petal of the cherry blossom






 ぼんやりと桜並木を歩く。
 今日はいつもより少しだが早く帰れる嬉しさのあまり、歩く速度が緩やかだ。
しかも桜が満開ならば尚更である。
 沢山の植木も冬は寂しさを齎(もたら)すが、春は薄い赤に染まり、夏は蔽い茂って影をつくった。
季節を感じるこの並木道が真田は好きだ。
時間があればここを通って学校に行き、帰りたいと思う。
「か〜……」
 意味不明な感嘆を、見上げながら声に出す。
 新学期、新入生など色々あって慌ただしい季節だ。
卒業した生徒を見送って寂しい思いも、こうなるとすっかりそれどころではなくなる。
 二階堂に憧れて追いかけるように教師になった。
先輩と同じ学校なんて運が良いし、転任先の教員も良い人ばかりだ。
昨年から中等部上がりの南 悠里に恋をしてそわそわしっぱなし、気にかけていた斑目 瑞希もちゃんと卒業出来た。
足が地面から浮いているような、高揚感が続いている。
 人生は成功と失敗、山あり谷ありだと思っていたが、人の存在でこんなに感じなくなるものか。
真田はそんなことを最近思っていた。
 何か不幸がなければ良いけれど…と、少し臆病なことを考えていたりもする。

 風に揺れ、桜の花びらが舞う。
 聖帝学園に来てから毎年見てきた景色なのに、今年はやけに鮮やかに感じた。
勘違いだ、いつもと変わらない。
分かっているのに、そう思えてしまう理由を…真田は自分なりに理解しているつもりだ。
 恋ってこんなにも変えてしまうものなのか。
自分で自分に理由を問いかけてしまう。
 彼女も指を折る程度だけれど、それなりにいた。
初恋は今でも忘れられないし、甘酸っぱさが恥ずかしい。
 なのに、初めて失ってしまうことを恐れてたのは、年の所為じゃない。
「マジってつらいな…」
 腕を伸ばして手を差し出す。
掴めるなんて思いもしていないのに、綺麗なあまり取ってみたくなった。
「でも、最高だ」
 誰にでも笑うんじゃなくて、自分のために笑って欲しい。
自分のために泣いて欲しい、怒って欲しい。
全ての感情を独り占めにしたいと、願ってしまう。
 いけないと思う。
 想うのは勝手だけれど、自由を奪うのは別だ。
相手が良いと言うのならそれはそれだけれど、望んでいないのならば、してはいけない。
 いつのまに、こんなにも貪欲になったのだろう。
 自分の何かを超越した気がして、酔いしれそうだ。
変な高揚感すら沸いて、おかしくなっている。


「真田先生?」

「ぇ、あ……南先生?!」
 振り返ってみれば、風に靡く髪を少し押さえながら笑う悠里の姿がある。
悠里とその着ているスーツの色と桜が合っていて、視線が動かせず、見惚れてしまった。
 桜の花びらが悠里のために舞っているような感覚すらある。
「どうかしましたか?」
「へ?ぁ……は、はははは!」
 どれくらいぼんやりしていたのか、真田には分からない。
悠里が手を少し伸ばせば触れられるほど近くにいて、驚いた。
 いきなり黙れば、怪しいに決まっている。
 隠せない無駄な笑いで、真田は誤魔化した。
「それより南先生はどうしたの?」
「何がです?」
「いつもより帰るの早いなって」
 言っておきながら、心ではヤバイと思う。
今の発言はどう考えても、悠里を観察している感じを彷彿させた。
「それは真田先生も、だと思いますよ?」
 真田の焦りを裏切って、悠里は全く変わらぬ表情で首を傾げる。
「……そ、うですよね」
 気づきやしない、自分が見られていると全く予想もしていないご様子だ。
葛城の熱烈なコールすら、「先生らしいですね」と一刀両断するくらいだから、当たり前な気もしてきた。
何を期待してたのだろう…と真田は自分に呆れる。
「俺は…早く区切りついたんで」
「私も同じです」
「それに…」
「?」
「ここの桜並木、好きだから……ゆっくり見たいなーって」
 笑うかな、と様子を窺って見ると、悠里は穏やかに笑った。
 その姿に真田はどきりとする。
心臓に悪い素敵な笑みを持ってらっしゃる、という面で。

「私も好きです」

「え?」
「桜並木」
「……ぁ、はい」
 だから何に期待してんだっつーの!と自分の心に罵声を上げ、真田は気合を入れなおす。
そして、意味も無く手をぷらぷらと揺らした。
 傍(はた)から見れば可笑しい行動なので、悠里は口元に手を押さえて笑う。
「真田先生、どうしたんですか?」
「え?いや、ちょっと浮かれちゃったから」
「浮かれ…?」
 なんだろう、と悠里は首を傾げた。
 じっと真田を見つめて、様子で読み取ろうとしている。
頑張ってると思うと、可愛らしくて抱きしめたくなる。
だけれど、そんな衝動を強引に行動へ起こす力は無かった。
「あ、先生…ふふ」
「ぇ、何?」
 何かに気づいたのか、悠里が楽しそうに笑う。
真田はその姿に驚いて、目を丸くした。
「器用に…花びら、付いてますよ」
「マジで、」
 途中で声が途切れた。
 悠里が手を伸ばし、真田の耳元ら辺に触れて、花びらを取った。
髪の毛に付いていたのを取っただけなのに、耳を撫でられた気分になる。
「ぁ…その、」
「取れました」
 真田にひとひらの桜を見せ、微笑む。

「真田先生は、桜に好かれてるんですね」
花びらが付いてる人を見たの、初めてです。

 そんなこと、普通言うだろうか。
何か落とす秘訣でも知っているのだろうか。
否、悠里が持っているようには思えない。
何処までも鈍感で料理ベタで妄想する人が上手い人が、ここまで出来ているなんて無理がある。
 何を言えば良いのか、思いつかない。
 真田は嬉しいさが溢れて、ただ微笑むことしか出来なかった。



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