You've got no heart.






 音の鳴らない、静かに流れていく秒針。
時を刻む音が無いのもなんだか物足りない。
あればあるで気になって仕方が無いのに、だ。
人は有っても無くても不満、矛盾を起こしてしまう、我が侭な発想の持ち主である。
 静かに、静かに、時は一定の早さで進んでいく。
 大半の職員が帰った静か過ぎる職員室――外は真っ暗で月が映えている。
 葛城はそんな夜空を窓越しに見ながら、ずっと黙っていた。
いつでもうるさい訳では無いし、黙っていることも普通に出来るのだが、ひとつ不愉快なことがあって大人しくしていられない。
 苛立ちのあまり、貧乏揺すりがしたくなるが、落ち着いて落ち着いて。
これ以上貧乏になったら、先生達への借金が返せない。
余談だが、衣笠辺りなら「関係ないと思いますけどね」とかあっさり切り捨てそうな思いだ。
 無視無視、無視むーし。
静かにしてたら鳳様とか太郎さんとか嗅ぎ付けてこないしー……なーんとなく自分から絡むのも癪に障るもんねー。
 心で言い聞かせて、葛城は我慢した。
自分だって大人ですから、とか思ったりもしてみる。
 が、ある出来事でブチンと切れた。

「だぁあああぁあああ!!冷血極悪非道眼鏡!!」

 お得意のエコーはかかっていないが、物音すら響くほど静かな空間のため、随分と叫び声が通る。
 周りの迷惑と言いたい所だが、現在職員室には葛城と二階堂しかいない。
珍しいこと極まりなかった。
 そう、葛城と二階堂しか、いないのだ。



「うるさい、黙れ」
 なんとなく検討していたのか、いきなりの声にも関わらず、二階堂は驚かなかった。
重たい溜息ひとつだけ、二階堂が葛城をうんざりそうに見る。
 実際、うざったいようだが、ちゃんと振り返っていた。
相手する気はあるらしい。
「オイ眼鏡!ひとりでコーヒー淹れやがって!!オレに対しているかいらないかくらい聞けよ!!!」
 がたん!と勢いよく椅子から立ちあがり、二階堂に向けて指を差した。
 いい大人が人に指を差すものじゃない。
それと言葉が餓鬼でしかないぞ。
 指摘する気も湧いてこない二階堂は、呆れた言葉を心で止め、更に目を細め、睨みつける。
お前は阿呆だな、という冷たさで。
「言ったら飲むと言うか?お前が?っは、ありえない文句を言うな」
 二階堂の手にあるのは、今さっき淹れたホットコーヒー。
 葛城がどう反応するか分かっていたので聞きもしなかった。
他の先生ならば、答えが分かっていたとしても聞いていたが、葛城の場合別だ。
不毛な会話をする気も起きない。
「実際いらねーけどな!!」
 本気でいらないようだが、癪に障ったから喚いた、ようだ。
葛城がフン!と拗ねている。
 なんだこいつは…と、二階堂は手に持っているコーヒーをそのまま葛城へかけてやろうかと一瞬思った。
目の前にいたら、手が勝手に動いていたかもしれない。
 二階堂、マジという表現がいつもは嘘でも葛城だけには事実になる。
「馬鹿か貴様は」
「馬鹿っつった方が馬鹿なんだよ」
 真田が居たら泣きそうな――「先輩が、先輩が、葛城さんに穢されるぅ」とか勘違い甚だしい発言をしながら悲しむだろう――子供の喧嘩である。
 しばし睨みあい、大人気ない視線。
 沈黙、沈黙、そして二階堂の溜息。
「………私に意味の無い絡みはやめろ」
 二階堂は面倒くさいを交えながら吐き捨てる。
それはそれは重たくて呆れたもの。
 事情は知らなくても、察していた。
嫌でも二階堂なりに葛城という性格を読み取っているつもりだ。
 こういう無意味に血管が切れそうな会話をすることはある。
だが、こうあえてふたりだと互いに話そうともしない、触れようともしない、何か特別なことが無い限り、視線にすらいれない。
 それなのに意味も無く、絡んでくる。
 空回りしすぎだ。
 今こそ、葛城が滑稽に見えた。
「南先生は語学準備室だ」
 ひとりでB6の補習テキストを作っている。
夕方に職員室から出て行く悠里とすれ違い、にさん会話をしたので、二階堂は知っていた。
「――っ!」
 あからさまに、葛城が息を飲む。
怯んだ、声を失った。
 何処まで落ちている。
いつもは負の面を見せやしない、自ら防壁を高く積み上げ、内面的なことに関しそつなくかわす男が。
 分からせないようにしている訳では無い。
器用に自分を知っていて、自分が自分で解決したいと考えているから。
 馬鹿だ、本当に馬鹿だ。
 考えに文句がある訳じゃない。
やり遂げるなら、やりこなせ。
それも出来無い男が、彼女を、振り回すな。
「噛み合わない歯車を私に見せられても滑稽でしかない」
 さっさと行け。
 行こうとしないなら、怒鳴って蹴飛ばしてやろう。
いつも以上に見ているだけで腹立たしい。
煮えくりわたる。
「二、階堂……」
 鋭く言いつけると、葛城がじっと二階堂を見た。
零れる言葉は途中で途切れる。
睨みつけていない、真っ直ぐだけれど、信じ難い、曖昧な視線。
 表情を歪ませ、ふたたび訪れる沈黙。
珍しく、視線が長くこと合った。
いつもは不快ですぐ逸らすのだが、今回ばかりはそうもいかない。
 二階堂は葛城の言葉、態度を待つ。
「………愚か、か」
 本人もどれだけ自分がぐだぐだなのか痛感したようだ。
いや、分かっていたけれど触れなかっただけ。
やっと向かい合って見る気になっただけのこと。
「そうだ。愚かだ、よく分かってるじゃないか」
「調子のんなよ、二階堂」
 貸し借り無し、という切捨て。
 その短い文句と一緒に、葛城は一瞬にして職員室を出ると、暗闇の廊下へ消えていった。


 いなくなったことにより、苛立ちは納まった。
 多分、対処は間違えていない。
そう思う。
だけれど、葛城に対し何か助言みたいなことを言った気分になってしまうことが、嫌だった。
「うざいこと極まりない……」
 本当に、滑稽だ。
 あんな男に振り向くなんて、みたいな馬鹿らしい発想は無い。
 選ぶのは悠里だから。
 そして選んだのが葛城ならば、二階堂はそれを見守る。
そうしたいと思ったから、どうしてそう思うかは考えないでおいた。
 葛城のためでは無く、悠里の笑顔が消えないために支えよう。
 偽りじゃない、本当に葛城なんてどうでも良かった。
 だから葛城は何で悩んでいたのか、踏みとどまっていたのか、聞く必要も無い。
どうでも良い。
葛城にそんな友情みたいなこと、する意味もない。
互いにそんなことだけは避けたかった。
 全くもって滑稽だ。
 葛城も、言葉をかけた自分も。
 もうすぐ見回りの九影と真田が帰ってくる。
それまでにこの言い難い気持ちを抑え隠そう。
 そして葛城と一緒に戻ってくる悠里に、いつもどおりの会話を投げかければ良い。
 いつもと変わりない情景になる。



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