after one's lessons






「………持つ」

「ぇ?ぁ、瑞希君??」
 トカゲのトゲーの声も耳に届き、悠里は思いもよらぬ人の登場に少し驚いた。
先ほどまでClassXにて英語の授業をしていたのだが、終わってから声をかけられたのは初めてだと思う。
職員室に戻って次の教室に行くだけで短い休み時間が消えると、悠里がいそいそ退散してしまうせいもある。
LHRなどもあるので、大半生徒に声をかけない。
 一瞬何がどう持つに繋がるのか分からず、瑞希を見上げて首を傾げた。
「どうしたの?」
「………ん」
 一にしかわからない、短すぎる言葉に悠里も慣れてきた方だ。
教師として翼のようにあっさりと諦める訳にもいかないので、今も解読出来るよう頑張っている。
 悠里は瑞希の視線を追ってやっと、自分が手にしたノートの束のことだと気づく。
「…これ?」
 こくんと、大きな身体の割りに小さく頷かれた。
授業の後に回収した宿題と小テストのプリントを持とうと言ってくれているのだ。
「気持ちで十分だよ。有難う」
「……ぅうん」
 ゆっくりと首が横に揺れる。
 持てる重さなので引き下がるつもりは無いのだけれど…休み時間のことが脳裏にちらつく。
悠里も頑固な方だが、瑞希もなんだかんだ譲ってくれない。
「ぅ〜ん…じゃぁ、ノートの方頼んで良い?」
 本当は重たい方を悠里自身で持ちたかったのだが、小テストの内容は見せられないので、諦めてノートの方を持って貰うことにする。
全部にしないのは小さな意地もあった。
「………うん」
 嬉しそうに言われると悠里は何も返せなくなる。
最近どうも生徒に甘やかされてないか?という疑問が彷彿した。
 悠里のカンは間違えていない。
その通りなのだが、そこまで行き着くことが出来ず、勘違いかなーとあっさり折れた。
そこが悠里の鈍い一部だ。
「有難う」
 どうであれ、持ってくれたことには変わりないので、悠里は瑞希に向かって笑った。
何かを融かしてしまいそうな、柔らかくてあたたかい表情だ。
 余談ではあるが、最近B6と教師陣にはそれが爆弾のようなものになっているのを、悠里は知らない。
「………っ」
「瑞希、君?」
 本人は気づかず、変なことを言ったのかと不安そうな表情を見せた。
無垢というのは恐ろしい…と瑞樹はひっそり思いつつ、ふと廊下の前方に視線を向ける。
誤魔化したそぶりだ。
「………」
 一瞬で遠くにいる人物が誰かインプットする。
時間と場所からして高い割合なので、見間違えはなさそうだ。
 色々不安な人物は多々いるが、赤い借金教師と橙の童顔教師が危険区域である。
その後者が今、視界に映った。
このまま行けば自分と悠里が遭遇することになる。
「……先生」
「ぇ?」
 片手でノートを持ち、空いた方で悠里の手首を掴むと、強引に瑞希は引き寄せた。
廊下を前進せず、左折を促す。
「きゃっ…え?瑞希君??」
「………こっち」
 日々言葉の少ない点と馬鹿広い校舎を利用する。
案の定、悠里は説明貰えそうにないと諦めたのか、瑞希にあっさり従った。
直進と左折、職員室に着く距離はさほど変わらない。

「そういえば…さっき、真田先生いなかった?」

 意外に目ざといな、と瑞希は思いながら首を横に降る。
嘘は言ってはいない。
ただのしらばっくれだ。
「………さぁ」
「真田先生のスーツの色、目に付きやすいんだけど……見間違えだったのかな」
 気楽に笑った悠里が暢気な性格で良かったと今、心底思う。
だから全く気づかないところが色々な所で多いのだけれど。
 今はふたりという空気が欲しい。
補習の時は勿論だけれど、別の時間も。
邪魔はされたくない。
 それを誤魔化して、瑞希は悠里に笑った。



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