Mr. Crazy




※SSLっぽい雰囲気。雪村(薫と千鶴)は双子兄妹設定です




 乾いた空気を肌で感じながら、空を見上げる。
空が高いと思える師走の末に太陽がさんさんと出ているのは良いことだ。
 年の終わり、雪村家では家族総出で大掃除をしていた。
学生と医者の3人暮らし、行き届いた掃除を日頃している訳ではないから、大晦日だけで終わる筈もなく――毎年毎年、冬休みが始まれば取り掛かり始めていた。
 実際、薫としては数日もかけて家の掃除など面倒極まりない。
綱道とふたりならばしていないだろう。
だけれど、千鶴が意気込んでいるならば別の話。
今だって布団干しのため庭に出てきたところだ。
 綺麗になるのは嫌いじゃない。
ただ億劫な気持ちは拭えないだけのこと。
 だから、その気持ちが千鶴にはばれないよう気をつけている。
「ふぁあ……眠たい」
 大きな欠伸をひとつ。
冬の割に暖かい太陽の陽射しに、気が緩んでしまう。
 気がつけば大晦日。
なんだかんだ毎年大掃除で師走の終わりが消えている気がする。
体力的にも疲労が蓄積しているというか――
「あぁ、初詣。どうしようか」
 すっかり忘れていた。
 毎年、千鶴とふたりで初詣。
今年はあぶない連中――千鶴のクラスメイトとか先輩とか先生とか、そんな男共のことだ。死ねば良いと思う――がいるので、そいつらが考えそうなことを避けなければいけない。
薫は千鶴にまかせると言われているので、後数時間で決めなくては。
「あー…どうしよっかなぁ」
 布団を干しながら、思考する。
 納得出来る対策でなければいけない。
思った以上に手こずるな、と悩まされていることにすら腹立たしさを覚えてしまうのは――余裕がないくらい厄介だと気付かされるからだろうか。

――♪

 上着のポケットに入っている携帯電話が鳴っている。
かけてくる人物など限られてくるので、薫は誰かと推測しながら取り出す。
「なに、天霧」
 画面を一瞥、珍しいと思いながらも自分は勿論のこと千鶴にも害の無い男なので、素直に出た。
『雪村ですか。今、時間よろしいですか?』
 相変わらず堅苦しい男だ。
だけれどそこが悪くない、安心できる所でもある。
「早く用件言って」
『貴方の妹さんから御節のある作り方についてメールを頂いたのですが、何度電話しても出ないのです』
 時間があるとかないとか、そういう返答すら面倒なので、薫から先に問いただす。
 すると、天霧は気に障る様子なく、用件を切り出してきた。
一部始終話す辺り、こうでなければ薫が答えないと分かりきっている。
要領が良いというか、器のでかい男だ。
「……あーそう、そういうこと。千鶴なら今、玄関の掃除に奮闘してるよ」
 だから気付いていないんじゃないか、という雰囲気で返すと、天霧が納得の声を零した。
大掃除という発想を天霧も持っているらしい。
『分かりました。11時を過ぎた頃にもう一度かけますので、そのことを伝えておいて下さい』
「分かったよ」
 いつもならば面倒だと断る内容だ。
でも御節となると、千鶴が薫と綱道のために頑張っている、ということ。
素直に引き受けてしまう。
 ざっくりいえば、薫は千鶴のためにしか動く気がない。
「あーそうだ、天霧。年明ける頃、かな。とりあえず風間をどうにかしといて」
 風間の場合、迎えに行くとかそういう可愛い次元を通り越して何をしでかすか分からない。
始めから止めておくのが賢明な判断。
そうなると残念ながら、天霧ぐらいしか適任がいない。
 丁度良い間で電話をかけてきた天霧が悪い、と薫は勝手な解釈をする。
『…………面倒なことを頼みますね、貴方も』
 これこそたるい、という感じの返答をされた。
思考の回転が良すぎる男も大変だな、と薫が押し付けておきながら珍しく苦笑してしまった。

「まぁよろしく。僕は千鶴が大事だからね」

 電話を切る直前、『知っていますよ』という言葉が耳に届くも、それをあえて無視する。
当たり前のことを零してしまったと、自身呆れているから。
 太陽が沈んでからの問題をどう蹴散らすか思案しながら、薫は千鶴のもとに向かう。
とりあえず頼んだからには伝言ぐらい――成しておかなければ、とくらい薫でも思うくらい天霧は信頼されていた。






 電話を切られた後に続く虚しい一定の音を聞きながら、天霧は重たい溜息をついた。
うんざりと面倒とたるいが引っ付いた頼みごとに、それくらいさせてもらいたい。
「んぁ、天霧。何やってんだ?」
 廊下にて携帯電話を持ちながら立ちすくむ珍妙な天霧に、そこを通った不知火が不思議そうな声をかけてきた。
「いぇ、どうしたものかと……不知火、貴方は風間をどうやったら足止め出来ると思いますか」
「……はぁ?あぁ?そうだなぁ、」
 いきなり何だ、と言わぬばかりの反応。
天霧が冗談を言う男ではないと知っているため、不知火はすぐ気持ちを切り替え、協力モードに入った。
可哀相な雰囲気を察したからもある。
「雪村・妹でも置いとけば良いだろ」
「それ以外で」
 即、否定されてしまった。
 不知火は雪村・兄が根源っぽいと勘付き、たるそうに首根っこをかく。
「じゃぁ5mくらいの穴でも掘るしかねぇな」
 登ってこれないくらい深い落とし穴。
牢のように押し込めておけば良い。
「…………馬鹿らしいですね」
 穴を掘ることも、そんなことに引っ掛かる風間を見るのも、そして足止めしなければならない自分も。
滑稽すぎて、自身を嘲笑いたくなる。
「今頃気付いたのかよ」
 要するにその内容は無駄かつ腐っている。
「とりあえず飲まして、土方のところに押し付けますか」
 千鶴がダメなら土方くらいしかいない。
 向こうも飲んでいるだろうから、避ければ良いものをあえて掴み、揉め事を起こしそうだ。
いつもなら億劫だが、それこそ足止めになるだろう――天霧と薫には。
 常識人に分類される天霧と不知火ですらこの有り様。
残念な話だが、もう誰も止められない。
「風間の好きな酒、どれくらいありましたか」
 ふむ、と唸りながら歩き去っていく天霧を見送りながら、不知火は失笑する。
「年越しに人様迷惑かけんのもなぁ…」
 年明け早々、土方達に迷惑と喧嘩のテンションが降り注ぎ、薫ひとり細く笑い、千鶴は静かに願い事をする。
そんなところだろうなぁ、と不知火はこれから起こる未来を見事的確に予想していた。



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