time for cherry blossom viewing






 飾り気の無い、目的を重要視したデザインのカレンダー上に、指でなぞる。
昨日、今日を通り過ぎ、来週まで動かす。
その間に何をしようか考えた。
日数を見ながらするのが一番イメージしやすい。
 今日は連休の初日だ。
なのに自分は家でのんびりしている。
理由は聖帝学園の高等部に上がって初っ端からClassXを持ち、ちゃんと1年担任をしただけで随分と祭られたからだ。
未だに部活顧問が活動の少ない消極的で身内な所にしか属していない。
 そろそろ部活という方向性も取り入れたいと思うも、校長が許可を出してくれなかった。
吹き溜まり、問題児を卒業してくれるだけで十分だと言われて腹立たしいが、余裕ある休暇は嬉しいので、うるさく講義はしなかった。
 ゆっくり出来るなんて贅沢過ぎだ。
しかも、大好きな人と一緒にいられるなんて幸せすぎる。
 嬉しさを噛み締めながら、思考を戻した。
腐っても教師、来週の計画を頭で起こし、チェックして、確認する。
B6ほどの重度は無いけれど、人数が多くて把握するので精一杯…という言い訳はしたくない。
悠里なりのプライドと努力だ。

『センセー、体調管理には気をつけなよー?』

 最近クラス内で、風邪が流行っている。
今年のインフルエンザが遅く到来したのもあり、その流れで春になっても続いていた。
 年上に対する言葉遣いでは無いが、それを気にして声をかけてくれたのだと思うと、嬉しくて仕方が無い。
「ふふへ」
 教師をしていて良かったと思い、不気味な笑みが零れた。
 カレンダーから視線を外すと、いきなり頭がぐらりと揺れる。
重い、動かない。
視界がぼやけている。
 立ちくらみの感覚だ、と悠里はすぐに気づいたが、身体は思考に追いつかない。
家具や壁か何かに捕まろうと手を伸ばすと、掴む前に引き寄せられる。
 背中がドンとぶつかった。
「悠里、」
「ぁ、瑞…」
 後ろから悠里を抱きとめる形で、瑞希が崩れた身体を支えている。
身長が随分とある瑞希と平均並しかない悠里なので、中にすっぽりおさまってしまう感覚が恥ずかしかった。
 悠里は名を呼ぼうとするも、声が続かない。
支えられっぱなしは嫌なので動きたいのだが、瑞希の表情を見て、身体が停止する。
笑っていない、ひんやりとした表情は怒っている証拠だ。
「ぇ、…っと?有難う、うん」
 瑞希と逢って数年で身についた感覚が警告している。
 先ほどまでケンカなどしていなかったし、揉める要素など何処にも無かった。
悠里は何がなんだかさっぱりだが、追及出来る雰囲気すら無い。
 怒らない人がキレるとタチが悪くて恐過ぎる…と、悠里の思い込みもある。
「悠里」
「は、はぃ」
 どちらが年上なのか分からないくらい低い姿勢で返事をすると、瑞希が重たいため息をついた。
 手を悠里の額につけ、今度は首筋に触れる。
そこにいくとは思いもせず、くすぐったくて一瞬肩を窄めた。
「んっ」
「…熱い」
「………へ?」
 予想外の言葉に、悠里は怠けた声を上げる。
今なんと言いましたか?と言わんばかりの表情で瑞希を見た。
「熱、ある」
「ぁ、あぁ。そっか、だから朦朧(もうろう)と…」
 その言葉で、悠里はやっと瑞希が何に怒っているのか気づく。
体調管理もあるが、自覚無く起きて動いていたことに呆れ困っているのだろう。
悠里の我武者羅さも、無鉄砲さも、気づかなかった己の不覚さにも含めて。
 反省の言葉で許してもらおうと悠里は思ったが、逆効果のようだ。
眉間にシワが寄った、瑞希が。
 悠里は心で悲鳴をあげる。
そんな怒るものですか?!と逆ギレしたくなる勢いだ。

「……今日、外に出るのダメ」

 ひょいと悠里の背中と膝に手をかけて抱き上げる。
乙女の憧れと称される姫様抱っこも悠里には最近、逃げられない厄介な運ばれ方と認識しかけていた。
勿論どきどきする、恥ずかしくなる。
だけれど、逃げたい時に限ってそうされると、身動きが取れないから困るのだ。
「ちょ、やっ!」
「や?」
 背を丸めるか、座るか、寝そべっている時でしか近づいて見れない顔に、悠里はどきりとした。
抱き上げられているのでいつもより近い。
「今日、お花見しようって言った…よね?」
「延期。桜は待ってくれるけど、悠里は持たない」
「や、ぁ…う、その……楽しみにしてたの」
 思い出の季節、花はやはり春だと思う。
だから毎年この時期を楽しみにしていた、そわそわしていた。
 悠里は幼い嫌がりに恥ずかしさを覚え、声をもごもごと濁す。
「開花から一日の最高気温を足して100度になる頃が満開。それが今日って予想で、そのとおりかもしれないけど、満開を見るのは来年でも良い」
「………うぅ」
 教師の春はとにかく忙しい。
入れ違いで来る先生や生徒、受け継ぎなど面倒ごとも多く、テスト期間でも無いのに慌ただしかった。
「今年が最後?」
「……うぅん。ずっと一緒に見たい」
「ずっと一緒。だから諦めて?今日は傍で看病するから」
大人しく安静にしてなさい。
 優しく言われたのに、何故か丸め込まれている気がしてならない。
しかも言葉の誘導もされたような。
 悠里は自分の方が年上で、いつもぼんやりしているのは瑞希の方なのに…と訳の分からない不満をぶつぶつ心で零した。
負け惜しみである。
「休み開けまで崩れたままにはしたくないでしょ?」
 トドメだ、悠里はそう言われると是しか言えなくなる。
卑怯だと思って瑞希を拗ね睨むと、彼は苦笑した。
 そして優しく唇を合わせる。
何度か啄ばまれ、最後に舌で舐められた。
「やっぱ熱い…」
「……そう?」
「うん」
 変わらないキスだと思ったけれど、瑞希には違うようだ。
悠里は分からない感覚だが、黙って従うことにする。
 桜の満開、花見は諦めよう。
大事な思い出で毎年見たいと思っていたけれど、来年もずっと先も約束してくれた。
「熱い?」
 諦め悪くワザと瑞希の首元に縋りつくと、彼は悠里の身体を自分の方に引き寄せ、抱き上げ直した。
「うん」
 身体全体の体温で確かめなおしているようだ。
 呟かれた返答に、悠里はなんだか眠たくなり、重たくなった瞼を閉じた。



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