fleckless sky






「Oh…マイ・スウィート・ハニー」
 初っ端からエコーの入った葛城の嘆きと哀愁漂う後姿を真田は一瞥し、重たいため息をついた。
うざさ極まりないが、怒鳴る気力も無い。
 職員室の窓辺で寂しそうにしているので、外に何かあるのかと覗いて見る。
「どうし……あ、なんだ。二階堂先輩と南先生じゃん」
 校舎から出て来た所だからか、意外と大きく見える。
二階堂の眼鏡を上げるしぐさすら、明確に分かった。
何か話している。
言葉は分からないけれど、柔らかくて、見ているこっちが嬉しくなるような、あたたかさがあった。
つい口元が綻びる。
「良いなぁ……」
 真田は大学時代から知っているので当たり前のように思っていたが、悠里は随分と二階堂の性格を勘違いしていた。
今は誤解も解けているのだが、未だ二階堂の影ながらの援助が多く、悠里は知らないことが多い。
 上手く噛みあわないふたりを、真田はひそかに応援していた。
悠里は頑張り屋さんで少し螺子が抜けているけれど、あどけない表情が可愛い。
惹かれていなかったと言い切れ無いのが事実だ。
でも、真田の中では二階堂へ応援したい気持ちの方が強く、こういうのもあるのかと思った。
 それを今も後悔していない。
悠里と二階堂の表情を見ていて、改めてそう思う。

「冷血眼鏡の何処がよろしいと?…南ちゃんが俺を捨てたぁ〜〜!!」
「葛城さん…うっさい」
 17時まで通常の場合、学校に必ずいなければならない規則がある。
その時間を過ぎているのでお咎めは無いのだが、あのふたりが早く帰るのも珍しい。
どちらかというと生徒やクラブに熱心で、随分遅くまで残るくらいだ。
「うるさいとは何だ、何々だよー真田ぁ〜あのふたり何処行くんだぁぁぁぁ……?」
 めそめそとしょげているので、やけに絡んでくる。
珍しくて変な気分でげんなりすると思いながら、真田は一応説明した。
「悟郎がよくいる路上に行くとか言ってたような…」
 秋になり、寒さでお腹を冷やしたりしないように「ブランケットを持ってってあげよう!」と、悠里が意気込んでいた気がする。
悟郎は男だぞ?と周りは思ったのは言うまでも無い。
「なら俺と…!!」
 悔しそうにしているも、偽ホストが言うと何とも嘘くさい。
中身を知っているから真田は理解しているつもりだが、初めて見た人は信じないだろうなぁ…としみじみ思う。
 葛城は潔いほど心に素直だ。
悠里と二階堂の結びつきを悔しんだ輩もいるけれど、誰もはっきり見せていない。
だから、真田が『誰』を知っているのは、葛城だけである。
「…………あれ?」
 ふと、葛城を見て、真田は疑問を感じた。
言おうかなーどうしようかなーと躊躇っていると、葛城がじれったさで叫ぶ。
「あぁ?!何だ、チビっこ!!」
「チビ言うな!!」
 八つ当たりと逆ギレ、どちらも情けない。
 が、いきなり葛城の頭に出席名簿の角が直撃した。
真田はその瞬間が数秒もかかったような、遅い空間を感じた…気がする。
勘違いだ、目の錯覚だ。
「真田先生。失礼したね」
「ぉ、鳳先生…!」
 軽やかな笑みに貴公子の称号を改めて感じた。
真田は圧倒されて、こくこくと首と縦に振ることしか出来無い。
「っだぁ……きゅぅー」
 べしょりと窓の淵に葛城が倒れた。
 鳳の容赦ない攻撃を見続け、傍観してきた真田だが、いつ見ても若干哀れさを感じてしまう。
されている理由を考えればしょうがないのだけれど、「うわ〜……」くらい思ってしまうものだ。
「おら」
 今度は九影が、葛城の首根っこをがしっと掴む。
「ぎゃっ……は!!」
 覚醒したと同時に、馬鹿でも馬鹿じゃない葛城は何か察する。
鳳と九影の後ろで微笑む衣笠で、決定打だ。
 ばたばたともがきながら、葛城は真田を睨んだ。
「真田っ!さっき躊躇してたのコレか?!」
「だって今日、給料日だって言ったら葛城さん…逃げるじゃないっすか」
 聞くのを躊躇ったのは勿論、葛城を回収しにくる先生達に申し訳なかったからである。
 いつもなら飛び跳ねるほど喜び逃げ回る借金魔の葛城だが、悠里と二階堂のことあって最近はしょんぼりしていた。
気というのは凄い誤差を招くな…と真田は思ったほどだ。
「ぎゃーぎゃーっ!!」
「忘れていながらも無意識に逃げ回った君には、ほとほと呆れるよ」
 貴公子は笑っている。
目は睨んでいるが。
「手間かけさせやがって」
 はしゃいでいる軽やかさが目安なのに、しょげたまま逃亡されると感が狂う。
九影も察していたのか、苦情を飛ばした。


「あれ?悠里先生と二階堂君じゃありませんか」

「え?ぁ、そうなんですよ」
 鳳と九影に葛城を任せた衣笠が、ひょいと窓の外を見て、ぽつりとこぼす。
微笑ましそうに笑う姿は、まさに年齢不詳だ。
あの問題児のひとり、清春が「オバケ」と称しただけのことはある。
 真田は相槌を打つと、衣笠は更に面白そうに笑った。

「今日は雲ひとつありませんねぇ……」

 騒がしい後方など気にせず、衣笠は帰っていく後輩の教師ふたりが微笑ましいと言った。
 それに対して、真田は一生逆らわないでおこう人物が多いことを痛感する。
憧れの二階堂。
微笑みの衣笠。
日誌の角で人を倒す鳳。
一声で誰もが脅える九影。
「寒くなりました、よね」
「そうですね…っふふ」
 俺って下っ端だけど葛城さんとどっちが下なんだろう…と、真田は今になってぼんやり考えてしまった。



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