He said "Good morning" with a smile






 聞いて初っ端、翼は妬いてくれているのだと思っていた。
一も同じく、先生らしさで可愛いーなぁと笑ったくらいだ。
が、そうで無いということに気づくまで時間はかからず…現実を突きつけられ、唖然とした。
「ふたりの価値観が心配です、不安なの。だから私に選ばせて。イヤなら助言だけでもさせて、ね?」
 本気と書いてマジと読むくらい目が真剣で、冗談なそぶりは何処にも無い。
あそこまで真面目だと、どちらも断れなかった。
 後々考えてみれば、どれだけダメなんだと思ったのだが。

 悠里にちゃんと聞いてみれば、高校時代から話を聞いて不安だったらしい。
「ふたりで映画みるってことは仲が良くて良いと思うけど…さ」
 あれは褒めてない、苦笑いだ。
 前から翼が観たいけどひとりじゃツマラナイと一を呼んで鑑賞会をしていた。
それを久々にしようと思い、翼が一を誘い、悠里に言ったら止められたまでのこと。
 一は悠里と居る翼が好きだったし、そっちが良ければということで3人一緒に観ることになった。
それもそれで楽しいかと、悠里の忠告は忘れることにし、翼も微笑んだものだ。



 その当日。
「うぉ、すげ…」
 テレビ画面の中では洋画ならではの派手な展開が繰り広げられている。
 翼の部屋、テレビ以外の明かりは薄暗い照明くらいで殆どついていない。
大きなソファに翼を真ん中に悠里と一が挟んで座っていた。
 映画のチョイスは悠里、レンタルショップで借りてきた!と意気込んで持って来たものだ。
受験頃の話題作で観損ねていたものなので、翼と一もタイトルは知っている。
悠里なりに考えてくれたのだろうと察したし、興味がある訳でも無いが、所詮男の子なのでアクションものは好きな方だ。
 『飽きずに観れそうだから観る』ぐらいな勢いでちゃんと観賞していたふたりなのだが、自信満々に持って来た悠里はというと。
「すー…すー……」
 映画の音声で掻き消されて寝息は聞こえないものの、寝ているとすぐ気づいた。
来て早々、テストの採点等で寝ていないことをぼやき聞いていたが。
「………ワケがわからん」
「お約束って奴だなー。一緒に観るとか意気込んで、即行寝るか?普通…いや、先生っぽいけど」
 あの気合は心配のあまりといった雰囲気だったはずだ。
なのに、悠里から折れたとは何事だろう。
 一は文句を垂れたが、口元は緩んでいる。
怒っているというより、呆れ可笑しい。
「ったく……」
 苦笑しながらも、翼は悠里の肩に手をかけ、自分の方に抱き寄せた。
悠里の頭が翼の胸元に、身体を預け支えられる。
 髪に頬を摺り寄せ、翼は少し笑った。
 その動作を一は一瞥し、顔が綻びる。
見せ付けられるのはウザイが、こういう幸せは見てて不快感が無い。
「んだよ、翼。愛おしいな〜なんて思ったろ」
「思ってナニが悪い」
「うわ〜そんなノロケいらねぇよ」
 一が何とも言えない複雑な表情で笑った。
少し身をのりだして悠里を見ると、翼が嫌そうな表情で追い払う。
「Don't see. 見て良いのはオレだけだ」
「はいはぃ」
 あからさまな独占欲は止めてくださいと言わぬばかりの適当なあしらいに、翼がムッとする。
一はそれを無視し、視線をテレビ画面に戻してソファに寝転がった。
広くて長かろうと長身の一が寝転べば3人でも狭くなる。
翼の身体に足が直撃した。
「っ!?」
「なぁーこの俳優、名前なんだっけ?」
「シラバッたれるつもりか!」
「‘たれて’どーする、‘くれる’んだよ。で、誰だっけ」
「……こいつは、」
 一度ばかし舌打ちし、文句を諦めた。
腹が立つので、翼は憂さ晴らしとして知っていることを隅々まで教えてやる。
誰が親友で誰と結婚し、どれが出世作で、最近はどうこうまで。
 学問は最近まで馬鹿として有名だった翼だが、こういう情報には長けていた。
悠里がミーハーな部分の影響もあるが、元々の一面で、だ。
 雑学は知っててなんぼ、知識はあるだけ得、である。
「なーこの人死にそうじゃね?」
「黙って観れんのか、まったく…悠里が起きるだろうが」
「そっちかよ」
 一がケラケラと笑いながら、足で翼に蹴りを入れる。
喧嘩に強い一だが、翼には遠慮して軽いものだけれど…蹴られた方はどうであれ釈然としない。
「足癖が悪いぞっ一!」
「何だよ、広いソファで寝転がって何が悪い」
「誰もそこに指示はしとらん!」
「指摘が妥当だろ、指示は監督がすんだよ!」
「What?会話になって無い!!」
「だーーっ!!俺の足を折ろうとすんな!俺の選手せんせーを潰すなー」
「宣誓じゃなくて生命だっ!」
 不毛な会話が続くし、全く噛み合っていない。
 映画から逸れてふたりでじゃれてるのやら、揉めてるのか分からない口論をしていると、流石の悠里も目覚める。
翼から少し離れ、軽く目元を擦った。
「ん、…ふたりとも何、して…るの?」
 ぽつぽつと、悠里は薄暗い世界に慣れようとするも、眠たいからかあまり変化が無い。
寝惚けた声の零れが続いた。
「悠里、」
 翼は一の足をべちりと一度叩いてから、すぐに悠里と向き直った。
御前などどうでも良い、と言わぬばかりの態度だが、一は気にしない。
「仲良し…ね、ふたりとも」
 くすくすと笑って、悠里は朗らかに笑った。
「寝惚けてんのか?先生」
「だろうな」
 寝転がったまま傍観していた一が、翼にぼやく。
間違ってはいない。
「う、ん?」
 悠里は唯一明るいテレビの画面を一度だけ見たが、眩しかったのかすぐに視線を戻した。
そして翼に向かって再度笑う。
「おはよう、翼君」
「………おはよう、悠里」
「あれ?違った…おやすみなさい、かな。うん、おやすみなさい…ぁ、一君もおやすみ」
「ん、先生おやすみ」
 言い切って、ぽてんと再度翼の胸に悠里は倒れこんだ。
それを支えてやり、翼は悠里を抱きしめる。
何かを確認するように、強く、離れないように。
 すぐに柔らかな寝息が聞こえて来た。
ちょうどテレビも静かなところだったので、一の耳にも届く。
 寝惚け逃げ、という表現で良いのだろうか。
「俺、先生の寝惚けたとこなんて見て良かったわけ?」
「Shit…良いワケあるか!」
「だろ〜なー……」
 薄暗いのにも関わらず、翼の背中から不満そうな雰囲気が漂っているのが見て取れた。
愛おしい子の可愛い姿なんて見せたくなかろう。
一でもそれは理解できる。
自分なら嫌だ。
「しかも、何故一にGood nightを言うんだ」
「そこもかよ」
 自分の存在を忘れなかったことに一は嬉しかったし、悠里らしくてほっとしたのだが、翼はそれどころではなかったらしい。
 おはよう、と寝起きだがその場にそぐわない言葉でも、翼はちゃんと交わした。
優しい暖かさで。
 そこしか悠里は知らないなんて、良いことだ。
 嫉妬深い男は情けない。
一はそれを翼に言わなかった。
そこまで言うと、今から外に追い出され兼ねない……翼ならやる、絶対にやる。
「あ、エンドロール」
「もうそんなか。観損ねたな」
「先生の寝惚けは見れたけどなー」
「Be quiet!」
 翼の罵声は昔と変わらない。
口調も、態度も、性格もさほどのズレは無かった。
それでも変わったなぁ…と、一は矛盾しているのを解っていながら思う。
 身体を支えられつつ安眠する悠里を見て、何が原因か分かると、笑わずにはいられない。
一は翼にバレぬよう、細く笑った。



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