I'm going to take a catnap.
少し苛立っていた。 よく舌打ちせずバカサイユまで来れた、と自分を褒めてしまおうか。 誰かと喧嘩や揉めた訳でも無い。 ただ、いつも補習のために教室で自分を待つ悠里がいなかった。 始めは遅れているだけだと思っていたが、来る気配が全く無い。 補習を受けるようになったのに、一瞬で冷めた気がする。 心にぽっかり穴が開いた気がして、それを認めたくなかった。 いなかったことも、自分の思考も、腹が立って踵を返したまでのこと。 バカサイユに永田を置いてきたので、拾って帰ろう。 そう思って、中に入った。 「永田っ!今日は…」 もう帰るぞ、と声に出そうとするも…言葉を失った。 B6のメンバーは誰ひとりいない。 一は帰ると聞いていたし、瞬と瑞希はバイトへ、悟郎は路上に、清春は最後の授業が衣笠だからと逃げたのか自主早退している。 だからそれに違和感は無い。 ただ、大きなソファで悠里が寝そべっている。 しかもすやすやと気持ち良さそうに安眠中だ。 「翼様」 永田に気をかける理由など無いのに、小声で呼んだ気がした。 安眠の悠里に、など翼からしてみれば永田にありえない。 間違えだと思いたいが、どうもこれは…自分と同じように、永田にも変化がある。 「……Shit.」 苦情も舌打ちも遠慮しているのか小さくなる。 永田に説明するよう視線を向けると、彼は理解しているようで何かを問いたださない。 「本日はバカサイユで補習をすると言っておられました。翼様がいらっしゃるまで待っていたのですが、途中で寝てしまわれたようです」 「What?」 そんな約束いつしたか、と翼は首を傾げそうになった。 こういう時に限ってあっさりと思い出してしまうので、しらばっくれられない。 文化祭が近づき自主残りで準備を始める生徒も増えてきたから、バカサイユで補習をしようと悠里が言った。 補習は中断出来無いし、雰囲気が違ってぶち壊したりしたくないでしょう?と、翼の勉強より周りの生徒を気にしたそぶりにも腹が立ったような。 それを翼は許可した。 だから、悠里がバカサイユで待っていたことは悪く無い。 翼は眉間にシワを寄せて後悔する。 腹立たしい気持ちは全て、忘れていたことによる無駄な感情だったということに。 「翼様?」 「……わかった」 永田から逃れるように、翼は言い切って視線を逸らした。 そのまま悠里の前まで歩き、立ち見下ろす。 彼女は、頭から足まで靴を履いたまま寝そべっている。 どうでこうなったか聞いていないが、悠里は普通に座って待つも、うたた寝で頭が落ちて寝転がった。 腰から下がL字で曲がって足が床につく体勢は結構苦痛だ。 それにより無意識で足を伸ばして今の格好に至った…とくらい、翼でも容易に想像出来た。 そうでもなければ悠里の性格的に、靴を履いたまま寝たりしない。 机の上には参考書と筆記用具、白紙が数枚ある。 いつも持ってくる道具だ。 随分広い敷地を持つ学校で、自覚有る方向音痴だから入れ違いになると、待っていた。 で、この結果だ。 そう思うと、翼はくすぐったい気持ちになる。 餓鬼みたいに喜んでいる自分がなんとも情けない。 「……いや、担任がガキだな」 細く笑う。 柔らかく寝る表情を見ていると、年上なのに幼く見える。 ハキハキとした姿も知っているから尚更愉快だった。 翼は悠里の足元に手をやり、靴を脱がせてやる。 どちらも取って床に揃えた。 「……んっ」 もぞもぞと身体が揺れるも、少し縮こまって又すやすやと眠りだす。 起きる気配がさっぱり見えない悠里に、翼は心で補習はどうするのかと問いかけた。 本当は叩き起こせば良いのだと思う。 いつもの口調で、自分が場所を間違えたことを棚に上げて苦情を吐いてしまえば良いのに。 躊躇った、勿体無い気がして。 意味のわからない葛藤に。翼は呆れながら制服の上着を脱いだ。 スカートなのに随分と余裕を見せてくれる。 自分と永田しかいないが、無意識でも足を見せるべきではない。 餓鬼だからか、男だからか、つい足に目が言ってしまうのは情けないが事実である。 「………Shit!」 今度は自分に対して、舌打ちをした。 脱いだ上着を腰から足にかけ、「冷やさないように」と「見えないように」を合わせてみる。 女の子は冷やしちゃダメという意味の分からない忠告を、翼が何故か覚えていたから使ったまでのこと。 悠里が邪念を察しないようにするなら無難な線だ。 「ふぁあ…」 小さな欠伸をひとつ、翼は口元に手をやる。 寝顔を見ていたら眠くなってくる、伝染してしまった。 「……しょうがないな」 自分を言い聞かせるように、翼はそうこぼした。 悠里ひとり寝そべっても、ソファに十分のスペースがある。 翼は彼女の頭部先に腰をかけ、背をもたれた。 悠里を一瞥し、意味無く天井を見上げ、そして永田を見る。 永田は何も言うことなく、隠れるように何処かへいなくなってしまった。 呼べばすぐにやってくるので、一体何処にいつもいるのだろう。 忍者じゃないと悠里に言われたが、似たようなものだと思わざるをえない。 ふと、どうなっているんだかと思ったが、永田なら何でも有りかと投げやりになった。 翼にはどうでも良いことだ。 理由など大事でも無ければ、考える意味も無い。 居るか、いないか、だ。 「バカ担任」 手を伸ばし、悠里の長い髪を少し掬った。 さらりと指から抜けていく。 砂のように零れ落ちていく。 すぐ近くにいることが、嬉しかった。 もう一度欠伸をし、翼は手を離し戻して瞼を閉じる。 彼女が起きるまで一緒に仮眠でもしようか。 起こすのも癪だったから、寝てしまったとか言ってしらばっくれてしまおう。 翼は無意識で腕を組み、うとうとと悠里の傍で眠った。 ※『constantly varying sky』に続きあり back |