the bright morning sun






 全国的に聖帝学園高等部の卒業式が行われる日は遅い方だ。
 遅い分には悪く無いと思う。
やはり生徒と少しでも長く一緒にいたいと、強く思ってしまうから。

 その卒業式までのあと少しの期間――悠里は生徒に何が出来るか、色々考えてみた。
 教師が生徒に与えられるものなんて、沢山は無い。
それでも知恵を絞って考えた。
 堂々巡りの結果、答えは単純、いつもどおり、なのかな…と。
 楽しかったと思えるように、聖帝学園にいて良かったと思えるように。
気持ちよく卒業してもらおう。
 定番のことだけれど、それしか出来無い気がした。
教師ってこんなもんか、と小石を蹴り飛ばす気分にもなったが、生徒が幸せを掴むのだ。
私達はそれのお手伝いをすること、それで十分だと後になって分かった。


 そんなこんな、あっという間に、卒業式当日。
 目覚めの朝日が眩しくて、なんだか泣きたくなった。

 泣かない、と決めたのに、もう揺るぎかけている。






「ぅ〜…うまくいかなぃし」
 云々唸り、胸元で何か手を動かしている真田に、悠里は首を傾げた。
真正面から見ている訳では無いので、真田が何をしているのかよく分からないが、困っていることだけは察する。
「真田先生…?どうしたんですか??」
「あーなんで出来無いかな、俺…って、うわぁ?!南先生っ!」
 うがーっと叫んでから悠里に気づいたようで、真田は恥ずかしさもあり、心底驚いたし、居た堪れない気持ちにもなった。
 そんなに集中していたのか、と思いながら悠里は申し訳なく、苦笑してしまう。
 悠里が謝ると真田まで謝り、なんだか可笑しなちぐはぐで、少し沈黙、そして最後にはふたりして笑った。

「…あ、ネクタイ結ぶのに手こずってたんですね」
 しばらく笑ってから、ふと見た視線の先――何に必死だったのか、やっと悠里は気づき、無意識で真田のネクタイに手をかけた。
その動作に真田が一瞬身体をビクリと揺れるほど動揺したのに、悠里は察することが出来ず、我が道歩み、結んでいく。
「いつもしてないと、結びにくいですよね」
「あーうん、情けないことに上手く、そのー結べなくて、さ…南先生、ありがと」
「いいぇ。あ、動かないで下さい」
 人にするのは自分でするよりコツがいるので、悠里はそれに集中していた。
 されるがままの真田はというと…行き場を失った手がふるふると震えている。
顔は未だ真っ赤、むしろ耳まで染まっていた。
うわぁぁぁ、これって新婚さんみたいだ!なんて煩悩が駆け巡っている。
「今日は、真田先生。真っ黒いスーツなんですね。すごく、似合ってます…」
 流石話題にのぼるT6のひとり、それなりの服装がそれなり以上になるから凄い。
いつも見慣れている雰囲気と異なり、どきりとしたのは内緒だ。
 悠里は結び終え、軽く襟元を直してから手を離す。
「ぁあ、うん…有難う。これって一種の、気を引き締めるためのものだと思うんだ」
「……え?」
 どういうことですか、という雰囲気で悠里が顔を上げた。
ネクタイを結ぶことに一点集中だったのもあるけれど、今日真田が悠里と目を合わせた回数は少ない。
勿論数えている訳じゃないから、感覚で、に過ぎないが。
ケンカや周りで問題が起きていることもないし、これは悠里の内面からの影響だろう。
 真田なりにいつも悠里を見てきたから、一瞬のズレも気づけた。
 自分で切り出す勇気を持ち合わせていない。
だけれど、悠里のためにも、真田は努力で補った。
 彼女が、いつのも笑顔を見せてくれるように、助けてあげたいから。
「南先生こそ、今日は黒いスーツだね」
 卒業式と言う門出に合わせ、スーツを新調するという話は聞いていたが、いつもピンクや淡い色だったので、この色だとは思っていなかった。
ビシッと濃い色、お洒落な感じがして、似合っているとは思う。
やはり、予想外というのは拭えないが。
「就活っぽく見えませんか…?」
「そうかなぁ…?全然見えないよ。俺こそ普通に着たら就活だから」
 悠里の着ているスーツは形など王道だが、似合っているし、そんな雰囲気は全く無い。
それに真田が今着ているのは私服寄りのデザインスーツなので、就活な雰囲気を形で拭っているまでのこと。
全然違うし、大丈夫だと思うけどなーというのが真田の意見だ。
「この色を選んだ理由、俺と先生、一緒だと思う……」
 どうかな、と少し首を傾げて悠里の様子を窺った。
 毎年のことだけれど、卒業式は嬉しいし悲しくなる。
今年はなんたってあの手をやいたB6が卒業するのだ。
いつも以上に気を引き締めて見送らないと、感傷的で泣いてしまう。
 いや、去年も泣きましたけどね。
斑目辺りに見せたら鼻で笑われそうで悔しいから、男としての変な意地もありますが、ね!
「真田先生は、ずるい人です…どうして、そういう言葉を言うんですか」
 あ、怒らせたかな。
 真田は少し不安になったが、顔を上げた悠里を見て、違う感情を抱いた。
「……私はもう、泣きそうです」
 恥ずかしそうに笑っているけれど、寂しそうな、複雑の表情。
 ありきたりかもしれないが、あんなに手を煩わせたB6含めのClassX担任だ。
思いも一入、寂しさも倍以上。
 清春のイタズラにも泣かない人が、泣きそうと零す、一瞬の弱さ。
いつも無理をして頑張る人が、真田よりも本気で、今すぐにでも折れそうな悲しみ。
「……南、先生」
 何と言えば、少しでも勇気を掴んでもらえるだろう。
二階堂先輩なら気の利いたこと言えるんだろうなぁ…としみじみ真田は思う。
「先生のその、今日の服装…似合ってる、と思うよ」
 お返しみたいな言葉だけれど、気持ちは全く違う。
 それを気づいてもらうには、もっと言葉を足さなければならない。
「だからさ、そのっ…今は先生がしたいこと、思っていること、考えていることに対して頑張るべき…かな」
 悠里の強さや優しさは、やっぱり笑顔に繋がるから。
 外見はいつもと違うけど、気持ちは変わらないこと、いつもと変わらないと、普通言えない事を、教えてあげて欲しい。
信頼があるから信じられる。
悠里から、最後の、担任として、教えられること。
「先生のことだから、笑って見送りたいとか考えたでしょ?」
 何に対しても、ありきたりなことでも、ちゃんと考える人だから。
ありきたりでも、ちゃんと言葉にしよう。
真田が、悠里に出来ること、沢山は無いけれど。
 そんなこと言われると思っていなかったという表情で、悠里が目を丸くする。
 おかしいかな…と真田はつい苦笑してしまった。
「……終わったら、泣いても良いと思う」
 頑張らなくて良い――そんな言葉、悠里には投げかけられない。
彼女はそんなこと許さないから。
だから、終わったらと言う。
「――はい」
 はっきりと澄んだ返答。
 やっぱり強いな、と真田は思った。
 泣きそうだと言ったのに、その欠片も見せない笑みを零してくれる。
その強さ、揺るぎなさから視線を逸らせられない。

「南先生――……すごく綺麗だよ」

 感情まかせ、無意識で声に出してしまった。
 悠里の短い沈黙の後、ぽつりと零した「え?」の問いかけに、真田は我に返る。
「あ、う、うわぁああ……」
 再度赤面、今度は邪推なく恥ずかしさでいっぱいだ。
 今なんて言った?俺なんてイイマシタ?
うわああぁあ、鳳先生でも衣笠先生でも無いのに恥ずかしいこと言っちゃったっつーか俺っぽくないよね、やばいやばいやば(以下略)。
 駆け巡る動揺、動転。
「真田先生」
「ぅえ?ごめ――……南先生、?」
 名前を呼ばれ、ふと視線を合わせてみれば、悠里の頬が赤くなっている。
ただの伝染だろうか。
それとも――

「有難う御座います」

 悠里の嬉しそうな表情に、真田は問いただすことが出来なかった。



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