You're all I need






 暗闇に昇る太陽が溶け込む――朝焼け。
夕焼けと似た配色ながら全くことなる景色に思え、気に入っていた。
 雅刀は障子を開けてその景色を眺める。
 目覚めは悪くない。
夜眠れることの大切さを知っているし、寝ないという持久戦にも慣れているから、寝不足などという概念も人より薄い所為もある。
 軽く髪をかきあげ、欠伸をひとつ。
怠けているな、と己を御しながら、明るくなっていく空をじっと見つめた。
 雅刀にとって朝陽は区切りだ。
暗闇と同化することが出来なくなる時刻――軒猿にとって一種のスイッチのようなものとも思っている。
 一介の絵師となっても軒猿としての習慣が拭えないのは、軒猿として生きて死ぬものだと思っていたからだと考えていたが、それは誤認であり、本当は手放す気が無いのだと、今は気付いている。
 仲間の声だけを無差別に聞こえる音から拾うことも、他国に潜り込むこともなくなったのに、気配だけは研ぎ澄ます。
自分のためではなく、愛する女を――隣ですやすやと、相変わらず警戒心を持つ気のない真奈を守るために。
 大切な人が出来ると人は弱くなるのだと思っていたが、強くなろうと決意するとは。
愛情などほど遠く、手に出来ぬものだと幼き頃に悟り、兼久と過ごすようになってからは忘れてしまったことを、今更思ってしまうなど。

――人は愛を知ると変わるもの、か。

 定番台詞を思いついてしまう沸いた脳に、雅刀は苦笑してしまった。


「……雅、刀?」

 むにゃり、と情けない造語が合いそうな雰囲気で真奈は身体を起こす。
ぼんやりと視線を合わせ、こてんと首を傾げてひと欠伸。
ゆっくりと掛け物を手繰り寄せてから、雅刀に近寄ってくる。
「相変わらず、早起き、だね…」
 真奈の行動は終始鈍く、寝間着が崩れていることすら気にする気配がない。
自分の前とはいえ、無防備すぎるのは不安だ――と雅刀は思いながら胸もとを整えてやると、真奈に「雅刀のえっち」とぼやかれたが、聞こえないふりをした。
「早起きじゃない。あんたが遅いんだ」
 冷静を装いながら、小さく溜息をつく。
 電気の無い時代、人の生活時間は太陽が決めているようなものだ。
今は秋から冬に変わる時期、だいぶ朝も遅い。
「そう、かなぁ…?」
 嫌味すらもさらりと流す辺り、まだ夢見心地の模様。
真奈は人肌で温まろうとしているようで、雅刀の隣にくっついてきた。
「……むぅ。雅刀、冷えてる。温めて、あげるよ?」
 風にあたり体温が下がったのは分かるが、冷えているとは思わなかった。
単に真奈がもっと暖かいと思っていたのだろう。
 艶っぽい台詞なのにそう感じさせないのは、寝惚けているからか。
「真奈」
 温まろうとしていたのに、温めようと転換する真奈が愛おしい。
抱き寄せれば、くすぐったそうな声が胸もとから聞こえてきた。
「私は湯たんぽじゃないよ?」
 暖を取ろうとしての行動と勘違いしているようだが、真奈が温まれば良いので、あえて訂正はしない。
「…ふぁあ。うん、眠い」
「…擦るな」
 目元を擦る真奈の手を遮ると、不満そうな視線を寄越してきた。
「ねむいの」
「わかったから。おい、真奈」
 拘束されたままの腕に顔を持っていって目を擦ろうとするので、雅刀はもう片方の手で頭ごとガシッと掴んだ。
「低血圧だから、しょうがないって」
 そういう問題ではない行動を今しようとしていた。
豪快なことをあっさりやりのけるから、慌てもするし、心配にもなる。
「あんた低血圧ってタイプじゃないだろ…」
 抜けたと思っていた先の時代の言葉も、真奈といると戻ってしまう。
削ぎ落としたものだと思っていたが、奥底で留めていただけだったらしい。
それに気付いた時、案外執着心があったんだな、と雅刀は呆れてしまった。
「そのとおり、嘘だけどね」
「だろうな」
「……雅刀。無理みたい」
「…なにが」
 少しずつだが、会話に途切れがなくなってきた。
痺れを切らさず、その間に合わせられるのも、結局真奈の感覚に慣れてしまったから。
「おやすみ」
「起きろ」
「ヤダ。起きたら雅刀いなくなるもん」
 縋りついていた腕からするする滑り、真奈の身体は胡坐を組んでいた雅刀の足元で落ち着いた。
膝枕より腰に抱きついているような形に近い。
「……真奈?」
「だって雅刀、いっちゃう」
 陽が昇れば、雅刀は絵師として仕事に出かける。
そうなると真奈はお留守番だ。
 それが不満でお仕事がしたいと言って喧嘩になったこともある。
雅刀は真奈を守りたいから篭に閉じ込めたくて、真奈は雅刀の役に立ちたいから外に出たがる。
堂々巡りで決着の見えない話題ではあるが、日雇いバイトなどこの時代にそう無いので、真奈の願望が叶わず、雅刀が今の所勝っている。
「もう少しだけ、私だけの雅刀でいて」
「……あんたって人は」
 優しく髪を撫でると、真奈は口元を緩めた。
瞼は閉じているが、嬉しそうだという表情は分かる。
「離れていても、俺はあんたのものだろ」
 真奈が雅刀のもの、という表現が普通なのだろうけれど。
男としてそれは情けないのかもしれないが、雅刀からすればそう思えたし、それで良かった。
「そっか、そうだよね」
 真奈は少し身体を動かし、顔を上に――雅刀の方に視線を向け、手を伸ばす。
「おはようのキス、して」
 するりと雅刀の腕に絡み、にこりと笑顔。
 まだ寝惚けている雰囲気はあるが、真奈は案外時間問わず艶っぽいことを言ってくる。
自覚して誘っているのか、無意識で欲しているのか、幼い言動が多いので判別しにくいが。
「調子に乗るな」
 そう言いながらも、背をまるめて顔を近づける辺り、惚れた弱みかあまやかしすぎてる――と雅刀はぼんやり自覚していた。



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