中なのだ。


「あ、そーや」


ふと何か思い出したような声で、成樹は悪戯っぽく笑いながら言った。


「今日貰たチョコの中にやたらめったら旨いのが一つあってなあ」
「ふうん。どんなヤツ?」
「黒地の袋に入っとったトリュフ。俺好みに甘さ控えめで、めっちゃくちゃ旨かってん」


…………こいつ、確信犯か。


「差出人とかは書いてへんかってんけどな、もし会えたらお礼言うときたいモンやわ」
「ああそう。良かったわね」
「ん、せやから」


ごっつぉさん。

今日一番の笑顔でそう言うと、成樹はどこか嬉しそうな足取りで自分の家の方へと小走りで去って行った。


気付いてんならそう言いなさいよ、この馬鹿。心の中でひっそり悪態をついて、火照った顔をマフラーで隠しながら、あたしは彼が行ったのと逆の道へと足を踏み出した。




夢見るドリーマー



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