Every rose has its thorn.






 生徒から回収したプリントを見ながら、悠里は職員室に入った。
身体にじわじわとした重たい空気がぶつかる。
 何だろうと思って顔を上げると、視線に入った現状に驚き、びくりと身体が揺れた。
一歩後ろに下がり、空けた手で目を擦る。
そしてもう一度見直したが、目の錯覚ではなさそうだ。
 出来ることならば壁に張り付きたいほど、驚いた。
心臓に悪い。

「ぇ、えっと…?」
 手が付けられないというのはこういうことか…と、悠里はしみじみ感じた。
見たからには放っておくわけにも行かず、すすっと近寄る。
 他の先生達は見なかったことにして放置していたのは言うまでも無い。
「さ、さ…ささ……えーっと、真田先生?」
 噛んだのではなく、吃(ども)っただけだ。
気合を入れて声をかける。
「……南、先生」
 壁の隅で茸を生やすが如く、しゃがんでいじけた外国語教師一人。
 いつもの優しい笑みも今は涙目で、何があったのだろうと悠里は首を傾げる。
「どう…したんですか?」
「別にって言えたら良いんだけど…」
「見えないですね」
「ごめんね、南先生」
 こういういじけ方は葛城の特許だと思っていたなどと、声に出す勇気も無い。
悠里は真田の横でしゃがんで、細く笑った。
「コーヒー淹れますから、飲んで下さい」
真田先生は自分の席に座って待ってて下さい。
 意気込んだ悠里に、真田は一瞬何か聞き逃す…というより、聞き流したい衝動に駆られた。
凄い発言をされた気がする。
現実逃避をしたら後々苦しい思いをするので、実行には移さない。
「ぇっと、今のは…どうい、う?」
「気を取り直しましょう!ってことです」
「それは!…えっと、嬉しいんですけど。今、コーヒーって言ったよね?ですよ、ね?」
 つい丁寧に言い直してしまった理由は無い。
無意識で、悠里を敬いかけている。
「はい」
「いや!俺が、淹れる!淹れます!」
 文化祭で、あの清春が瞬に助けを求めたという一部始終を聞いた時、驚きと脱力でいっぱいだった。
話した衣笠側は「見てみたかったですね〜」としか言わなかったが、それどころじゃない。
色々おかしいと思う。
そうなると、ほとんど出来たコーヒーですら、彼女には魔法のように変えるだろう。
 全力でお断りをいれる。
愛でカバーもありだけれど、まだ真田にその勇気は無い。
 シャキリと真田が立ち上がると、悠里は目を見開いた。
「真田先生?」
「元気になった。南先生っありがとう、うん。うん…」
 最後の方は、自分への確認である。
そうならざる終えない窮地ってあるものか…と、真田は学んだ。
「あの、」
 何か言いたそうにした視線に、真田は強引ながら悠里の身体を反転させ、背中を押した。
「ぇ、え?真田先生??」
「俺がお礼に淹れるって」
「でもっ」
「本当、元気でた」
 後ろから悠里の長い髪に埋もれた耳元へ唇を近づけて、真田はもう一度感謝の気持ちを言葉にする。

「有難う、南先生」

 ちょっとした失敗だ。
 昔からずっと憧れの先輩である二階堂に、いつも以上怒られただけのこと。
だけ、というのもおかしいが、そのひとつだけだ。
 随分しょんぼりした。
反省すべきこともだし、二階堂という人が苦しかった。
成長した姿を見せたいのに、どうも上手く行かない。
「せっ…先生?!」
 耳元を押さえて、悠里が振り向いた。
 少し顔を赤らめた姿に可愛いなぁとしみじみ真田は思う。
「南先生が来てから良いことばっかだと思ってたけど…忘れてただけだね」
「……何が、ですか?」
「良いことも悪いことも半分半分ってこと」
 悠里を宛がわれた机の椅子に座らせ、真田は苦笑した。
 どちらに偏っていることは無い。
もっと気を引き締めなきゃ二階堂先輩にため息ばかり付かせちゃうし、と意気込む。
「……そうですね」
 よくわからないけれど、その言葉には納得したのか、悠里は微笑んだ。
それに真田もつられて笑った。




「悠里先生は優しいですね…ふふっ」
「そうですね」
 衣笠の微笑みに、隣にいる鳳は苦笑する。
 あのいじけた態度をどうしようかとは思っていた。
葛城なら手段などすぐに決まるのだが、可愛い後輩となると又別である。
「……ふぅ」
 更に衣笠の逆隣にいる二階堂が、悠里と真田の一部始終にため息をついた。
「反省してますし、二階堂君もほどほどにしてあげて下さいね」
収拾付きませんから。
 本音の言葉を最後に呟かれたが、聞いたふたりは目を瞑った。
「えぇ、分かっています」
「それは結構。真田先生は茸を生やしかねない」
「鳳君も面白いこと言いますね。ふふっ」
 何故3人して隠れ見る状態になっているかというと、言い過ぎたて反省し躊躇っていた二階堂の背後に、衣笠と鳳が声をかけたからだ。
 背後を取られたのは気を散漫にしていたからだ…と、二階堂が自分に反省したのは言うまでも無い。



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