「なまえさんー。なまえさんーってば。もう閉店時間やでー」
「いーやー!帰らないー帰らないのー!」
「そやかて閉店は閉店。うちを帰らしてや」
「いやー!私ここに泊まるー!」
「泊まるって言ったって……堪忍したって……」
結局彼女は何種類かのカクテルを飲み、ビールも更に2杯ほど空けてしまった。お酒に強くもないため、その倍の量の水もものすごいスピードで飲み続けていた。
日付も変わって、時計は2時15分をさしている。閉店は2時。多かった客もほとんど帰り、従業員が片付けをしている。うちもそろそろ片付けをして帰りたいところだ。明日も買い出しが待っている。
「もうツケにして構わへんから。帰ろ?な?」
「……帰りたくない……」
ファイさんに顔を合わせたくない気持ちもわかる。けれどもこのまま店に残ってもらっても困るし、うちに引き取るわけにもいかない。もう2時を回っているわけだし、きっとファイさんも寝ているから、と彼女を返そうとするのだけれど、一向に帰ろうとはしなかった。他の従業員も呆れたような目でなまえさんを見ていた。
がらん、と店のドアが開いた。早く店を閉めないから、間違えて入ってきたのだろう。足下に冷えた夜の空気が滑り込んだ。
「すんまへん、もううちは閉店で……」
「なまえちゃんいるー?」
「あ、ファイさん?」
「!」
ぴくん、となまえさんが肩を揺らした。店に入ってきたのは、なまえさんの恋人であるファイさんだった。その金色の髪が、カウンターのランプを受けてきらきらと光っていた。外套を身につけた長身の彼は、少しだけ肩で息をしている。
「……ほら、なまえさん」
「……なまえサンハ、イマセン」
「……なまえちゃん」
「……っ」
また彼女は俯いて、ぽたぽたと涙をカウンターに落とした。
「帰ろう?」
ふるふる、と力なく首を横に振った。ファイさんが彼女の腕を掴むのに、しかし彼女は抵抗はしなかった。ただ、ぽたぽたと涙を落としながら、力なく俯くばかりである。
「……帰りたくないの?」
「……」
あんなに帰りたくないと言っていたのに、いざそう聞かれると、なまえさんは返事をしなかった。帰ることはできないのに、でも、帰りたいわけじゃない。目が合ったファイさんが、呆れたようにうちに笑いかけた。
←前 次→戻る