If in excess even nectar is poison.
「うぅぅん…やっぱり信じられない。マジでってか本当ってか未だ嘘って思えちゃうというか、えぇええ…?いや、嘘だろ。うーん。歴代理事長の肖像画と似てる、かなぁ?面影あるようには見えないけど、若い頃ーとか言う奴?えぇええ?でもなぁ」 「日本語を話しなさい、真田先生」 ぱりぽり非常食として買っておいたおやつを食べながら、真田は顔に信じられませんと書いたかのような表情をしていた。 ふーんとか納得したと思いきや、えーとか不満そうな声を上げ、繰り返しで忙しなくうざったい。 葛城が聖帝学園の理事長を勤める家柄だと知ってから、ずっとこんな感じだ。 それに付き合っているというか放置している二階堂と、ずっとにこにこ笑顔の悠里、そして真田の3人は、珍しく静まり返った職員室残っていた。 正確に言うと語学準備室でプリント制作していた悠里と真田が職員室に戻った際、校舎の見回りに行く鳳と九影と衣笠の3人と鉢合わせし、一緒に帰ろうという流れになった。 悠里と真田が一緒に見回りすると言うも、衣笠の「帰る準備をして待っていて下さい」という笑顔に圧され、ステイ決定。 準備などすぐに終わり、待つ間にとお茶と御茶請けのお菓子――小腹が空いていたからだ。盛大に広げてはいない――を出す。 最後に二階堂が別件の用事を終え、戻ってみれば巻き込まれ、今に至る。 「て、ことはー…葛城さんは将来理事長ってこと?」 悠里と恋人になってから葛城は随分変わった…というより人としてまともになった。 借金返済はいつものことだが、繰り返すことがなくなり、少しずつ良い兆しが見えている。 分からないけど可能性はある、という表情で悠里が肯定すると、真田は唸った。 「う〜ん?でもなんか、想像出来ないなー」 飛び出していた家というか身内とも仲直りらしきものはしているらしいし、気の早い飛躍だが、現在空席の理事長席に葛城が納まるのは時間の問題だ。 「机に座ってじっとしてデスクワークしたり、お偉いさんと宇宙語話したりする姿に違和感があるというか」 あ、お茶無くなった。 ぽつりと真田はそう零しながら、思っていたことを話す。 宇宙語なのは君です、という視線を二階堂が向けるも、真田には残念ながら伝わらない。 致し方なく、別の方面から言葉で咎めた。 「未来に馳せていないで現実を見なさい」 「分かってますよ」 ぶーと不満そうに口を尖らせるも、目元は笑っている。 しかも、想像は個人の自由じゃないですか、と全く反省も怯みもしていない。 「葛城さんぐらいじゃん、全員の生徒の名前覚えてるの。生徒と触れ合ってる方が良いというか」 学年ひとつでも大変なのに、葛城はそれをあっさり越える。 真田がそれを初めて聞いた時、疑った、嘘だと思えた、ありえない。 葛城だから、というより人として凄い能力だ。 「見習いたいって思ったのそこくらいだけどね」 「ふふ、そうですね。そうかな、どうだろ」 否定でも肯定でも無い曖昧な相槌を、悠里は嬉しそうにうった。 生活面で見習わない方が良い事も多いけれど、先生として大事な気持ちを沢山持ち合わせている。 ひとつだけかもしれない、それ以上かもしれない。 その返答が可笑しいのか、真田もつられて笑顔を零す。 「うーん、でも葛城さんが先生じゃなくて理事長になっても、それはそれで良い感じがする」 教師ですら理事長なんて雲の上とまではいかないが、随分遠い存在、生徒ならもっと距離があるはずだ。 それでも葛城ならば距離なんて縮まる気がした。 「なんて言えば良いかな、学園が楽しい雰囲気になりそう」 教師より偉い人、でも親しみある雰囲気、そんな理事長どれくらいいるだろう。 少数にもほどがあるのに、何故か葛城ならそれになれる気がした。 「親しみは短所じゃないと思うから、さ」 分からない、憶測で沢山のことは言えない。 贔屓無しには出来無いけれど、自分がもし生徒だったらどうか考えてみると、そう行き着いた。 偉いなりの威厳は必要だ。 けれども、生徒と疎遠で良いなんてことは無い。 「私より真田先生の方が銀児さんのこと、よく知っている気がします」 悠里がふわりと笑う。 自分のことのように喜んでいる。 それを見て、真田は恥ずかしくなった。 何を熱弁していたんだ、と。 柄にも無いことするものではない。 「それはないない。南先生は俺の上、すんごーい上にいる理解者だよ」 大げさに手を高く上げ、悠里はこの辺、と態度で示す。 ふたりの談笑を傍観していた――真田に呆れて何も言う気にならなかった、ともいう――二階堂は、静かにお茶をすすっていた。 「二階堂先輩はどう思います?」 「はい?」 それあって、いきなり4つの瞳がこちらに向かれると、少し圧倒する。 「葛城先生が理事長になったら、って話ですよ」 ふたりして何か言葉を待つ期待の視線。 先ほど現実を見なさいと忠告したばかりなのに、もう忘れている。 真田ならへし折ることは出来るが、悠里には可哀相な気がした。 はぐらかしたらしょんぼりするだろう。 女尊男卑。 二階堂の場合、真田だけ厳しいような気もするが。 「想像もする気も湧きませんし、私は葛城先生がどうでも構いません、野垂れ死にようとデスクワークしていようと」 あえて取り繕わなかった。 事実だけを述べる。 それが悠里にしろ真田にしろ、欲しい言葉だと分かっているから。 「野垂れ殺されてるよ、葛城さん」 真田の突っ込みを無視というか慣れている二階堂は気にせず、言葉を切らさない。 「ただ、彼が頑固に貫く意志や信念を持ち合わせていることくらいは知っています」 競馬やパチンコを含め、生徒のことも授業も全て総括し、そう思えた。 それが二階堂の賞賛であるかは微妙過ぎる。 良い所ばかり選んで考えている訳では無いから。 「どう転ぼうが、葛城は葛城であって、それ以上それ以下でも無い。私の評価は変わりません」 良い展開になろうと、悪い方向に行こうと、上がりもしない、下がりもしない。 いいようにまるめこんだ、二階堂にしては本当に何も考えていない、何とでも解釈が出来る。 表情だっていつもどおり、むしろそれ以下の冷血な視線と口調だった。 それでも、真田と悠里には褒めていると思えた。 例えば風邪を引いた際、心配したり過保護したりせず「帰って寝ろ。迷惑だ」と素っ気無く何もしない人がいる方が丁度良い。 人は欲張りで、無いもの強請りをする。 その欠けた場所を二階堂が埋めていた。 二階堂も、葛城も、それを声にしたら不本意そうに、不機嫌を露わにするだろうが。 「それよりも南先生」 「はい」 「その嬉しそうな表情、私達にではなく彼に見せてあげない」 溜息をつき、軽くメガネのフレームを押し上げる。 嫌そうでは無いが、嬉しくも無い、いつもの表情。 「南先生の嬉しい笑顔は羨ましいを通り越して、俺まで嬉しくなるよ」 真田は二階堂と違い、へらりと笑った。 彼が餓鬼っぽい妬みの態度を見せなかったのは、悠里の清々しい素直な気持ちがあったからだ。 「…それより、遅いですね」 道草をして見回りが遅くなるような人たちでは無い。 誰もいなければ、どれくらいで終わるか、悠里と真田は知っている。 その時間を越えるとなると、何かあったということ。 「え?あぁ、そういえば…居残っていた生徒がいたとか」 安直に考えて生徒がいた、とかが有力だ。 「かもしれ――あぁ、私としたことが、失念していました」 「はい?」 「え?」 「いぇ、何も」 ふたりは聞き返すも、望んでいた回答は得られなかった。 気づいていないのならば二階堂も言うつもりは無い。 知らない方が良い事も世の中には沢山ある。 「ベタ褒めだな、こりゃ」 「二階堂先生まで、ふたりに毒されて…」 「ふふ、どうです?葛城くん。今の気持ちは」 いい大人3人――勿論、見回りをしていた九影と鳳と衣笠だ――で静かな職員室に響く会話を盗み聞きしている。 初めはすぐに入る予定だったが、真田が面白い話題を振っていたので、足を止めた。 誰も異を唱えなかったのは―― 「恥ずかしくて死にそう…」 3人の横でうずくまる葛城が一緒にいたから、だ。 葛城が理事長になることに不満や抵抗を、今は見せていないし思っていない。 彼は自分の意思で祖父の所まで行ったのだから。 そして誰がどう思うと気にならないが、悠里やわんこの真田、腹立つ二階堂がどう思っているか、その3人の気持ちだけは気になっていた。 今、隠れて盗み聞きする悪い大人達はどう言うか分かっていたので、そちらは何も考えていない。 それを悪い大人3人は分かっていたから、優しさ半分、自分の興味半分、で盗み聞きという選択を選んだ。 「た、たぇ…られない。この俺が……ぐぉぉ」 葛城も悪いと分かっても、願望が上回り、一緒に居た…のだが。 こうなるとは思いもしていなかった。 小っ恥ずかしい。 嘘を纏わないありのままの気持ちは、心の容量を容易く超える威力がある。 情けなくも体育座りに近い格好で腰を下ろし、葛城は顔を埋めた。 言葉どおり、なんだか死にそうな気分だ。 「良かったと思いなさい。悠里先生は勿論ですが、真田くんと二階堂くんの言葉も、貴方の勇気になる」 くすくすと珍しく喉を鳴らして笑いながら、衣笠が葛城の頭を撫でた。 back |