「なあ、地球っていつ滅びるん?」 「……どうしたの。珍しく真面目な顔してると思えば」 珍しく、という単語に成樹はあからさまに顔を顰めた。いやいやだって絶対おかしいじゃない。試合中くらいでしか見ない真顔に、ミスマッチ過ぎる言動。何が原因なのかさっぱりわからない。何かあった?と単刀直入に聞いてみたが、返ってきたのは更に訳のわからない質問だった。 「ナギに質問、今西暦何年?」 「2000年だけど」 「つまりやなあ!」 そこで成樹はキラキラと目を輝かせながら身を乗り出した。いきなり声のボリュームが上がり、あたしは思わず肩を揺らした。 「去年はノストラダムスの大予言の年やったんや!」 「あ、ああ、そういえばそんなのもあったわね」 「にも関わらずやな、この地球上における西暦1999年は何事もなく過ぎ去ってしもた!」 どういうこっちゃ!と熱く語りかけてくる成樹に眉を寄せつつ、ただ外れただけでしょ、と感想を率直に述べる。すると、彼ははあーっと大きく溜息をついた。溜息つきたいのはあたしの方だから。 「おもんないやっちゃなー。他になかったんか?」 「ないわよ。あたしに笑いなんて求めないでよね。井上がいるじゃない」 「アカン。あの猿はおもんない」 「じゃあ吉田」 「ノリックかー。あいつツッコミ気質やさかいなー」 「あの、あたしもどっちかと言えばツッコミだと思うんだけど」 「せやったな」 そこで完結されても困るんだけど、なんてあたしの心の声は悲しくも届くはずもなく、会話はそこで中断された。 目の前にいる金髪との付き合いはこれで4年目なのだが、今だに関西のノリという物が掴めずにいる。選抜で(主に井上と吉田と)時々見せる掛け合いは確かに面白い。けど、あれを真似るのは相当の技術がいるはずだ。あたしはもうあれは芸術だと勝手に思っている程だった。 「で、何で今更ノストラダムスなんて出してきたの? 去年あんたの口からその単語聞いた覚えないんだけど」 「和尚がその類の本読んどってな。せやから、ナギに聞いてみよ思て」 「地球は滅びるのか、ねえ。ま、いつかはそうなるんじゃない?」 「いつ?」 「知らないわよ!」 ぴしゃりと言い放つと、成樹は頭を抱えて机に突っ伏せた。どうしてその案件にこだわるのか、あたしは疑問符を浮かべるばかりだった。 「2012年に地球は滅亡する、ていう話もあるってホンマか?」 「あ、それは知ってる。マヤ文明がどーとかってヤツ」 「2012年なあ……俺、29歳?」 「あたし、28歳」 「うわおっさんやなー」 「馬鹿、まだまだ現役よ」 「オリンピックあんねんな。あとは何かあったやろか?」 2012年、2012年。二人して顔を見合わせて考えてみるが、これといったものは出てこない。てゆーか、12年も先の事なんて正直言ってそう簡単に出て来るはずがない。ああ、風が気持ちいいな。 「……あ、」 「どないした?」 「金環食」 2012年の金環食まで待ってるから 「金環食? 何やそれ」 「日食の一つでね、地球から見た月の直径が太陽よりも小さく見える事で起こるのよ。逆のパターンが普通の皆既日食ね」 「それが2012年に見れるんか?」 「確かそういう話よ」 珍しいものが見れると知って嬉しいのか、成樹は無邪気な笑顔を浮かべてガッツポーズをかました。その様子が少し幼くて、ふっと笑みが零れた。 「せや、何でお前そんな事知っとったん? 地学選択やないのに」 「あんた知らない? ドリカムの『時間旅行』って歌」 「あー、知っとる知っとる!」 ドリカムの曲は殆ど全部好きだけど、中でも『時間旅行』はベスト3に入るくらい好きな歌だ。曲中にある『2012年の金環食まで待ってるから』というフレーズが、何だかロマンチックで可愛らしくて、柄でもなく女の子らしい幻想を抱いてしまいそうになる。あくまで幻想、だけど。 「あなたがいれば泣ける程幸せになるって歌やなかった?」 「そうそう。覚えてんじゃない」 「結構好きやからな。あー美和ちゃんええわあ」 うんうん、と肯定を示すように首を振る。どうやらこいつとは音楽の趣味も合うらしい。というか、成樹が雑食型なだけなのだろうけど、それでも賛同が得られた時は嬉しい。青春の全てをサッカーに注ぎ込むあたしとしては、音楽に触れてる時が数少ない"女子高生"としての時間だと思っていたりする。 「金環食見てみたいし、何が何でもマヤ文明の予言外れてもらわな」 「そんな事言っててさ、当たったらどうする?」 「そん時はそん時や」 「あら、真剣に語ってた割にあっさりしてんのね」 「あがいてもしゃあないやん」 窓から吹く風が金色の髪を優しく揺らした。今はこんなに平穏で平和なのに、地球が滅亡する時はこの日常も全てが混沌の渦に巻き込まれてしまうのかと思うと、何だか少し寂しくなる。よくある問い掛けに、明日世界が滅んでしまうとしたらどうしますか、というものがある。答えは人それぞれあるのだろうが、あたしはさして考える事ではないと思っている。 「−−え?」 「もし、明日世界が滅んでまうって言われたら、どうする?」 ちょうど考えていた事を問い掛けられ、思わず反応が鈍くなる。成樹はというと、さっきまであんなに幼い表情をしていたのに、いつの間にか大人びた何処か悟った顔付きになっていた。時々見せるその一面。でも、それをあたし以外の人に見せる事は非常に稀だ。クラスメイトも選抜のメンバーでさえも、成樹がこんな表情をするなんてあまり想像のつかない事だろう。 「明日世界が滅んでしまうとしても、特に何もしないわ、きっと」 いつも通りの朝を迎えて、学校に行って、梢の話にそれなりに相槌を打ちながらそれなりに騒いで、久原先生に振り回されて、サッカー部全員のコンディションだとかを記録して、マネージャー業もやって、暗くなるまでサッカーに打ち込んで、家帰ってからも選抜のデータ整理とかして、そして一日を終える。 「そんな一日でいいの」 「……ほー」 「ああ、ありがとうくらいは言っときたいけどね」 「そら俺も同感」 「でもね」 「うん?」 「全部叶わないとしても、サッカーは絶対にしたい」 何を差し置いてもサッカーがしたいなんて、と思ったりするけれど、やっぱりあたしにはそれが一番合ってる。どれだけサッカー馬鹿なんだ。自分でも重々自覚している。 「最後までサッカー三昧がいいな」 「ははっ、わかるわその気持ち」 そう言うと、成樹は俺もや、と言ってにかっと笑った。馬鹿みたいに澄んだ笑顔が眩しくて、あたしは少し目を細めた。 「あーもー何かサッカーしたくなってきたじゃない」 「行くか? 昼休み20分あるし」 「ボールどうすんの?」 「今日持っとる、ほれ」 「ナイス、さすが」 「そうと決まれば行くで!」 「ちょ、待ってよ!」 「時間惜しいやろ早よせーや!」 「ジャージ出さなきゃ」 「おらおらあと18分〜」 「わー、馬鹿成樹!」 |