get the morning sun






 娘を忘れてるんじゃないかと思えるほど、あっさりとした母が久々に家へやって来た。
抜き打ち確認で来たのかと思えばそうでもなく、逆に驚いてしまったのは言うまでも無い。
「別に?ただ、前の電話で男出来たんじゃないかな〜って思って」
 悠里は前回の電話が随分前なことにやっと気づいた。
女の子ってのはもっとマメに連絡するものなのよ?と苦情を出されたが、母もかけて来ない。
気まぐれな母に、のんびりな娘だ。
「………よく、分かったね」
 言ったこともなければ、そんなそぶりも無かったような。
流石母、あなどれなし母…という雰囲気で見ると、にやりと笑われる。
「アンタの料理はいつみてもおかしいしね」
どうせその人に作ってるんでしょ?可哀相だから伝授しにきたわ。誰に似たのかしらね〜。
 見抜かされている、それと暴言でしかないコメントにどう反応しようか。
母に隠し事なのど出来無いと、随分昔に悟ったから素直に話していた。
「愛ね、愛のなせるワザだわ……お母さん涙出そう」
 それどういう意味ですか。
しかもワザとらしく目元を手で拭う姿が嫌らしい。
でも、
「良かったわね」
 微笑みは母親の表情で、文句なんて言えなくなってしまった。





 職員室で衣笠に鳳の居場所を教えてもらった悠里は、急いでその場所に向かう。
 いつもと変わらない朝だ、もう少しでHR始る前の職員会議がある。
連絡事項など大まかな話し合いで、行事等がなければすぐに終わってしまうが、全職員参加だ。
 それまでに逢いたかった。
今日はちょっと違う試みがあるので、ふたりが良い。

「鳳先生…?」

 軽くドアをノックしてから、そろりと入った。
国語準備室、教材などが敷き詰められた小さな空間だ。
「ん?あぁ…悠里、おはよう」
 校内で名を呼ぶのは、ふたりきりの時だけだ。
今、ひとりなのか…と悠里は思いながら、恥ずかしくて少し視線を逸らす。
1年以上、先生と呼ばれていたのでくすぐったい。
「おはよう、ございます…」
 自分も名前で呼ぼうと思うも、声に出ない。
「どうした?」
 くすくすと笑う声が聞こえて来る。
 悠里の思考がバレているようで、可笑しい様子だ。
笑う姿はやはり伊達に貴公子と呼ばれているだけのことはある。
 鳳の後ろ、窓辺から差し込む朝日に合っていた。
悠里には逆光で少し眩しい。
「えっと、ですね」
「ん?」
 悠里がそろそろ近づくと、鳳は様子を窺うように顔を覗いてくる。
もういい年だからね、と言う割りに可愛い行動をする鳳が、悠里にはおかしかった。
 いつもより少しだけ近い顔に、少しどきりとする。
何のために朝から自分がやってきたのだ。
ただ、ちょっとした挑戦。
 気合をいれて、悠里は両手をぎゅっと握る。
「晃司さん、」
「なんだい?」
 上着を掴んで鳳の背を屈ませ、悠里は少し背伸びした。
そうしないと届かない距離がある。
 ちゅっと音をたてて、キスをした。
唇に、一度だけ。
恥ずかしくてすぐに離してしまったけれど。
「……!」
 鳳は目を丸くして、少し驚いた表情を見せた。
視線を合わせるのも恥ずかしいが、悠里は見ていて良かったと思う。
向こうが動揺する姿なんてそうない。
「おはよう、ございます…晃司さん」
「……二度目だ、おはよう。悠里」
 やはり年上の余裕か、鳳はとりあえず悠里の流れに付き合ってくれた。
悠里は嬉しくて笑みを零す。
そして、縋りついた。
「良かった」
「……“良かった?”」
 悠里の頭を撫でながら、抱きしめ返した鳳がオウム返しをする。
どうしてこういう行動を取ったのか、は予想出来なかったご様子だ。
「1週間の占いで、ラッキー項目が『おはようのキス』だったんです」
 きっかけはいつも買っている雑誌の最後に載っている占いだ。
その中に、一昨日まで居た母を彷彿させる内容が良い方向に書かれていて、なんとなく信じてしまっただけのこと。
母は好きだし、勝手にやってくることも嫌じゃない。
だだ、好きな人を見ても居ないのに母親として褒めてくれたあの感覚が嬉しかった。
 だから、せっかくだがらしてみようか、と思った。
占いは好きな方だが、良いことを掻い摘んで糧にするくらいなので、本当に気紛れである。

 よく考えてみれば、『おはようのキス』をどうやって遂行すれば良いか。
 お互い一人暮らしだが、一緒に住んだりはしていない。
鳳は居候の葛城を早く放り出したいようだが、悠里にすれば困ったり世話をやいているのが彼らしいと思っていた。
勿論本人にそれを言っていないが、それもあって同棲に拘っていない。
 と、いう訳で…悠里の中で安直に一番初めの「おはよう」をした時にすれば良い、となった。
結果として珍しい表情が見れて成功だと思い、嬉しいさで口が軽くなる。
「……何処に載ってる占いですか」
 聞いた方からしては、どんなのだと思えた。
普通、色とか場所とかそういうのが属す項目では無いだろうか。
「え?普通のファッション雑誌ですけど」
 自分の推測がおかしかったのか?と思えるほど、悠里はさらりと返す。
今度その雑誌を見せてもらおう…ということで、鳳はひと括りした。
 鳳の考えは普通に思うことだが、今は誰もそれを同感してくれる人はいない。
「貴方って人は……」
 少し身体を離し、悠里の顎に手を触れる。
顔を上げさせて、鳳は視線を合わせた。
「一度だけかな?」
 動揺してしまったこともあり、少し反撃してみる。
いい大人が何をしているんだか…と自覚はあるも、鳳は止められなかった。
「え?!あー……うぅ」
 そう言われると、悠里は恥ずかしくて全ての血が頭に駆け上がって行く様な気持ちになる。
 少し企んだ笑みに見惚れてしまう。
弱りそうだ、身体が熱い。

『良かったわね』

 ふと、何故かいきなり母が零した言葉を思い出す。
 あの意味をちゃんとは理解出来ていない。
多分、自分が母親になって子どもが成人して言うまで、明確な答えは分からないと思う。
あれは親でしか言えない雰囲気だ。
 その言葉を噛み締める。
「晃司さん」
 名を呼んで顔を近づけると、鳳も屈んでくれた。
 幸せだと思う。
瞼を閉じても眩しく感じる朝日が、優しく包んでくれる。
 啄ばむように何度も触れ、自然と深くなっていく。
「んっ」
 開いた隙間から舌が入り絡んでくる。
いつのまにか鳳に持っていかれていた、欲しているのは悠里だけじゃない。
 朦朧とする。
 鳳は「まぁ少しは長く生きているからね」と言っていたが、そういう問題なのだろうか。
どちらかというと沈みそうになる。
悠里も初めてとは言わない、それなりに男は居た。
だけれど棚に上げてしまいたいほど、不安になる、嫉妬してしまう。
「……っ、悠里?」
 どれだけ触れていたか、絡んでいたか、悠里には分からない。
離れた唇が少し寂しくて、表情に出てしまった。
「何を考えてた?」
言ってごらん。
 気がここにあらず、というのを察していたようだ。
悠里はそんなにバレ易いかなかなぁと自己嫌悪すらしたくなる。
もう少し大人の余裕ってものは出来無いのか、という面で。
 首を横に振り、悠里は気を改める。
「晃司さんが好きすぎて、ちょっと我侭になっただけです」
 朝だから、綺麗に口紅が付いてしまった気がする。
悠里は鳳の唇に手を触れ、親指で擦った。
「付いちゃいました」
 苦笑いを見せ、綺麗に取ろうと人差し指も使って拭う。
 これで良いかなと思えるほどまできて手を離そうとすると、その手首を掴まれた。
「……同じだ」
「え?」
「私も…そうだな、ちょっとでは無いけれどそう思うよ」
 手に付いた紅を舐め取る。
 悠里はその仕草に色気すら感じて、視線が外せなかった。
が、ハッと反射する朝日で気を戻し、手を抜き取ろうとする。
「わっ口紅なんて舐めるもんじゃ…!」
 かりっと人差し指を噛まれる。
強くなく、優しいものだったが、悠里は身じろいだ。
「晃司さんっ!」
 身体が熱くなるのを、必死に抑える。
簡単にスイッチが入りそうになる自分が情けないくらいだ。
 悠里が無意識で泣きそうな表情でいると、鳳は落ち着かせるように軽く瞼に唇を落とした。

「残念だ」

 腕時計で時間を見ながらそう零す。
 悠里の反応にか、タイムアップの時間にか、どちらにもなのか。
「あの…」
「おはよう、悠里」
 最後にもう一度、唇に。
『おはようのキス』を返されて、悠里は占いをむやみにするのは止めようと思う。
「……3度目です」
 そう、いうのが精一杯だ。
どきどきしすぎて、身体が持たない。



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