Promise lives within you






熱い。
身体の内側から、というよりも外からじわじわと焼かれるように。
喉がやけるように、苦しい。

熱い、熱い。
幾つもの大きな大きな船が、炎上している。
夜で真っ暗な筈が、明るいと思えるほど、燃えている。

人をも焦がす灼熱の炎が、ここまでやってきて。
生ぬるい風が不快でしかたがない。

ぼちゃん、ぼちゃん。
重たい音が、聞こえてくるような。
逆光で見にくいが、何かが船から零れていくのは分かる。


あれ は、 あ   れは。

熱さ か ら、逃 げよ う  と する、  ■■の  焦げ た   ――



忘れたりしない。
あの人の傍にいても、忘れたりしない。

こんなにも苦しくて、涙が止まらなかったこの日に、決意したことを。


自分の血を一滴も流さずに人を殺した、この声で。
自分が当たり前のように過ごしてきた 『日常』を掴めるように。
昔は本を開いて。
今は知恵を振り絞って。

この決意が――自分の立場からすれば皮肉であっても。


熱い。
忘れるな、と私が私を焦がす。

分かっている。
忘れていない。
だから、

――夢から 覚まさして。







「――・・・っ!!」

 息をのむような、喉がつまったような、一瞬ながらも苦しすぎる感覚に目が覚めた。
 ばちり、と目が開き、見慣れた天蓋が目に映る。
「っ、はぁ・・・・は、・・・ぁ・・・・」
 足が速い訳でもないのに、校庭にあるトラックを全速力で走ったようだ。
寝起きなのに呼吸が整わないなど、最悪極まりない。
 ゆっくりと身体を起こし、すうっと吸い、ゆっくりと吐く。
 あつい。
今は寝やすい季節なのに。
 否、分かっている。
どうしてこんなにも目覚めが悪いのか。
どうしてこんなにも不快覚が拭えないのか。
「赤壁の戦い、か・・・・」
 確認するように、不快さをあえて掴むように、思い出す。
 忘れてはいけない、己の決意のもと。
遅すぎたが、あの苦しすぎる2度目の感覚で決めた、戦い。
「っは・・・」
 短い息を吐き、額についた冷や汗を拭う。
うんざりするが、これは初めてではなくて、慣れてきたのも確かだ。
「――すぅ、」
 静寂に包まれた部屋だからか、寝息が耳に届く。
 自分以外の寝息に動転していた気持ちが落ち着いた――というより他の事を考え、余裕を作った。
「・・・・孟徳、さん」
 掻き消えるような小声が、口から漏れる。
 今日はひとりで寝ていたはずなのに。
いつ部屋に入り、横に寝そべったのだろう。
まったく気付かず、眠りに落ちていた。
 いると知ると無性に触れたくなる。
孟徳の頬に落ちた髪を掬おうとするも、触れる寸前で手がとまった。
触れたら孟徳が起きる。
あの人は敏感に目を覚ます。
 今は、駄目だ。
今は起きて欲しくない。
自分が何を言い出すか、表情を作りとおせる自信が無い。
 静かに、静かに、寝台から下りる。
 今日は確か、月が綺麗だったはずだ。
少し風にあたってこよう。
気を落ち着かせ、明日ちゃんと笑えるようなりたい。



 数名の見張りと顔を合わせながら、庭園まで足を運ぶ。
 『見張り』なんて本当にあるんだ、なんて思った頃が懐かしい。
この世界に来た当初、自分には到底縁のないテレビや漫画みたいな事が多くて驚いたものだ。
 戻りたい――本が燃えて泣いてしまった、あの気持ちはもう無い。
今は、この世界にいたい。
孟徳の傍にいたい。
 ふと地面に落ちる自分の影に目がつき、見上げた。
 高層ビルや電灯、住宅の明かりなんて全く無い夜空に浮かぶ月と、沢山の星が目に飛び込んでくる。
目にえない空気にもやはり綺麗汚いはあるんだ、などとしみじみ思ってしまう。
 澄んだ風が頬を撫で、さらさらと髪が揺れた。
鋭いようで柔らかい。
 綺麗だ、こんなにも澄んだものに包まれていて。
 大切にしたい、守りたい。
 明日生きることの喜びを思い知らされるこの世界が、少しでも変わるように、したい。
誰もが明日生きられるように、したい。

 日常を愛する世界を知っているからこそ、望まずにはいられない。

 無論、ひとりで出来るなど思ってはいない。
絶対君主がどうなっていくか、あれほど過去を記した教科書で見てきたのだ。
 そう、自分が持ちいるのは、世の歴史を学んだこと――知識、それしかない。
 だから、だから。
 視界が霞む。
ゆらりと、夜空が歪んだ。
 泣いている。
あぁ、泣いているんだ――そう気付いたら、何かの蓋が開いたような、溢れ出る感覚が身体中を巡る。
 頬を伝い、服や大地に落ち、沢山零れていく。
何度も短く鼻をすすって、零れゆく涙を拭って、声を殺した。
 大声をあげていい涙では無い。
黙祷、そして自分への決意を噛み締める。
 焼け、熱さに耐えかねて炎上する船から飛び降りていく人々が目の奥に浮かぶ。
あの景色が脳裏から離れない。
消えないよりも、縋りついているような――自分のことながら狂乱な思考に馬鹿げていると思う。
 死んで良い命なんてない。
だから本がなくても、策をめぐらせることをやめない。
やめることをやめた。
前線にたつ人も、戦わない人も、みな血を流さない世界を、少しでも目指したい。

――師匠、師匠。

 崩れそうな身体を、必死に、尊敬する師の名を心で呼んで、自分の足で立つ。
 あの人の言葉は胸をつく。
未熟であることも、これからどうあるべきか思わされる。
 同じ所にはいられなかったけれど、あの人の弟子でいたい。
師匠と仰ぎたい。
立派になりたい。
あの人の下で、胸を張れるように、なりたい。
「――ぁ、」
 すとん、と身体の中心に何かが降りてくるような感覚。
曖昧で悩んでいたことがすっきりする。
今、この瞬間――大事なことをひとつ、選択した。

 師匠、貴方ならこの答えになんと言うだろう。



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