桔梗と夕食

★桔梗


自分が幸せになるということを、長年思い描くことなく過ごしてきたため、唐突に幸福を突きつけられて時に、わたしは、対応が追いつかなくて苦心する。上手く笑みを返すことができなかったり、返事をすぐにすることができなかったり、そうしてその度に、彼女を不安にさせてないだろうか、などといった不安に取り付かれるのだ。

それでもここ最近は、彼女を大切にしたい気持ちと行動が、やっと一緒になってきたような気がする。


「先生」


彼女は台所で食事の準備をしていた。わたしはほんの少し前に帰宅したばかりで、しかしスーツを脱ぐのなど後でもよく、まずは先に彼女に触れたいという気持ちばかりが大きかった。学校を出るときから、早く触れたいと、願っていたのだから。

先生はわたしのためにわざわざ作業を中断てくれた。振り返って、ゆっくり、そして笑顔でおかえりなさい、と言った。その言葉がわたしの耳に届くたび、胸が満たされている、と思う。愛しさで息が詰まりそうなほど、彼女のことが好きで好きでしかたがない。

我慢できなくなったわたしは、ぎゅう、と彼女を抱きしめた。細い肩をしている。髪に鼻を埋めれば、甘い美しい匂いがして、クラ、と思考が傾いた。理性が音を立てて崩れていくのがわかる。彼女を押し倒してしまうのも時間の問題かもしれない。


「桔梗先生」
「はい」
「なんだか、今日は甘えたがりですね」


ふふ、と可愛らしい声で彼女は笑った。


「…そうですね」
「なにかあったんですか?」
「いえ、おそらくは、何も」


本当になにもなかったので曖昧な返事しかできなかった。

時折こうやって、相手を抱きしめたい衝動に駆られることがある。本当にそれは衝動という言葉がふさわしく、そしてその一瞬を逃してしまえば、またただの感情に戻ってしまう。
しかし行動できなかったときにそれは後になって後悔になることもあるので、その後味が嫌でわたしはこうやって彼女に甘えるのだ。

先生は、笑いながら、お料理しづらいです、と言った。その言葉がどこか幸せそうで、楽しそうで、安心する。いつまでもこうしてても構わないと言われているようで、止められない。


「邪魔ですか?」
「いえ、大丈夫です」
「…料理は中断しましょう」
「え?」

「私の相手をしてください。」


別にいやらしい意味で言ったのではない。ただ、本当に、彼女と向かい合っていたかっただけなのだ。
先生の手を引っ張り、ソファへ移動した。リビングは電気が付いておらず、台所の明かりがたよりで、薄暗い。


「先生」
「はい、」
「好きです。」


こうやって面と向かって言うことは少ないので、先生は不意打ちを食らったのか、目を丸くさせて驚き、そして赤面し、どもって何の意味も成さない音ばかりを口にした。


「え、や、あの、桔梗、せんせ」
「好きです」
「えっと、その、あの、」


あわてる先生はとても可愛らしく、まるで小動物のようだった。わたしは耐えられずあごに触れ抱き寄せてキスをし、舌を滑り込ませた。
彼女はやはり突然でびっくりしたのか、わたしの胸を叩いたり押したりしてどうにか離れようとするのだけれど、それをわたしが許すはずもなくて、ただひたすらに、先生の可愛らしい舌を、卑猥な音を立てて味わった。
逃げようとすれば捕まえ、そして唇も、ついばむように何度も何度も角度を変えた。
興奮しているのがわかる。下半身はうずくし、欲望が、脳をすべて支配してしまいそうだった。理性が崩れるのもあと少しだ。崩れてしまえば、全てがわたしの良いように進む。つまり、先生を押し倒して、思う存分鳴かせられる。

唇を離せば、彼女は思いっきり息を吸い込んだ。わたしも浅い呼吸を繰り返し、肺が空気を求めるに従った。


「っ、はあ、桔梗、せんせっ…」
「我慢できません」
「でも、お夕飯がっ…」
「そんなの、後でも良いでしょう。好きで好きで仕方がないんです、」
「っ…」


そのままソファに押し倒し、再びキスをした。理性はもう十分に崩れていて、わたしを先生から引き離すのは何をしても困難に違いない。好きで好きで仕方がないのだから、愛し合うことも、仕方のないことなのだ。














20100531-20110103
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