Now we're even.
ばきゃ! それはそれは…良い音が鳴った。 割った本人はそんなこと気づかないというよりどうでも良くて耳に届かず。 夕方から暗闇に落ちる頃合い、職員もちらほら帰り始め、広い職員室の割りに人は少なかった。 それもあって、甲高い音がよく響く。 しかもかなり露骨に負のオーラが出ているから尚更目についた。 「九影…せ、んせ?」 ガタガタと震えそうになる身体を必死に抑えつつ、真田が首を傾げ、問いかける。 その声にやっと問題を起こした九影が我に返った。 「は…ぁ?ん、ああ!?やっちまった!!」 手には割れたCDケース。 破片がぱらぱらと床に落ちていく。 何がですか、もうさっぱり分かりませんと真田はお手上げ。 傍観していた鳳と衣笠も訳が分からず、苦笑した。 元生徒の中で随分手間のかかったB6のひとり、七瀬 瞬は今もヴィスコンティというバンドで音楽活動をしている。 しかも学生の頃以上に人気が上がったようで、順調とお世辞なくして言えるようだ。 瞬も案外優しいく、出来次第新しいCDを九影に送っていた。 住所なんて調べるのも面倒だし個人情報なんとかで億劫だとかほざき、学校に届けてくることには困るが。 瞬曰く「生徒手帳に載ってるから」とかで九影の住所をメモらない。 今回もそれで、教頭が説教混じりに届けてはくれた。 文句を言いたいのはこっちも同じ、言っても変わらないから困っているのだが、この気持ちを何処に投げ飛ばせば良いのだろうか。 九影は自分でCDを買わないし、音楽が趣味などと言えるレベルもない。 だからヴィスコンティばかり増えていたのだが、最近は瞬以外の生徒も自主で作ったと言ってくれるようにもなった。 悪いことじゃない、嬉しいのだと思う。 それあって全部ちゃんと聴いていた。 大半が音楽ってわかんねーって気分にはなるけれど。 新作かー後で聞いてみるか、なんて思いながら人段落ついた夕方に封を開けた。 そこまでは良い。 次。 CDのタイトルが『The South Liliy』と来て「あいつやりやがった!」と思ったのがいけない。 もう一瞬の内に割った。 CDってなんですかと言わぬばかりにそれごと、割った。 九影、初めてCDごと割りました、嘘じゃありません。 「九影先生。どうしたんですか?」 ひょいと悠里が九影の後ろから覗くように見てきた。 彼女の手には参考書など数冊あり、準備室に篭っていたと検討が付く。 悠里は現在1年の担任を受け持っていて、補習生徒がいないのも寂しいですねなどと言っているくらい聖帝学園に慣れたようだ。 問題児ばかりを卒業させ、あそこを基準にしたらそうも思うだろう。 「お、おぉ。南か」 「あれ?割れちゃったんですか?」 「あー…不注意で割れちまってな」 へーっと悠里は零しているが、事情を知っている人は心の中で違うと突っ込んだ。 九影の言い方は第三者によるものみたいな表現だが、実際、自ら割っている。 しかも凄く不機嫌そうに。 無自覚、無意識とは言え、割ったのは事実である。 それをあからさまに隠す始末、しかも気づかない悠里もどうかと思う。 半分に割れるなんて不注意、そうありませんから。 「これ、瞬君の…」 「南。お前、これ見たか?」 「見たって?」 「タイトル」 九影が何を言いたいのか、悠里はやっと気づいたようで、少し恥ずかしそうに微笑んだ。 「はい。それに出来る前から知ってたんです、瞬君に言われてたから」 私に感謝を表現したいって。 嬉しくない筈が無い。 だけれど、少しばかりの苦笑と嬉しさが混じってしまうのも本当。 聞いたのと実物を見たのでは全然違った、かなり恥ずかしい。 悠里からすればそんな私情のタイトルで良いのかなぁと思ったりもする。 しかも単独ではなくメンバーでのCDなのに、だ。 聞いてみれば皆「全然オーケイ」と言い、日本語に対する説教で自ら流してしまった…職業病に侵されている。 「ふーん、そうか」 経緯を聞き、九影はやっぱりと心で確信する。 ぐちゃぐちゃにバラけた疑問が繋がり、解決していく。 九影の思案などやっぱりさっぱり気づかない悠里はというと、箒を取って零れた欠片をまとめ始めた。 「ぉ、わりぃ」 「良いですよ。私がやります」 動作に九影が不覚ながら出遅れ、途中から交代してもらう。 もらう、というより奪った、に近いが。 「南は…もう、聴いたのか?」 「いえ、まだ。私のところにも昨日届いたんですけど、聴く時間なくて」 悠里は何処まで瞬の意図に気づいているのだろうか。 あいつの言ってること鵜呑みして何も気づいてないんだろうな、と思いながら九影は相槌を打つ。 つーかあいつ、南には家に届けやがって。 ちゃっかり者というか、差別というか…九影は心で野次を飛ばした。 「九影先生。これどうします?」 大きめの欠片数枚(合わせればCDだった円盤になる)と、曲がった紙媒体を悠里が手にしている。 「買い直すから捨ててくれて良い」 自分で割ったなんて口が裂けても言えないから、瞬にもう一度送って欲しいなんて言えないし思ってもいない。 視線を逸らしつつ、無意識で後頭部を少しかきながら誤魔化した。 「そうですか?分かりま――」 「ぁ?んだ、こりゃぁ」 捨てようとしていた紙媒体の方に対し、何か気づき、ひょいと拾い上げる。 悠里の声を遮ってまでして止めたのだ、悠里は何かあるのかと不思議そうな表情を見せた。 紙媒体もといブックレットの裏表紙、黒い紙に対し、白いペンで綴ってある。 「マセたことしやがって…っは、生意気な」 悠里がいなければ舌打ちを絶対していた。 だけれどこの場で隠していたことを露わにするほど油断はしていない。 思えば届いた時点で、新品によくある封はされていなかった。 何か書かれていてもおかしくない。 喉を鳴らし、九影が笑った。 腹立たしいくもあれば、愉快だったりもして、何とも複雑だ。 「え?どうしたんですか??」 悠里が興味深々に覗こうとするので、九影は軽くブックレットを頭の方まで持ち上げ、見えないようにした。 鈍感さんだけれど負けず嫌いだし、頑固さんだから先に先手は打つべきだ。 「何でもねぇよ」 ブックレットには、百合の花と『先生に勇気を』と文字が手書きであった。 へたくそじゃないから腹立たしい。 気持ちを伝える前だってこと、手を出してないこと、あいつは何処まで気づいているのか。 素直に元教え子の気持ちを汲むべきなのだろうけれど、どうもこれは丸く治めるためのような気がしてならない。 どうせタイトル見て怒ったんだろ?っていうニヤけた面まで想像が付く。 あぁ、くそ。 私情で創るな。 お前がどれだけ南に感謝してるか、南自身それなりに分かっているから。 形にすんじゃねぇよ、本当。 そう思いながら、九影は何とも言えない感情が抑えられないことに、己もまだ未熟者だと思った。 back |