始まりは成樹の一言からだった。


「桜上水に顔出しに行かん?」


卒業してから大分経ったのに行っていないではないか、という事で提案したらしいのだが。部活は、というのがあたしの意見だった。


「今日は選抜戦に向けてのミーティングするて言うとったで」
「つまり暇なワケね」
「さすがナギや、話が早い!」


実を言うと、あたし自身もそろそろ行こうかと考えていた。成樹や水野といった人材ががいなくなってからも、中々の頑張りを見せているという話は聞いていたので、一日練習を見てあげるとするか。


「じゃあ、あたしも行こっかな。他の皆は?」
「タツボンとジャッキーと森長が来る予定やな」
「え、水野も?」


あまりに意外だったため大声で叫んでしまった。廊下を行く人達が何事か、といったようにこちらを見てくる。少しばつが悪くなって、あたしと成樹は顔を見合わせて苦笑した。


「ごめん……それよりあいつ、練習あるんじゃないの?」
「最近体調悪い奴が多いからオフになったらしいで」


成る程、と合点する。となると、今日集まるのはかつての主力メンバーばかりということになる。昔話に花が咲きそうだ、と考えると自然と頬が緩んだ。




「高井!森長!」


懐かしいグラウンドに、懐かしい人影があった。久々に会うかつてのチームメイトにあたしは気持ちが高ぶるのを感じた。


「お、姫川じゃん!変わんねーなお前も」
「高井こそ。少しは上達したのかしら?」
「喧嘩売ってんのか!」
「多分そうなんじゃない?」
「やってみるか?」
「負かしてやるわよ」


そこまで言って、思わず吹き出す。初めて出会った時に同じ会話を交わしたのを思い出したのだ。


「あの時はよくも止めてくれたわね、水野」
「今更なんだよ」
「女の恨みは怖いのよ」
「お前女だったのか」


軽く腹が立ったので、あたしはとりあえず思い切り水野の足(もちろん左)を踏み潰してやった。


「ええ加減こいつの女っ気の無さに慣れぇや、タツボン」
「う……るさい、な、シゲ!お前も一回踏まれてみろ!」
「遠慮シマス」
「何勝手に話進めてんのよ!」


何だろう。毎週会ってるせいかもしれないが、この面子だと懐かしさの欠片も感じないのは気のせいだろうか。いや、きっと気のせいなんかじゃないと思う。


「そういやシゲ、お前苗字どっちで入学したんだよ」
「戸籍もちゃんと書き換えたし、藤村で入学したで」
「そうかー…。でも、お前が年上だって知った時はかなりびっくりしたよな!」
「皆のあのびびり方は忘れろ言われても忘れられへんでー」


それからあたしたちは思い出話に浸ったり、後輩たちとボールを蹴って過ごした。




「あー楽しかった!」
「やっぱ中坊はまだまだやな」
「ったく、大人げないぞシゲ」


かつては毎日通っていた道を歩くあたしと成樹、水野の三人は帰路についていた。中学生の頃はよくあった光景なのだが、久しぶりとなるとまた新鮮に感じるものだった。


「何か、やっぱ桜上水はあたしの原点なんだなって改めて実感したわ」
「俺らが今の環境でサッカー出来てるのは、あの学校に行ったおかげなんだよな」
「というよりも面子やろ面子ー」


あたしたちの中で桜上水中、そして桜上水サッカー部で過ごした時間から影響を受けなかった人なんていない。あたしはあの環境にいなかったら、選抜のトレーナーをすることも、山白高校に行くこともなかっただろう。成樹は本気でサッカーをすることもなかっただろうし、水野も父親と和解することなんてなかったはずだ。

そう考えても、今隣にいる奴らと出会ってなかったら、というのを想像する方が難しいんだけどね。


「そういや最近調子どうなの?武蔵森は」
「底々ってとこだな。正直言って、今までよりはやりやすくなったよ」
「そう、よね。桜上水はお世辞にもあんたたちのレベルに合ってる、とは言い難かったから」


この二人の実力が浮いているとさえ思ったのだ。あの頃から考えたら、今の環境はかなり居心地の良い場所となっているだろう。


「実力もまた更に伸びてきてるし。桐原監督のおかげかしら?」
「認めたくないけどそうかもな」
「照れんなやタツボン」
「だから、タツボン言うな!」
「さーてと!」


立ち止まり、ぐっと体を上に伸ばす。仰いだ空はオレンジ色が零れたように夕日に染まっていた。


「あたしも明日から頑張ろっかな」
「いきなり何やねん」
「ほら、夏の練習試合に向けてよ。今から言っとくけど、監督達相当気合い入ってるから。特に玲さん」
「げ、」
「ウソやん……」


なんてのは昔だったら、日常すぎるくらいの日常の光景で。でも、今でもそれが変わらず存在している事に、少なからず安堵している自分がいた。




水色ノスタルジア