last day of the school








「……あれぇ?」

 バカサイユに入って来た人物を永田は黙って出迎えた。
若干トーンの低い疑った声に、目を細めかける。
軽蔑ではないが、呆れかけたのを抑えた。
「いない…翼君、またサボり??」
 永田の存在に気づいておらず、捜している人物のことしか考えていない様子だ。
待っていても時間が食うだけなので、永田から声をかける。
「翼様をお捜しですが、南先生」
 始めはきょろきょろと辺りを見渡してから悠里は気づき、ビクッと身体を揺らす。
いつのまに居たんですか?くらいな勢いだが、永田はずっと同じ場所に居た。
気づかなかったのは悠里で永田に否は無い。
「ななな永田さん…びっくりしたぁ」
 悠里は胸元に手を置いて、深呼吸をする。
何故そこまでするのか、むしろ無駄な行動な気がするも、永田は文句を言わず黙って待った。
「えっと、はい。翼君は?」
「いつものように教室に向かわれましたが」
 先ほど出て行ったばかりなので、入れ違いになったのだろう。
そのことも伝えると、悠里は項垂れた。
 その態度から見て、まだ永田の知らない『何か』があるようだ。
 永田がじっと悠里を見ると、彼女は気づいて苦笑する。
「バカサイユで補習しようって言ったんです」
 今はちょうど文化祭前だ。
 自主的に残って準備を始める生徒も増えてきたから、バカサイユで補習をしないかと提案した。
理由として補習と文化祭は異なり、互いの雰囲気をぶち壊したりしたくないから。
そしてそれを翼は承諾したこと。
だから悠里がバカサイユに来たことを伝えると、永田は首を縦に頷いた。
 永田は苛立ちながら戻ってくるであろう翼の姿に苦笑しかけるも、表情には出さないでおく。
「ここで待つべきだと思われますが」
「え?」
「入れ違いになります、高い確率で」
 悠里の方向音痴を踏まえた結果だ。
それに翼が待つ性格では無いので、短い時間で切り上げてくるだろう。
 永田には『悠里が待つべき』に自信があった。
「そう…ですか?じゃぁ、待ってます」
 悠里は理由が分からず首を傾げるも、それに従った。
永田が言うならそうします、くらいな解釈である。
「…!」
 何故かくすぐったい気持ちすら彷彿した。
沢山の話しをした訳でも無い。
こんなにも信頼されていることが…永田自身に動揺を起こす。
「えーっと…」
 悠里は何処で待とうか、きょろきょろと首を動かし、場所を選んでいる。
その姿を一瞥しながら、永田は悠里の表情に疲労が見えているので、聞いてみようか考えた。
入ってきて早々、気になったからだ。
 でも、そういう切り出しをしたことが無い、話したことが無い。
だから躊躇って、永田は言いそびれた。
 悠里はというとテーブルに補習の道具を置いて、「あ、」と短い声を上げる。

「永田さん」
「何でしょう」

 少し離れた距離で目が合う。
悠里の視線はきついと思わない。
でも、強い。
離しにくい、何を動揺しているのだろうか。
 永田は自分に嘲笑い、視線を落とす。
「翼君も後、半年で卒業します」
「えぇ」
「永田さんは、自分の…高校の卒業式、覚えてますか?」
 予想外の質問に、永田は顔を上げる。
悠里は嬉しそうに笑っていた。
柔らかい、あたたかい。
「いぇ、あまり覚えていませんね」
「私は大事な日だったので、覚えています」
「そうですか」
 それが何だと思うのに、続きを待っている。
 初めは翼以上に貶し、期待していなかった。
だけれど、今は感謝している。
「翼君がどうかは分かりません」
 卒業式を大事だと思うか、思わないか、だ。
これからどうなるか分からないという曖昧さもある。
「区切りは卒業式だと思うんです」
 翼には決められたレールがある。
それをどう考え、歩いていくかの線になるだろう。
「……そうでしょうね」
 永田はこんな穏やかにふたりで話すなど、初めてだとぼんやり思った。
自分にしては珍しい感覚だ。
話しを何も考えずに聞いている。

「だから永田さんも、翼君の高校最後の日まで…ちゃんと見届けて上げて下さい」

 笑った、いつもと変わらない優しさで。
 翼がそれに和らぎ、微笑むようになった。
それを横で見てきて今、気づく。
どれほどこの表情が、気持ちが、凄いものかを。
「勿論です」
「……良かった」
 『永田さんも』という言葉からして、何を恐れていたのだろう。
この会話や投げかけに何の意味があるのかすら、永田には分からない。
でも、悠里は安心した表情で肩を撫で下ろし、ソファに腰をかけた。
 そこで話は終わる。
永田も続けようと思わない。
疑問も聞かないでおいた。
 しばし沈黙、気まずいと思わなかったので、永田は言葉を発しない。
 数分、とまでいかないと思う。
たった少しの経過で、静かな空間に落ち着いた吐息が混じり始める。
永田はそれが耳に届き、ふとソファの方に目を向けた。
 悠里がうたた寝をしている。
一瞬だ、早過ぎて呆れた。
疲れているという域でなるものでは無かろう。
「………はぁ」
 ただ一度、重たい溜息をついた。
 永田は動かない。
悠里の頭が真横に落ち下がり、身体が崩れてソファに寝そべっても。
翼が戻ってくることだけ、待った。
 意味の分からない気の迷いを一瞬で打ち消す。
この靄を、永田は何か気づいていた。
可笑しくて、口元が緩んだ。



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