「来たな、この日が」
「そうですね」
「祭だぞ姫川。存分に騒げ!」
「違いますこれは試合です! 何でもかんでも祭にしないでください!」
「固いコト言うなよなー」


そう、今日は合宿最終日。とうとうU-17代表対山白高校の試合が行われる日がやって来た。

合宿の総仕上げとも言えるこの試合、どうやら誰よりも楽しみにしていたのは久原先生だったらしい。初めて見るようなキラキラとした笑顔でグラウンドを見つめている。視線の先では既に試合が始まっていて、22人の選手が熱戦を繰り広げていた。


「スタメンが真田と藤代の2トップとは、さすがの私も少し驚いたぞ」
「彼らのテクニックはU-17随一ですから。世界がいかに広いかを山白に知ってもらうために、ね」
「ふん、そのための郭の起用か。それにだな、3-5-2ではなく4-4-2で来るとは反則じゃないか?」
「それが今回の作戦ですから」


そう言いくるめると、久原先生はむっと言葉に詰まった。

しかしどうやら、真田と郭の連携の良さは筒抜けらしい。確かに、うちの常套手段になってしまっているように思う。戦術変えた方がいいかしら、なんて考えていると、久原先生が口元を吊り上げてあたしの方を見つめていた。


「して、姫川軍師よ」
「何でしょう?」
「椎名、水野、そして藤村のベンチスタートの真意は如何なるもので?」
「答えなくともおかわりなのでは?」
「いやはや、私めなどには到底計り知れない策の元でありましょうに」


何を抜け抜けと。

この人のポーカーフェイスは並大抵のモノではない。こんなにも腹の内の読めない人に出会ったのは久し振りだ。


「ん、何か言ったか?」
「いーえ。それより、先生も中々な奇策を打ち出してきましたね」


今日の山白のスタメンには、最早レギュラーしかいなかった。11番を背負う成樹の穴は前レギュラーの先輩が埋めている。ベストメンバーを揃えてきたようだ。序盤からの全力投球−−彼らのこの試合に対する本気が伝わってくるようだった。




前半終了のホイッスルが鳴った。


試合開始から一人もメンバーを入れ替えていないため、全員の表情から疲労が見て取れる。特にDFの疲労度は相当のものだった。

現在の得点は1対1。

前半26分に藤代のワンマンゴールで先制し、その数分後に香原先輩のFKで同点となった。その他にも真田のシュートや郭のCK、FWの井波先輩が渋沢と対面するところまで攻めたりと、攻撃的な試合展開になっている。

だが、結論から言わせてもらうとうちの優勢だ。両チーム共に攻撃に長けたメンバーが揃っているものの、DF陣が厚いのは断絶U-17の方だ。現に、うちのDFの要である椎名を欠いても山白のベストメンバーに十分対抗出来ている。


「このままでも勝てそうだな」
「松下コーチ」
「交代は5人まで。まあ、シゲと水野辺りをちょちょっと代えて」
「監督はこのまま作戦通りにいくつもりですよ」
「おいおい……」


松下コーチは少し驚いたような表情を浮かべた。


「そんな意地にならなくてもいいんじゃないのか?」
「向こうは全力で戦ってます。こっちも手を抜いたりせずに応えようと考えてるみたいですよ。それに」


力の差は、はっきりと見せつけたいでしょう?

不敵に笑んで、そう続ける。松下コーチは先刻よりも目を見開いたかと思うと、肩を震わせ、けらけらと声を上げて笑い始めた。


「そうかそうか! お前はそういう奴だったな!」
「馬鹿にしてません?」
「うちで一番の負けず嫌いはお前だったな!」
「答えになってないし……」


負けず嫌いである事は否定しないが、チーム一とまで言われると、それはどうかと反論したくなってしまう。あたしが思うに、一番の負けず嫌いは郭か杉原のような気がするのだが。


「あたしそんな負けず嫌いかな?」
「違うのか?」


噂をすれば何とやら。気付けば隣には郭の姿があった。


「あたし的にチームトップは郭か杉原だと思うんだけど」
「いや、絶対に姫川だな」
「ええー……」
「ぶつくさ言ってないで早くアイシングくれないか?」
「あら、足首腫れてるじゃない。試合続けられる?」
「出来なくもない、かな」
「そう。ちょっと待ってて」


郭をベンチに座らせ、クーラーボックスからアイシング用の氷を取り出す。間近で見ると思った以上に腫れていて、さっきの発言が彼の強がりだという事は明白だった。


「こんなに腫れてちゃ試合なんて出せないわよ、馬鹿。監督と相談して」
「その必要はないよ、姫川」
「監督!」
「作戦より少し早いが、支障はないだろう。城光、高山、木田、郭、真田を一気に下げる。椎名、黒川、山口、水野、藤村はアップしておいてくれ」


予想外の展開に驚き、氷を辺りにぶちまける。あたしがそんなミスをするのが珍しかったのか、監督はすっと目を細めて続けた。


「全てが予定通りにいくとは限らないからな。もうこの際一気に詰めてしまおう」
「攻撃的すぎやしません?」
「この布陣を提案したのは君じゃないか。それに、力の差ははっきりさせたいんだろう?」


監督の目が剣呑に光る。ああもう、そんな風に言われたら。


「ま、これ以上取らせるつもりはないからね」
「まだまだ暴れ足りないし!」
「俺らに任せいって、な!」


周りを見ても楽しそうに笑う奴らしかいなくて、思わず口角が上がる。


「テンション上がるのはいいけど、怪我だけはしないでよね」


そう言うと同時に、後半開始のホイッスルが鳴る。監督はメンバー全体を見渡し、満足げに笑った。


「さあ、攻撃開始だ」




結果は−−4対1。

攻撃的布陣を敷いたU-17代表は、後半に入り続けざまに3点を奪取し、そのまま勝ち越した。前半は善戦していたかのように見えた山白も、さすがに疲労が溜まったのか、太刀打ちできなかったようだ。悔しがるかと思われた久原先生はというと、圧倒的な差に開き直って笑っていた。おかげで改善点が見えた、と感謝までされたくらいだ。

ところで。


「本日の感想をどうぞ、藤村選手」
「最っ高やな。めちゃくちゃおもろかったわ!」
「明日からまたあのチームの一員としてやってくんだもんね」
「今日でもっとおもろなってきよったわ。姐さん生まれ変わりよるで」
「……不吉な事言わないで」


振り回されるのはあたし達なんだからね。と言い返したいところだったのだが、あまりに満足げな表情を浮かべる成樹に水を注すのは悪い気がして。出かかった言葉をぐっと押し込み、勝利の余韻に浸り込んだ。




ポニーテールは捕まらない