Your fear is groundless






 初めは睫毛長いな、というほんの小さな感想。
化粧で頑張ってもあれほど綺麗な長さにならない。
羨ましいな、とか。
そんな些細なことだった。
 それから公瑾を見ていると少しずつ――指が長細いとか、背筋の伸ばし方とか、仕種とか、気付いていき、根本に行き着く。

――とてつもなく、綺麗な人だ、と。

 惚れるなどの贔屓目抜きに、この人は綺麗なのだと知った。
 女性が男性に思うというのは相当なのだろう。
男性が女性を格好良いと思うのが相当なように。
 公瑾が綺麗な人、という認識が嫌な訳では無い。
綺麗だから好きになった訳でもないが、ある一面を知れて嬉しかった。
 そうではなく、自分はその隣にいていいのかと不安になったまでのこと。
 すらりと細くもなければ、睫毛も長くもなく、鼻も高くない――濃淡の少ない典型的な東洋――公瑾も仲謀も同じなのに、それに属していないから尚更思わされる――顔である。
解決出来ることもあるのだが、花の思考は高校生のお財布範囲内。
ぐるぐる悩んでしまうのは、乙女心という複雑なものが大半の原因であり、気持ちがた下がり。
 多分、自信が欲しいのだ。
公瑾の傍にいたいから、か。
乙女の意地、か。
 混ざりすぎて、どれが本音なのか、花には分からなくなっていた。






「で、どうして俺様のところなんだ」

 仲謀は執務を行う際いつも座る椅子に腰掛け、机に肘をついて頬に手を乗せながら、とてつもなく重たい溜息をついた。
それは露骨に、嫌味の如く。
「だって尚香さん、いないし……相談出来る人いないから」
 机越しで対面するように座っている花の位置からだと、窓から零れる明かりの影で少し仲謀の表情は見難いが、それでもはっきり分かる。
そんなに嫌そうな溜息をつかなくても、と花はつい口を尖らせて歯向かってしまった。
 事の経緯を少し話そう。
 仲謀の休憩を見計らって、花は林檎片手に執務室へ突撃訪問した。
『好きな人が自分より綺麗なのだけれど、どうすればこの複雑な気持ちを消化出来る?』と相談付きで。
 何故林檎かというと、一応相談料である。
相談料になるか、とあしらわれたけれども。
 花を責めるつもりはないが、仲謀に同情する方が多い展開だ。
残念だけれども、巻き込まれた側がとてつもなく可哀相に見える。
「……まぁいい」
 花がこの世界で相談事を言える相手など、とてつもなく少ない。
尚香は玄徳のところへ嫁ぎ揚州にはいないし、大喬と小喬には相談済み――愉快そうで何か企んでいた――となると、消去法で仲謀しか残っておらず、つい聞いてしまったのだ。
 それを察した仲謀は、傷を抉るのもなんか、とあえて追求はしないでおく。
 あと、ほんの少し、ほーーーんの少しだが、無礼と言われかねない花の行動も、年相応な相談と態度で、仲謀には新鮮だった。
自分には縁のないものだと思っていただけに、気が回ってしまったともいう。
「堂々巡りだろ、それ」
 呆れた面のまま、仲謀はうさぎの形の林檎を頬張った。
しゃくっと良い咀嚼音。
うさぎの形に文句というか不評を零しながらも食べている仲謀に、花は嬉しかった。
こういう仲謀の優しさに部下は惹かれていくのだろうと、そういう断面を垣間見えた気がした。
「仲謀は思わない?自分より格好良い女性がいたら複雑でしょ?」
 思考を整理しながら、混乱しないように、ひとつひとつ断片を紡いだ。
その甲斐あって、相談内容を話しきり、仲謀にも理解してもらえたはずだ。
それなのに仲謀がざっくり悩みを切られても困る――というか引き下がれない。
「仲謀様、だ」
「仲謀様はどう思う?」
 何処か違和感があるような口調で花は仕切りなおす。
が、仲謀としてはとてつもなく微妙であり、眉間にシワを寄せたまま一瞥する。
「別に。そこだけで惚れたわけじゃないだろ」
 怒る気も湧かないのか、再度溜息だけつき、仲謀は返答した。
適当にするより、いち早く相談事を解決させ執務室から払うのが最善だと気づいた結果の対応である。
 花の不毛な発想に折れることが出来るらしい。
嫌な発見をしてしまった、と仲謀は内心思う。
「じゃあ、自分より背が高い女性、とか」
「………………どうにもならないことを悩むな」
 沈黙は長かったが、正論だ。
「だよねぇ…」
 どうしようにもならないことは幾つもある。
悩んでいてもしょうがない、と言われればそうなのだ。
堂々巡り、そのとおりである。
「綺麗かなんてそいつのものさしだろ。公瑾はお前の方が綺麗だと思ってるとぞ、絶対」
「えぇ……?」
 自分を綺麗かなんて考えている男の人など少数だ。
なのでそこに疑問はわかないが、花としては自分の方が綺麗という感覚が信じられない。
「そうかなぁ」
「あの公瑾が惚れた女だ、綺麗じゃないなんて言う訳ねぇだろ」
「本当に?」
「…ほんとに」
 あぁ、女って面倒くさい。
 そんな表情のまま、仲謀は適当に頷く。
「褒めすぎだと思う……嬉しいけど」
「よし、解決した」
「うん…って違う!本題すりかわってる!解決してない!」
 個人のものさしはともかく、第三者の評価は明確だ。
男同士なので仲謀には分かりにくいが、公瑾に対して周囲の囃したてようはとてつもない。
流石にその認識に花が勝てるとは思えないので、仲謀も抉らずにいたのだが。
「堂々巡りだって言ってんだろ」
 上手く流されないとは、と思いながら仲謀は言葉を繰り返した。
「そうなんだけど……この心おさまらず」
 綺麗になりたいという努力を惜しまない気持ちは大事なのだと思う。
ただ世には基本に差があり、カバーできない部分は幾らでもある。
背は勿論のこと、鼻の高さとか指の長さとか、色々。
それが『どうしようにもならないこと』なのだが、何であれ乙女心は複雑なのです。
「俺の意見は述べた。あとはもう本人に聞け」
「乙女心を好きな人に言えるほど私は頑丈じゃないよ……」
「乙女心とか頑丈じゃないとか言えてる時点で嘘だろ、それ」
 こういうのは隠しておきたいもの。
男にだって意地とかあるでしょ、とぶつくさ文句をたらすと、仲謀が相談の合間で一番盛大な溜息をついた。

「俺はこいつの乙女心範囲外らしい――公瑾、俺にその気を撒き散らすな」

 お手上げのようで、仲謀がとてつもなく投げやりな言葉を発する。
そして、花から視線を外し、少し遠い先を見た。
「…え?」
 ぞわり、と背筋に感じた。
もやもや悩んでいる場合ではないと、花は仲謀の態度で気づかされる。
 花は仲謀の視線を追いかけ、背後に向き直れば――公瑾が扉に凭れかかるように立っていた。
「公瑾さん!?いいいつからそこに…!!」
 公瑾にしては行儀の悪い態度だが、花がそれに気付く余裕なく、ただ勢いよく椅子から立ち上がる。
相談事を聞かれたかと恥ずかしさで赤面、混乱、それで精一杯。
公瑾が不機嫌だということも察することすら出来ていない。
 公瑾の不機嫌の理由など、簡単だ。
 どうしてふたりきりなのですか。
しかも相談内容もあまり面白くありません。
私だけが知っていればいいものを。
 等々、それくらい容易く想像できている仲謀は、公瑾の無礼にも目を瞑る。
恋路に苛立つほど、心狭くない。
それに怒る気力すら湧かないくらい、面倒と呆れていた。
まぁ二度目があったとしたら、今と同じ対応はしないし、公瑾もそれを重々承知で行為にあまえている。
「仲謀!公瑾さんいつからそこにいたの?!」
 扉の開閉は部屋の主の許可が必要になるし、無音で開く筈がない。
そんな会話一切無かったけれども、と花は思いながら机越しに迫る。
 聞く相手をかえたのは第三者の客観的な意見が必要だったから。
動転している割に、行動は間違えていなかった。
「仲謀様、だ。で、なんだ、あぁ公瑾な。お前が相談内容を話している時だ」
「は、はじめから――!!??」
 その時は、他のことに意識を持っていける余裕などなかった。
ゆっくりだが仲謀もそれに合わせて聞いてくれて嬉しかったのに。
 騙された訳ではない。
 でも、なんだろう。
この気持ちを返していただきたい。
「用件は後で良い。先にこいつを連れてけ」
「申し訳ありません。仲謀様」
「ぇ、わ、公瑾さんっ!あの、その…えっと、!」
 公瑾に引きずられて出て行く花を、仲謀は見送った。
「不毛だ……俺の休憩を妨げるとか、なんて女だ」
 この苦痛な疲労をどうしてくれようか。
 公瑾が幸せそうな笑みを零すようになり、上司としては悪い気持ちにならないけれど。
 露骨に牽制するのは勘弁だ。
部下の女に手をだすほど、仲謀は腐っていないし、公瑾も分かっているはずだろうに。
余裕ないのか、花が能天気なのか。
ぶっちゃけ、どちらでも良いが。
 うさぎの形をした林檎を頬張りながら、公瑾はどうやってあの堂々巡りな乙女心を解決するんだろうか、と思――…馬鹿らしいことに気付き、仲謀は重たい溜息をついた。



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