dark red sky






あれ?

ふと、気がついてみれば辺り一面、足元が真っ赤だ。
こんな所にずっと居たっけ?と疑問が湧いてくる。
夢かな、あぁ夢なのかも。

ぼんやりとそんなことを思いながら、きょろきょろと見渡す。
誰もいない。
遠くまで真っ白、その所為あって赤が目立つ。

しゃがんで、真っ赤の根源を拾い上げてみる。
花びらだ、千切られた数え切れないほどの花びら。
匂いもあまく、何処かで嗅いだことがある強さだ。
薔薇っぽいな。
物と匂いと雰囲気で、卒業式に翼が仕出かしたことを思い出した。
あぁ、だから何処かという感覚があるのか。

悠里は苦笑した。
白馬の王子並に童話みたいな乙女発想を彼は仕出かしてくれる。
一生の出逢いで、彼しかそんなことしないと言い切れた。
余裕と豊かさもあるので限られた人数しか出来無いし、あそこまでしようと思う人がまずいなかろう。

拾い上げた花びらにキスをする。
もう夢に出てこないでね、と約束するように。






「……り、…ゆ………」
 遠くで声が聞こえる。
少ししか耳に届かなくて、逆にもどかしい。
もう少し大きな声で、お願い、聞こえないよ。

「悠里!!」

「?!」
 ばちり、と風船が割れたような強い音を感じた。
今度は聞こえすぎたあまり、驚いて目を覚ます。
 いきなり差し込む照明の明かりに、怯みそうになる。
悠里は無意識で目を擦ると、その手を捕まれた。
「擦るな」
目に悪いと聞いたゾ?
 優しい声だ。
ずっと聞いていたいと思う、幸せだと思う。
 悠里はゆったりとした雰囲気にのまれていた。
「……翼、君?」
「ナンだ、まだ寝惚けているのか?」
 昔は嫌味で突き放す口調も、今はやけにあまい。
鋭い指摘はあるけれど、空気が変わったと思う。
 悠里はそんなことをぼんやり思っていると、額にキスを落とされる。
「お早う、姫。目覚めはどうだ?」
 ここでそう呼ばれるのはワザとだと知っているので、悠里はついムッと睨んでしまった。
からかわれている気分はいつまでも嬉しくない。
 きょろきょろと見渡すと、自室では無く、翼の部屋のようだ。
しかも翼のベットで寝ていたようで、いつのまにと思う。
経由がさっぱり分からない。
「なんで、翼くんのベットで…私、寝てるの?」
 ふわりと髪を掬い、手でくるくると玩びながら、翼は笑った。
ベットに腰をかけて、悠里がぼんやりとしている姿が楽しいようだ。
「ハッ。車に乗った後、うたた寝したんだろうが」
「……あれぇ?本当に??」
「ウソをついてどうする。疲れていたんだろうな」
 頭を撫でられる。
どっちが年上なんだかと悠里は反省してしまった。
 聖帝学園の高等部に、翼が車で迎えに来てくれたのまでは覚えている。
自分で行けると悠里は言ったのに、翼に必ず行くとねじ伏せられたからだ。
 で、永田とも挨拶しつつ車に乗って………そこから覚えていない。
 最近、テストや補修など色々重なっていたのもあって、睡眠不足なのは自覚していた。
春までは毎日逢っていたけれど、今は翼も学校があったりして、今回は毎日から比べると久々に逢える日。
「翼君を見て…気が緩んだのかも」
「やけに素直だな」
「着いた時、起こしてくれても良かったんだよ?」
「寝顔も可愛かったし、どちらかというと得をしたな」
「………」
 タチが悪い、良い趣味じゃない。
悠里は呆れながら、抱き上げて家まで上がり、寝かせてくれた翼を想像した。
そう思うと何も言えなくなる。
嬉しくて、つい綻んでしまう。
「表情をコロコロと返るな、ブキミ過ぎる」
 べちりと顔を軽く叩かれた。
痛みはそう無いが、されたこと自体に腹が立つ。
 反抗しようと、悠里は翼の掌を叩き返した。
「ハッ、ジカクはあるようだな」
「もぅ!!」

 周りから見たらじゃれているようなものだが、悠里はそう思っていない。
身体を起き上げて反抗し、翼はけらけらと笑っていた。
 しばしの後、翼が面白かったと満足した笑みを見せ、悠里の頬に再度触れる。
「あー愉快だ。それはそうと、悠里。うなされていたぞ?」
 唸るので心配して起こしてしまった、と言われて悠里はぼんやり思い出す。
夢は目覚めの時に忘れていることが大半だけれど、今回のはそれなりにわかった。
「魘(うな)されてる自覚はなかったけど……誰もいない空間に一面薔薇の花びらだったの」
 ただそれだけなんだけど…?と夢に対して悠里は首を傾げると、翼は目を丸くする。
その情景を浮かばせたのだろう。
何処が魘される条件なのかと思っているようだ。
「I's so beautiful!良い夢じゃないか」
「……現実に一度で十分だよ」
 卒業式の一件で一般庶民には夢に出てこなくて結構と返すと、翼は嫌味含んだのに気づいたのか、不満そうな表情を見せた。
「ナンだ。卒業式の、嫌だったのか?」
「うぅん、嬉しかったよ。その分、驚いたし、翼君にしか出来無いなーとも思ったけど」
「……それはどうカイシャクすれば良い?」
 言っておきながら悠里はおかしくて、声に上げて笑う。
 そしてふと、どうして一度だけで良いのだろうと思った。
翼と一緒になって随分感覚が麻痺してきた気もするし、腐れた思考があることも自覚しているので、珍しい。
自分なら呆れながら「あーはいはぃ」と投げやりになってお付き合いしてあげてそうなのに。
「変なの」
「おかしいのはオマエだっ」
「えっ?きゃっ!!」
 起き上がったのに、再度倒された。
悠里の意思ではなくて翼になので自由は何処にも無い。
 逃れようか抵抗しようか一瞬考えたが、無駄な気がしてしないでおいた。
「何が不満だった?」
「……あれ?拗ねてる」
 逆光で少し表情が見難いが、近い距離なのでさほどの支障は無い。
 可愛い男ってこういう所だよね、としみじみ思う。
自分も年の割りに幼い行動が多いと言われたが、男とは違うと反抗したい。
やっぱりまだ未成年なんだなぁと思える素直な表情に、悠里は愛おしさを感じた。
「ぁ!」
「ナンだ……」
 もはや悠里に付いていけないと諦めているのか、翼はため息をつく。
「何も」
 未成年に落とされた、教師ってどうなんだと思ったなんて言えない。
翼に今言わせたら怒りそうだ。
落ちちゃったもんだからしょうがないでしょと開き直ることにする。
「不満なんて言ってないよ」
「話を逸らすな」
「話を逸らしちゃったから戻しただけです」
 くすくすと笑いながら、悠里は翼の頬に手を伸ばした。
 人が羨む美貌を自覚した男ってそりゃ凄い人だ。
その人が自分を愛してくれる。
好きな人に好いてもらえる喜びを、悠里は最近知った。
もう離れられないと分かっている。

「あの茜色の空に降った景色、一生忘れないよ」

「アカネ色?」
「……あぁ、そこ分からないとは。葛城先生が泣いちゃうよ」
 古典として初っ端な気がする。
どうしてそこが漏れていたのだろう…と教師の発想で、悠里は苦笑した。
「オッサンの話を今するな」
「はぁい。茜色は後で教えてあげます」
 目を閉じれば今でもはっきり思い出せる。
 薔薇の花びら一面も、大きすぎる薔薇の花束も、卒業式の時で十分だ。
嫌というより、あれ一度だからこそ思い出が強くなる。
卒業式が翼との新しい始まりだった。
だから、同じような被りはいらない。
 それをじみじみ思うと、悠里は笑わずにいられなかった。
今頃それに気づく自分の遅さに笑えてくる。
 一度だから良い感覚を、悠里は初めて知った。
 ゆっくりと微笑んで、翼の首に腕を回す。

「翼君、大好き」

 抱きついて耳元でこぼすと、肩筋に「知ってる」という言葉が返ってきた。
こういう言葉の場合、動揺しているからということを悠里は知っている。
いつもなら、くすぐったいほどの甘い言葉を吐いてくる男だ。
 やっぱり可愛いなぁと思いながら、悠里は翼に隠れて笑った。



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