clear sky






「………翼、」
 向こうから名を呼ばれるなんて思いもしていなかった。
喋れない訳でも自分が嫌われている訳でも無いと分かっているのに、思い込みというのは凄い。
 一瞬誰かと思うも、聞き慣れた声。
視線に入れる前から誰か検討はついていた。
少し、驚いただけ。
 確認もかねて、声がする方に目を向ける。
ぼんやりとした瑞希とその肩に乗るトゲー。
いつもと変わらない雰囲気、態度。
「瑞希、か……どうした?こんな時間に」
 分かっていた。
だけれど、声にしてみると信じられなくなってくる。
目を丸くし、数回瞬きをしてから、翼は意味も無く頷いてしまった。


 ほとんどの生徒が帰り、学園も静まり返る時間帯。
先生が見回り始める頃合いだ。
バカサイユに放課後残っていても、ほどよい時間にふらりと帰っていく瑞希が、遅くまでいるのは珍しい。
 翼はというと悠里との補習が終わって帰る所、すぐ傍にバイクがある。
「………図書館で、本探して…寝てた」
「トゲ〜」
 瑞希の言葉を肯定するように、瑞希の肩に乗ったトゲーが鳴いた。
 図書館で本を読んでいることは、よくあること。
人避けに本を持ち歩いていると一の通訳で、聞いたことがある。
「そう、か」
「ん」
 会話が成立している。
 少し前まで一がいなければさっぱりだったのに、瑞希から歩み寄り、単語を発するようになった。
ありえない奇跡だ。
いや、奇跡じゃない。
ちゃんと意味があって、理由があって、こうなった。
「みず――…」
 先に帰るね、と言わぬばかりに瑞希が校門の方へ足を向けたので、呼び止めようとする。
 一緒に帰ろうとかそういうこと、瑞希は一度も言わない。
言うとしたら翼の方から。
 でも、今回はそれを言うことが出来無い。
 瑞希は知っているのだろうか、興味が無いから気づいていないだろうか。
「……ん、」
 振り返る。
 しばらくの沈黙の後、翼から視線を外した。
「いや。なんでもない……」
 瑞希の洞察力は悟郎よりも凌駕する、そういうこと。
それだけのこと。
今更、掘り明かして聞く必要なんて…無い。
「又明日な。瑞希、トゲー」
「……明日」
「トゲー!」
 ふたりの返答は短く、すぐに空気と掻き消えていく。
 後姿を見送ってから、翼は重たくなった瞼を閉じた。
 瑞希の読んでいる本が英語に留まらないことを、翼は知っている、気づいている。
人避けも勿論あるだろうけれど、形だけでは無く、ちゃんと読んでいるってことも分かっていた。
だから今回も、膨大な書物のある図書館で読み漁っていたのだろう。
 隠している。
何かを。
 それが垣間見える瞬間がある。
 心では、何か、何をか、気づいている。
ただ、気づかないでいようと、しているだけ。
 事が違うことでも、隠すという行動が一緒だから、察してしまう。
同じなんだ、って初めから思っていた。
「瑞希も…俺が、察していることは気づいている」
 図書館の増設は翼の所から寄付金を出した。
翼は誰かのため、という思いがなければ動かないことも、瑞希は分かっている。
 あっさり気づかれてしまうもの。
 それでも良かった。
 B6みんな、沢山のことを隠している。
信じられないのではなく、自分で解決すべきことだと思っているから。
頼りたくないとかそういう事でも無い。
友達だからこそ、言えないこともある、脅えて隠したいと思ってしまう。
 いつもどおり、翼は瑞希に接する、それだけ。
 そう、それは変わらない。
そこが一番大事だ。
友達として、見過ごしているのではなく見守っているということ。
 だから、だから…B6として一緒にいられる仲になった。
 瑞希が嫌そうにしないだけ、良い。

「……はぁ」
 溜息をつくと、一瞬白く、ふわりと空気と混じってすぐ見えなくなる。
 寒くなってきた。
気温に便乗して、少し冷静に考えすぎた気がする。
こういうことはいつものように接し続ければ良い。
今更、考える必要が何処にある。
 否、どうしてそんな今になって考えてしまうのか、推測は容易い。
 自分が今、直面していること、将来の夢、手にしたい人。
 全て、悠里が来てからだ。
だから自分は変わった、瑞希も変わった、B6皆変わった。
 変わることに内心脅えていたのに、いつのまにか受け入れられる器になっていたのは、高校卒業するという意識からじゃない。
悠里と出逢ったから。
悠里の生徒になったから。
 変わることが出来た。
「It's foolish.」
 自分に呆れ、溜息をついてから空を見上げる。
薄暗いのに、透きとおっていると思えるのは錯覚だろう。
寒いから、冷静だから、静かだから。
 勘違いだろう、そう思うことにする。
 着ぶくれするから上着を拒む悠里が翼の前に現れるのは、もうすぐ。
 気持ちを切り替えよう。
今すぐ瑞希のことをはっきりさせる必要も無ければ、今後明白にさせなければならない事実でも無い。
 翼は手に持っていたヘルメットを掴み直した。
 そろそろバイクだと当たる風が冷たすぎて寒さの限界がくる。
バイクに乗らずして悠里と一緒に帰る方法を考えておかなければ。
 今度はなんて言い訳をしようか。
 今は、目の前のことを考えよう。

「あれ?翼君…?」
 ぼんやりと、相変わらず待っていたという発想に行き着かない悠里が声をかけてくるまで、もう少し。



back





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -