have a crush in school






「…………」
 いつもからは想像がつかないほど珍しく葛城は黙って、組んだ腕を机に乗せて背を丸め、瞬きを忘れた如く、見つめている。
強い視線も気づかずに、見つめられている悠里は自分の腕を枕にすやすやと眠っていた。
 そんなふたりを、近くの椅子や机の上に腰をかけて見守る鳳と衣笠。
 広い職員室にはたったの4人しかいなかった。
安眠する寝息だけ、後は静寂仕切っている。
 それあって職員室に隣接する廊下を歩く音や会話がよく響く。
誰が来るか、戸を開ける前に推測出来た。



「見回り終わりましたっ!」
「真田先生、戸はもう少し…」

 ガラッ!と真田の勢いある開けを隣にいた二階堂が苦情を漏らす。
大学の先輩後輩であるふたりの会話に横入りする方が脱線するので、九影は何も言わなかった。
ただ、待っていた衣笠に報告をしようとする。
 銀色の玉や馬の競争が大好きな葛城が投資しないよう、給料日だけでなく、見張らなければならなくなってどれくらいが経とう。
もはや考えるだけで頭痛がするので、誰も声に零そうとしない。
 今日も校舎の見回りと兼ねて九影は葛城を捜した。
真田と二階堂は教師の責務を中心に、衣笠と鳳の二手に分かれて、の作戦だ。
「キヌさん、葛城の野郎何処にも…」
 言葉が途切れる。
 衣笠と鳳が一緒に九影を一瞥し、視線を誘導させた。
それを見習ってみれば、問題児はそこにいて、目を丸くする。
「な……あぁ?」
「うぉ!」
 怪訝そうな九影、驚く真田、眉間にシワを寄せる二階堂。
誰もが良い表情では無い。
 それが分からなくないので、先に居たふたりが苦笑した。
「私達が見つけた時にはもう、こうでね…」
「やはり目を離せませんね。ふふっ」

「なーんだよ、静かにしろぉ。南先生が起きるだろうが」

 ずっと何を言われようと黙っていた葛城が「けっ」とワザとらしい拗ねを零した。
何を言われてもへこたれない強い精神の彼も言われっぱなしは好きじゃないようだ。
 文句を呟くも、捜され逃げる葛城が椅子に座ったまま動かない。
顔を上げることなく、ただ一点に集中している。
もう、離れられないかのように。
「うわぁ……先生、寝てる」
 真田だけがちょこちょこと動き、覗き見し、細く笑った。
 悠里が自分の机で眠っている。
生徒が授業中に隠すことなくあからさまに居眠りする格好で。
 葛城捜しと見回りのために職員室を出た時はいなかった。
いつのまにか悠里が戻ってうたた寝を始め、それを葛城は見つけて鑑賞会に入ったのだろう。
 で、次に来た衣笠と鳳はというと、悪趣味のように見つめている葛城を止めようとした。
けれども黙って静かにしていたのと、騒いだら悠里が起きると思って、傍観することにしてしまう。
ぶっちゃけて少しの間、この空気を潰したくなかった。
 すやすやと眠る悠里の姿は可愛らしくて、見ていたくなる。
学生の頃はもっと幼い表情でこうだったのかと思えてしまうほど。
 人の事を悪趣味と言っていられなくなる…と、鳳は一応ながら反省もした。

「可愛いですよね、悠里先生は」
 朗らかに笑っているが、ずばりと吐いたのは衣笠だけだ。
周りは「うわっ…」と心でそのぶっちゃけさに圧倒される。
 心では同じようにそう思っていた。
良くないとは分かっているのに、つい視線が向いてしまうし、離せなくなる。
丁度その通りの態度を取る葛城がいるから視覚で思わされるのあって、なんとか踏みとどまれていたのに。
 鳳は苦笑し、先ほど衣笠にも淹れたコーヒーを口に含む。
九影は流石キヌさんだ…と肩をすくめ、二階堂は眼鏡を軽く上げるだけで沈黙を貫いた。
ひとり真田だけが目をぱちぱちと開閉させ、感情を露わにする。
彼も驚いてはいたのだが、そういえばと珍しく誰よりも早い指摘をいれた。
「でも、そろそろ起こさないと……南先生怒りますよね」
 その通りだ。
 起きてみれば先輩の先生が囲んでいたら驚くし、起こしてください!と言うに違いない。
「あー……そう、だなぁ」
 渋った声、九影が面倒くさそうな態度を見せる。
軽く背伸びをして腕をぐるりと回しながら、名残惜しさ一杯、彼にしては露骨な表情を零した。
「ま、そうだね」
 腕時計で時間を確認し、鳳も頷く。
彼にしては珍しく机の上に腰をかけていたのだが、そこから降り立つ。
「まぁ、お手柔らかに」
 これほど言葉に合ったやんわりさは無い。
 ずっと黙りっぱなしの二階堂がすすっと九影から衣笠の方に移動した。
その途中、真田の首根っこを掴み、一応後輩思い忘れず巻き添えにされないよう拾い移動させる。
「え、ぁ?あぁ、そ…」
 後のことは気づくのが一番早かった真田も、悠里のぽやぽけさな余韻に一番浸り、周りを見損ねていた。
二階堂に引っ張られてやっと恒例のか、と気づく。
 会話総無視でずっと悠里を見ていた葛城が一番最後、いつにない鈍さでやっと顔を上げた。

「へ?ぁ、鳳様とこのか――」

 葛城の顔に影が落ちる。
ホールドアップも遅く、次の瞬間には悠里から距離を取られた。
「ぎ、やぁぁぁぁ!!!!」
 一瞬だけ大きかった悲鳴も、だんだん聞こえなくなる。
葛城を掻っ攫…閉じ込…この場から遠のかせた鳳と九影がいなくなるのだから当然の現象だ。
 真田はそれをご愁傷様と心で呟きつつ、鳳と九影だと一瞬だなぁとしみじみ思う。
それを仕切るのは衣笠なのだけれど。
「ぅ、ん…?」
 もそもそと、悠里は物音と悲鳴でやっと目覚めたようで、ぼんやり体制を起こす。
重たい瞼を開け、一番近くに居た真田と目を合わせる。
「さ、なだ先生?」
「ぁ、先生。起きた?」
「はぃ、起きてますよ……?」
 目覚めの開口一番が本気の寝惚けでくるとは。
真田は一瞬ばかしだが、怯んでしまった。
どくどくと心臓が活動して破裂しそうなくらい、破壊的な発言だった気がする。
「ぁれ?衣笠先生に、二階堂先生も…」
 ふふっと笑う衣笠と、少し離れた場所でいつも以上に何かを思案する二階堂を一瞥し、悠里は首を傾げた。
「……他に誰かいませんでしたか?」
「いぇ、他には誰も」
 二階堂のしらばっくれに、真田は心で「えぇ?!」と驚く。
なんとなく潔さは鳳と衣笠の特許な気がしていたからもあるが、よく考えてみれば二階堂らしい。
最近は見てなかったけど、二階堂先輩もこういう属性だよな〜と懐かしさに浸ってしまう。
「そうですか?なんか暖かい視線を…夢だった、のかな」
 ぽやぽやと悠里は零した。
 それを男3人は聞きながら、全員の視線なのか、一番近くでずっと見ていた葛城なのか、はっきりしないなと思う。
「すみません、寝てたみたいで」
「いぇ。気にすることはありませんよ。僕たちも帰ろうという頃合いでしたから」
「そうなら…良いんですけど」
 ぱちりと視界がクリアになったのか、悠里がいつもの表情で笑った。


 知らない、知らない。
先ほどまでのことなど。
 悠里には夢としか思われない、小さな時の想い。
迷い人は、幾人だろう。
自覚しているのは、どれだけだろうか。
 悠里は知らない、知らないまま。



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