constantly varying sky








 気づかないのは、無意識か、ありえないと思っているからか、何処かで焦っていたからか。
それを今の自分では、答えが出せなかった。
 初めての気持ちにどう対処すれば良いのだろう。
元々格好良い人に弱くて、男が良い女は目と煩悩の保養だと言い張るレベルと自覚していた。
だからこれが恋などと、この時はまだ思いもしていない。
 ただ戸惑い、教師としておかしい…と、自分を否定し続けた。
秋はしかも序の口で稀だったから、逃げ避けていた所為もある。

 後々になって思うに、もうこの頃には心奪われていた。





「………んっ」

 眩しい、という苦に意識が集中する。
ふよふよと浮いた空間からいきなり現実世界に引き戻されたような感覚だ。
 悠里は手で目元を隠しながら、名残惜しいが重たい身体を起こす。
「……ぁれ?」
 視界がぼんやりとしている。
バカサイユかな、と辺りを見渡しながら場所を確認した。
思考が一緒についていかず、ただ寝てしまった…くらいまでしか回収出来ていない。
 それでどうしてどうなれば、こうなるのか。
 悠里は鈍い思考をゆっくり稼働させる。
「……確か、翼君の補習を」
 文化祭が近づいてきた。
ClassXも、B6はともかく実行委員を中心に積極的な活動している。
もうすぐ学校全体で準備期間に入るから、雰囲気もがらっと変わるだろう。
 補習と文化祭は正反対の空気だから、教室でいつもどおり行うと、台無しにしてしまう気がする。
翼は集中しないだろうし、生徒も空気がガタがた落ちだ。
せっかく意味不明なバカサイユがあるのだから、悠里が場所の変更を要望した。
 その日、行ってみればB6は皆いなくて永田しかおらず、補習を受ける翼もいない。
広い校舎で入れ違いもあると思い待つことにした。
 そこから記憶が無い。
「寝ちゃった、ってことか」
 やってしまった…と、悠里の中でどっと後悔と疲労が出る。
後で翼に何と言われるかと思うと、更に不安だ。
「そういえば、翼君は…?」
 ソファの上でぺたりと座ったまま、悠里はふと人気を感じ、横に視線動かす。
やっと回転が良くなって気がするなぁ…としみじみ思いながら一瞥したのが悪かった。
「……っ、つつ、翼…君?!」
 びくりと身体が揺れる。
 腕を組んで座り寝る翼がいる。
しかも、悠里がぼつぼつ零した声すら気づかず安眠中だ。
「うわ〜…」
 どうしてこうなっているのか、悠里にはさっぱり分からない。
予想も付かない。
 とりあえず自分が寝ている間に翼がバカサイユに来たことは確かだ。
 小声で悲鳴を上げながら、悠里は動悸が治まるよう深呼吸をする。
大きく吸って、大きく吐く。
そしてひと置きし、目覚める。
 腕時計で確認、補習開始時刻から随分経っていた。
時間が無いので叩き起こして早速始めたいが、悠里自身寝ていたので後ろめたい。
「……ダメ、ダメ!」
 怯みそうになる心に教師魂で鞭を打つ。
 首を横に振って、気合を入れ直した。
「翼君…」
 肩に触れ、軽く揺すってみる。
その振動で翼の髪がぱさりと動く。
 閉じた瞼から見える睫毛の色素が薄くて、つい日本離れした場所に目がいった。
それに自分より睫毛が長いんじゃないかと、悠里は女として不安になる。
モデルをするくらいの顔と容姿なのだから当然なのかもしれないが、生まれてずっと女として生きてきたなりの小さなプライドがあった。
「おきて、翼君」
 起きてくれないもどかしさ、時間で、弱りそうだ。
 泣かないけれど泣きたい気分になる。
教師失格、補習を待つ間に寝てどうなろうか。
 しかも、翼が寝ていると気づいた瞬間、かなり動揺してしまった。
それを悠里なりに自覚しているつもりだ。
どういう経由でかは分からない、ただ怒るよりも嬉しかった。
傍で寝てくれることは、自分を嫌いだと思っていない…と、考えてしまったから。
 教師として、と言いきれるだろうか。
曖昧に濁したい気持ちが、何かの蟠(わだかま)りに繋がる。
これは何だろうか、悠里には分からない。
「つ、……?」
 チカチカと眩しくて、瞼を少し閉じた。
振り返って窓越しに外を見てみれば、陽が沈んでいる。
茜色よりも星空が見えそうな青黒い色が占めているので、もうすぐ日没だろう。
 うっすらと建物や木から縫って零す光の強さに、目を細める。
「……はぁ」
 刻々と変わっていく、冬の訪れを感じた。
空と同じように、自分も変わっている。

何を?
何が?


「ぇ、あ…あれ?!」
 ふと視線を落としてみれば素足でソファに座っていた。
しかも腰から足にかけて見慣れた制服の上着がかけられている。
自分でかけた記憶も、脱いだ記憶も無い。
「??」
 確かちゃんと腰をかけていたはずが、寝そべって、起き上がっている。
床を見ればヒールが揃えて置いてあった。
誰かが揃えてくれたような整え方、悠里が脱いだならここまでなっていないと思う。
 当てはまる人物などひとりしかおらず、そっと翼を一瞥した。
やっと悠里は、翼が上着を着ていないことに気づく。
「有難う、翼君…」
 上着を上からかけてあげようと、悠里は少し身を乗り出した。
腕を伸ばした瞬間、腕をガシリと掴まれる。
「!」
 驚いて目を見開いてしまった。
その動作で、手にしていた上着が翼の身体の上に落ちる。
 ぼやけながら翼が起きている、気づかないほど動揺していた悠里は自分の失態に悔やんだ。
「つつつ翼君、おはよう!」
「Good morning…じゃないだろ、担任」
 教え子に指摘され、悠里は空笑いで誤魔化す。
「えぇっと、とりあえず!その、手…離して?」
 腕を外そうと試みるも、予想以上に強く握られて解けない。
寝惚けた強さがこれで良いものかと逆ギレしたくなった。
「解いたら逃げるだろうが」
「逃げません!」
 言い切ってみせたが、ぶっちゃけ心は逃げたい一心だ。
 いつもと違う何かに、悠里は焦っている。
違う一面を垣間見えるのは嬉しいのに、何故か今は駄目だと心が忠告していた。
「担任」
 逃げるな、と圧されてる気がする。
 悠里は目を合わせないようにしながら、言葉を探した。
沈黙は駄目だ、絶対いけない。
「その、!えーっと、上着有難う。それに靴もっ…脱がしてくれて、感謝の気持ちでいっぱいです」
「カンシャは顔を見て言うんだな」
「目を見て、でしょう?」
 いつものように指摘をし、言葉通りの態度を見せてしまった。
「eye contactか」
 教師魂が憎い。
悠里は自分から翼と目を合わせてしまったことに後悔した。
「………手、離して」
「イヤだと言ったら?」
 嘘をつく表情には見えない。
疑いたくて信じない訳なのでは無く、ただ自分の問題だ。
 何かに流されそうになる。
無意識で作り上げた壁を自分からあっさり壊しそうになった。
 教師として、負けちゃいけない。
 それだけは分かった。
何の抵抗かまでか曖昧だけれど、それだけは明確だ。
 ひと深呼吸、そして強く吸って。

「大人をからかうんじゃありません」

 べちりと掌で翼の額を叩いた。
 予想外だったようで、彼は目を丸くする。
気の緩んだ瞬間に悠里は腕を解いた。
 そしてするりと距離を取ろうとソファから立ち上がり、ヒールを履き直す。
「さ、少しでも補習しましょう!」
「……やるのか」
 あからさまな逃げを、翼は追及することなく、重たいため息を付くだけでソファに項垂れた。
面倒くささと、貴様が寝て出来なかったのだろうという態度だ。
「やるよ、翼君!!」
 悠里はそれを見なかったことにし、両手で叩いて合図する。
 もやもやした気持ちは閉っておこう。
今、開かれるべきでは無い。
 笑って、悠里は自分の中で靄を抑えた。



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