次はオレのためだけに

にへへ、と私はニヤつきながら、廊下を歩いていた。5限目の家庭科で、私はマフィンを作ったのである。元々料理上手でない私がマフィンをこんなに上手に焼けるなど、前代未聞だ。ちゃんと膨らんだマフィンは、一口食べるとすこしもさもさしていて、でもやっぱりマフィンだ、しっとりしておいしい。
マフィンを焼けたことのうれしさに廊下をスキップするほどである。

が、現実はそんなに甘くない。


「なにニヤニヤしているんだばかなまえ」
「げっ宝生綾芽…!」
「なんだその反応は。失礼だな」


宝生綾芽が話しかけてきたのである。オレ様を気取ってわがままでたかびーないやーな奴。すました顔をしているし顔立ちはいいので女子からはモテるが、私は知っている、こいつはひどく性格が歪んだ奴だと。
そしてなぜかよく私に絡んでくる。うざいったらありゃしない。

はっ、と思い、私は手に持っていたマフィンを背中に隠した。なるべく自然になるように。こいつに見つかって奪われにでもしたら、私のせっかくの手作りマフィンを珠美ちゃんにあげれなくなっちゃうじゃないの…!


「べ、別に、後ろから話しかけられたらびっくりしますがなにか」
「何隠したんだお前」


!!?自然に自然に隠したつもりだったのに、うまくかわしたつもりだったのに、なんだこいつの洞察力はおかしいだろ


「別に、何も、隠してないけど」
「ふうん。で、マフィンは?」
「×○★▽♯!!?」


なんなんだこいつー!めんどくせー!うぜー!!せっかくの私の焼いたマフィンを、奪い取る気か!


「持ってるんだろ?おまえの班で焼いたって聞いたぞ」
「ややや焼いてないけど」
「ちょうど甘いものが食べたくてな」
「いやお前の班こそアップルパイ焼いてただろ!知ってるんだからなお前がアップルパイに対してこげてるだのシナモン臭いだの言って女の子が半泣きだったの!」
「これか」
「!!?」


ひょい、と宝生綾芽は、後ろに隠していたマフィンを取り上げやがった。なんだこいつの身体能力半端ねえ!(腕長っ!)


「だだだだめー!それ珠美ちゃんにあげるんだから!せっかくうまく焼けたんだから!」
「ほう」
「私の焼いたマフィンなんかよりほかの班の女の子の食べてあげなよ!絶対そっちのがおいしいって!」
「いらん」
「なんでー!?」
「料理上手くないお前が焼いたマフィンを、桐原なんかに食べさせていいと思ってるのか?」
「うっ……」


宝生綾芽の言うことは正しいかもしれない。でも、私だって一生懸命焼いたんだ。珠美ちゃんに食べて、おいしいねニコってしてもらいたいんだ。

ぺり、という音がして、顔を上げれば、ちょうど宝生綾芽が口をあーん、と開け、マフィンを食べるところだった。そこからスローモーションで見えた。みるみるうちに口に近づくマフィン、ぱく、と食べられたマフィン、もぐ、という音。


「あああああああ!!!」


もぐ、もぐ、とゆっくり味わうように宝生綾芽はそれを食べた。(私の!マフィン!) 見せつけるように、ゆっくりと。


「私のマフィン!!!」
「ん、甘い」
「悪かったな甘くて!なんで食べるんだよくそ宝生!死ね!死んで詫びろ!」

「美味いよ、とっても」


私が罵る中、宝生綾芽は、いつも珠美ちゃんにしか見せないような、ほわん、とした笑顔を私に見せて、そう言った。


「多分、オレが今までで食った中で一番美味い」
「……は」


宝生綾芽は私の腕をつかみ、その手のひらに、なにかをのせた。


「お前の班の女子にもらったマフィン、やるから」
「……は」


じゃあ、と奴はきびすを返して、廊下を歩いていった。私は、呆然と廊下に、立ち尽くす。


『一番美味い』


そのフレーズがずっと私の頭の中でぐわんぐわん、と響いていた。一番美味い。オレが食った中で。いままで。美味い。


「っばっか綾芽ーーーーー!!!」


私の泣きそうな声が、廊下に響いた。

















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