To drag out the photographs






 頬杖しながら窓越しに空を見る孟徳の姿は、どう考えても仕事のやる気欠片ひとつない。
露骨にしているのに、それを汲み取ってくれない臣下に心持ち拗ねかけてもいる。
けして構って欲しいからではなく、仕事をする気が失せていることを表しているだけなど、タチが悪い。
 そして構う気もない臣下――元譲はというと、「出ていきたい」一心だった。
 所要で孟徳の所に寄ったのだが、引き止められた。
孟徳にしては珍しい相談事だったのだが、その内容を聞かされたのは二度目だったりする。

「丞相。文若です、失礼致します」

 その空気に、ざっくりと鋭い声が入る。
しかも扉の向こうから投げかけらたと同時――部屋の主の言葉無しに、開閉された。
「……あのなぁ、文若」
 空から視線を外し、入ってきた文若を見ながら孟徳は珍しく溜息をついた。
勿論先ほどの態度が原因だ。
「逃げられては困りますので」
 机に書簡を置きながら、文若が眉間にシワを寄せた。
 頭のかったい文若にしては理解し難い無礼だ。
付け加えると、ここ最近、孟徳に書簡を置きに来る時だけ、の限定だったりする。
 そうなってしまったのは、孟徳を庇って怪我をおった花の看病に行くと逃げられるようになったから。
今は花の怪我も完治して文若の補佐に戻ったけれど、脱走の可能性は零ではないと止める気もないらしい。
「え?なんだ、この図太さ。俺が咎めるべき要素を掻き消されたぞ」
 戸惑っているという雰囲気をワザと作りながら、孟徳がちらりと元譲を見る。
そこで振られても困る、というか最近孟徳はこうやっていじるのが好きだからタチが悪い。
「知らん」
「はあー…俺って恵まれてない。花ちゃんが恋しい」
 どれが最優先か。
文若が乱雑に置くはずがないので、孟徳は上から書簡に手をやった。
すぐ目を通すだけの気力はあるらしい。
「なー文若」
 孟徳は目を通しながら、文若の連絡事項を聞いていた。
そして終わってすぐ、ぽつりと呟く声に質問かと思いきや――

「花ちゃんが、どうやったら俺のために泣いてくれる?」

 文若にとって、とてつもなくどうでも良いことを聞いてきた。
そして全く脈略の無い流れなので、防壁を作る余裕も無かった。
あと人の話を聞いていたかと問い詰めたくなった。
「花ちゃんって万人のためには泣くけど、俺のためってのは無くてね。俺としては深刻だ」
「………悩み事は元譲殿まで」
 頭痛がしてくるのは幻覚だろうか。
惚気まじりのような、相変わらず女には非常というか、見境ないといか、男の嫉妬は醜いような、なんとも言い難い孟徳の発想に文若は溜息しか出ない。
「元譲にも先ほど聞いたが、案外鉄壁で壊し途中だ」
 はーとワザとらしい溜息を孟徳もつく。
えー…済みですか、と文若も回避できなかった苦痛を隠さず見せた。
 蚊帳の外ながら酷い扱いの元譲はというと、売られたことに放心状態というか絶句だった。
 そう、この問いを元譲も先ほど問われた。
どう答えても元譲には良い結果が浮かばず、言葉を濁していた所、文若が来たのである。
 もう俺に問うたこと忘れてくれ、とそれだけ元譲は願うことにする。
怒るとか、呆れるとか、もうそんな感情よりそっちが大事だ。

「………………私がとやかく言うことではありませんが――花は、我々の意図で涙を流す子ではないかと」
 悩んでいる理由など知るべきではない、むしろ不要。
早期解決、そして早々退散。
それが最善だと頑固な文若の割に早く気づき、意見を発する。
 知識や武力では孟徳や文若、元譲の方が圧倒的だ。
そして己への誓いや屈しない心も人がなしえないほど頑ななのに、花が誰よりも強いと思わされる。
 別の世界から来た子だから、でもない。
価値観は異なるけれど、人として特殊なところなどなく、同じような心を持っている。
 それなのに、男みな敵わない何かがあった。
 だから、巧妙な案が思いつく孟徳でも、予想した結果は見込めない。
考えるのも不毛だ、と文若は言い捨てた。
「……文若に言われると腹が立つな」
 その意図は読み取れたが、同意見だということを知ると、不快度が増す。
聞いた本人がする態度ではないが。
「あと、もし叶えられたとして。昔の貴方なら十分でしょうが、今の貴方ならばそれを見たところで、満足はされないと思いますが」
 花の全てを見たいなど、根っから歪んだ孟徳なら、男の文若でも容易く想像出来る。
そして今それをしたところで、孟徳が満足どころか後悔するとも検討した。
「何故?」
 強い視線ながら少し口元が緩んでいる。
面白い発想をしてくれるな、と愉快そうだ。
 孟徳の思惑通り、流れに乗らされているな…と文若としては何一つ面白くない。
だが、そこで言葉を止めるほどの馬鹿げた抵抗など、とうに捨てている。

「違うことを――望んでおられる。笑顔を守りたいと言ったのは貴方でしょう」

 昔から孟徳と文若の間には政に対し理想が違った。
孟徳の場合、自分ひとりの考えだけではどうしようにも無い地位に上がってしまったからもある。
 少しずつ少しずつズレていき、一時は直接仲違いした訳でもなく、亀裂が走った。
 そんな頃、花が孟徳を庇って怪我をし、そして――孟徳は花のために何をしたいか、決断した。
その際、文若との暗雲な雰囲気もかききえている。
 孟徳は文若に『花の笑顔を守りたい』と伝えていた。
そう断言し、俺の足となれと命を下した男が戯言を、と文若としては言いたい。
 その悩みは無駄だ。
今となっては、昔の願いが叶ったとしても、後悔しか残らない。

「………驚いたな。あぁ、久しぶりに驚かされた」
 男のために笑う気はない。
そうざっくり言い捨てる孟徳が喉を鳴らし、笑う。
「……もうよろしいですか」
 勝手にしてくれ、と思いながら文若が問うと、孟徳はけらけら笑うのを止めぬまま、軽く手をはらった。
酷い態度だが、文句を零すのも馬鹿らしい。
「いやぁ、中々面白かった…」
 文若が立ち去るのを見送ってから、孟徳がぽつりと零した。
それは酷いくらい可笑しそうにしながら。
「答えが出て何よりだ」
 俺も安泰だ、と元譲が思ったのは言うまでもなく。
投げやりだが相槌はちゃんとうった。
「うん、今日はさっさと終わらせて花ちゃんに逢いにいこう。それがいい」
「是非そうしてくれ。俺の頼んだ件も頼んだ」
「あぁ、そういえば、お前の答え聞いてなか――元譲っ!」
「解決したのだからそれで良いだろう!?」
 元譲は逃げながら言い訳をし、扉から消えていく。
 臣下としてどうかと思う態度ではあるが、ふたりとも花のために手足となっている。
咎める気も起きず、孟徳は緩んだ口元に手をやり、ふと空を見た。
 世は腐っているが、最近どうも楽しいと実感できる。
無茶ばかりしていた若い頃とは似て異なる高揚感。
暗闇ばかりの未来も、強い光ひとつあれば。
「あぁ、おかしいな…まったく」
 昔の自分ならば思いもしていなかった場所に落ち着いた気がする。
そう思いながら、孟徳は書簡に手をやった。



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