lurid sky






 ぽたぽたと髪や服から落ちる水滴を見て、血でもこうなのかと想像してみる。
もう少しベタベタしているのか。
それともそう垂れないのか、同じなのか。
 意味の無い疑問を投げかけた。
 脱力感で身体が重たい。
腹立たしくて、苛立っているのに、何処か冷静だ。
 髪を豪快にかきあげる。
そして舌打ちを一度した。

 いつだってそうだ。
 いつだって自分は学べていない。
 いつだって反撃出来ずに終わっていた。

 珍しく憂鬱になる。
自分が情けない。
 分かってるのに、この晴れない気持ちはどうしてだろうか。
 あぁ、惨めだ。
悪戯が原因というより、元々自分が落ち込んでいた。
 後ろは見ないと決めた。
音楽で、ヴィスコンティで成功させる、と。
 何処かで靄が見える。
否、見えていない。
伏せていたい、まだ見たくない、閉じていたい。

本当の理由を…自分は、認めたくなかった。



「あれ?瞬君??」

 名前を呼ばれ、振り返ってみると悠里がいる。
重たい感覚を全て投げ捨てて苦し紛れに笑い、「あぁ」と意味のわからない返答をかけた。
「どうしたんだ、先生?」
「それはこっちの台詞です」
 少しムッとした表情は、教師で担任だと忘れさせられる幼さと可愛さがある。
「廊下に水が垂れ続いてるから追いかけてみれば、瞬君がいたの」
「…なっ?!」
 ぎゅっと瞬の手を掴むと、悠里はいつもより歩幅を広げて強引に歩かせた。
瞬は戸惑いを隠せなかったが、すぐに諦め、悠里に合わせる。
「理由…聞かないのか?」
「ずぶ濡れの原因なんて、ひとつしか思いつきません」
「確かに。間違えてないな…」
 悠里の言葉に、何故かおかしくなった。
感覚がずれているのは、多分勘違いでは無い。
 握られている手が熱くて、心地よかった。
心配してくれているんだと思うと、嬉しくて仕方が無い。
勘違いでも良い、錯覚でも良い、そう酔っていたかった。

 全身を水で濡れている理由は、不覚にも清春の悪戯を豪快にくらったからだ。
嫌な予感を敏感に察するようになったが、奴はもっと上手だったまでのこと。
 引っ掛かった次の瞬間、叫んで清春を捜してやろうかと思ったが、何故か気が引けた。
足が重たい、と始めに気づいたら、全てがだるくなる。
そうしたら、とりあえず保健室で拭くもの貰おう…になったのだ。
 消極的な思考は、全て稀にやってくる自分と向き合う重さからだと、自覚していた。


 保健室入ってみれば養護教諭はおらず、悠里は勝手にタオルを探した。
瞬を椅子に座らせ、タオルを渡す。
「はい、とりあえず身体拭いて」
「サンキュ…って待て!」
「え?」
 瞬の驚きに、悠里がきょとんとした声をあげた。
何がおかしいのか分からない雰囲気で、瞬は更に絶句する。
「……いやいや待て待て、おかしいだろ。アンタおかしいだろ」
 全て同じ言葉を2度言っているのは、動揺しているからだ。
瞬は情けないと思いつつ、悠里を必死に止めた。
「どうしたの?」
 悠里はというと、瞬の前に立ち、今にも髪を拭いてあげようとしている。
「効率が良いと思うの。瞬君、風邪を侮っちゃダメよ?」
 誰も侮るなんて言ってなければ、態度で見せてもいない。
瞬はやっと、どうして身体を拭けと部分指定したのか気づいた。
「だから、」
「聞く耳持ちません」
 抵抗の意味が分からない、という雰囲気で悠里は瞬のことをねじ伏せ、許可を得ずに髪を拭き始める。
そうなると、どうすることも出来無い。
瞬は項垂れて一度重たい溜息をついた。

「本当に長いね、瞬君の髪」

 いつも以上に近い声がくすぐったい。
日頃は見下ろしている視線も、今は見上げる形になっている。
「………そう、かも…な」
 直視出来無い。
 近すぎる。
 香水か、シャンプーか、何か分からない。
何かの香りが鼻をくすぐる。
 女なんて母親やライヴに来るファンなどでこんなもんだろうと思っていた。
それなのに、何故か心臓がバクバクする。
 どうにかして動揺を隠そうと思うも、歯切れ悪い返答しか出来無かった。
「瞬君の髪を見てるとね、」
「…ん?」
「学生の頃、学校の帰り道に見た景色を思い出すの」
 思い出しに、悠里は少し恥ずかしそうに笑った。
「瞬君、学校楽しい?」
「どうだろうな」
「もぅ」
私は楽しかったよ、だから覚えてる。
 膨れた面を一瞬ばかし見せたが、すぐに微笑んだ。
そしてぽつりと零す。
 瞬は拭くのを手伝って貰ってから初めて、悠里を視線を合わせた。
「どんな…景色だ?」
「え?あぁ、うん。燃えるような赤い空」
「…オレのは燃えるのか」
「うん?そうだな、恐いよりも綺麗で……立ち止まって見続けちゃったんだから」
 嬉しそうに笑って、悠里は最後に口説き文句のようなことを吐く。

「私、瞬君の髪。好きだよ」

「………」
 髪だけですか、みたいなことは聞かないし、思いもしていない。
 純粋に笑われると、何も考えずに発しているのだろうくらい検討はついた。
なんて恐ろしい思考なのだろう。
瞬は言葉を失った。
 どう反応すれば一番良いのか、思いつかない。
「それと瞬君。少し元気無いけど、何かあった?」
「……いや、何も無い」
 悠里の疑問に、感覚が戻ってくる。
踏み入られる気持ちが嫌なのではなく、気を遣った返答をした。
どうしてそう言ったのか、瞬はわからない。
でも、言えるようなことでもなかった。
心配をかけたく、ない。
「そう?なら良いけど」
 悠里は少し首を傾げたが、それ以上は問いたださなかった。
「あぁ。元気貰った」
 さきほどまで重たいと思っていた身体が、いつものような感覚に戻っている。
何でそうなったのか、気づけなかった。
 分かるのは、悠里と遭遇した後だということ。
 それ以上、考えることも無い。
何の必要があろう、それだけで十分だ。
「……ん?」
「何でも無い」
 聞こえていなかったのならそれで良い。
 瞬は細く笑い、その話しを流した。



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