That wouldn't be much of a problem
※『That leaves your soul to bleed』の合間とその後 市場に出掛けている千鶴と千姫の『荷物持ちと合流の前に自分の酒くらい買っとけよ(要するに私達は買わないわよ)』命令――千姫が上からの物腰で不知火に言いつけた――が出されている左之助と不知火、そして茂の3人は、晴れやかな空の下、ぽてぽてと小さな歩幅で歩く茂に合わせてゆっくり歩いていた。 大人に合わせようと必死に歩く姿も可愛いが、そういう大人の都合には合わさせない。 武術ごとでは崖から蹴落とす勢いのふたりなので説得力がかけるも、案外それ以外だとベタあま茂馬鹿だったりする。 「おさけって、いつものとこ?」 「ん?そうだ」 くりっとした大きな瞳と対面しながら、左之助が首根っこをかるくかいた。 いつもって思わせるくらいには飲んでいるわけか、と今更思い知る。 余談だが、左之助の馬鹿は筋金入りなので、このことを何度か繰り返し忘れは思い出していた。 「なんだ、茂。酒の手伝いしてんのか」 「あぁ?言いたいことあるならはっきり言え、不知火」 左之助の胃袋にしか入らないお酒を茂も手伝っているのか――という雰囲気を含ませた不知火の嫌味を、左之助はあっさり食いつき睨んだ。 「つーか相変わらず酒しかねぇのか」 「しかってなんだ、しかって」 「そんなことないよ?のみすぎると母さまがかなしむからそうならないていど、って言ってるし」 茂が父の守りに入ろうとするも、あまり盾になっていない。 子供の努力は買いたいが、努力させた父には非難したいところだ。 「そんな微妙な程度なら禁酒くらいしろよな」 所詮そんなものだよなお前馬鹿だし、と不知火が呆れた面を返えせば、左之助の額に青筋がたつ。 図星、残念なことに言い返すこと出来ず。 「父さま。ぬのくくってある」 その展開に慣れている茂はあえて無視し、ふと気付いてたことを声にした。 「あぁ?」 「んだよ」 胸倉を掴んで揉めかける寸前――左之助と不知火がぴたりと止まる。 茂を忘れて喧嘩腰体勢のまま反応する辺り、ダメな大人だ。 「あれ」 茂の小さな指で指す先を追いかけてみれば、大きな木の枝に布が括りつけてあった。 その布は濃い色で、葉に蔽われているのもあって見落としかねない。 「ん、あぁ…忘れてたぜ。よく見つけたな」 「布だ…ぁ?」 茂が何故気付けたのか、そしていつもの如く布に手をかける左之助も、不知火には理解出来ない。 隠す様子もないようなので、様子見に入った。 「……なんだ、茂。お前が取るか?」 じっと、布とそれを解こうとする手を見つめる茂に、左之助はぴたりと止めた体勢のまま問いかける。 「え?ぁ、いや、とどかないし…」 見慣れているから、なんとなく父と同じ事をしてみたい、とか可愛い理由なのだろう。 視線に気付かれないと思っていたようで、少し恥ずかしそうに困る茂は、子供らしくない。 「ばーか。遠慮するな」 「そ、――!?」 息子の応答を遮り、左之助は後ろから茂の両脇に手を当てて持ち上げ、器用に肩車をする。 「と、父さまっ?!」 「ほら、早く解け」 「……うん」 始めはわたわたしていたが、降りれないことを悟ったのか、茂はすぐに抵抗をやめた。 左之助の頭より少し上程度の枝――大人が届く範囲に括りつけられているので、肩車された茂ならば容易く届く。 ただ少しきつめに括りつけられているので苦戦したが、ひとりで解くことが出来た。 「父さま」 「ありがとな」 左之助は茂から布を受け取るだけ、そのまま袂に仕舞いこむ。 「………原田。お前、」 誰もが気付かないよう意図的に見にくくした色の布は、左之助に何かを告げている。 一部始終を見て、不知火の気持ちはざわつきが増すばかりだ。 千鶴という最愛の女と生きることを選び、茂が生まれてだいぶ落ち着いたのかと思いきや、未だ表に出られないようなことに全身突っ込んでいたとは。 善良な大人になれる男では無いと思ってはいたが、何を勘違い、何を忘れていたのだろう。 「そういやお前に言ってなかったな。後でちゃんと説明してやるよ」 鋭い視線に臆することなく、原田は微笑した。 その反応で、不知火も肩の力を抜く。 左之助はシラを切るとなると千鶴にまで通すような男だ。 家族に害を及ぼすまでの危険はおかさない、はず。 「…ぁ、あぁ」 原田の守る世界が壊れないよう――と思っていることに今さら気付き、不知火は苦笑してしまう。 なんてお人よしな。 風間辺りに笑われかねない。 「父さま、まっとうなしごと、つけないから」 さらっと、意味有りな会話に気付いているのかいないのか定かではないが、的を得た言葉が茂の口から零れた。 一瞬にして全て排除されたような、浄化されたような、雰囲気になる。 「…………おい、茂」 「否定出来ねぇってつれぇなぁ、原田ぁー」 左之助は言い返せないことに苦笑し、不知火が喉を鳴らして笑った。 「お前もそうだろ、不知火…ちっ、行くぞ」 立ち止まっていたことに気付き、左之助が先に歩き出した。 それに合わせ不知火も後を追う。 そして茂は左之助に肩車されたまま、千鶴譲りの柔らかい笑顔を零した。 市場に着いてすぐ、千鶴と千姫がからまれている所へ乱入し、ふたりを茂に任せてから数分。 周りの人が巻き込まれない程度に輪をつくり狭い空間となっていたため、あっさり決着がついてしまった。 「ったぁもう少し張り合えっての」 勝てないと見込んだのか、倒れた仲間をかかえるようにして逃げていく連中の後姿を見ながら、不知火はぶつくさ文句を零した。 異国で初めての喧嘩、だったのに拍子抜けもいいところ。 何処でもこういうのは共通か、と何を期待していたのか分からないが、がっかりしたのは確かだ。 「気持ちはわかるが、こんなものだろ」 面白くなる手前であっけなすぎると呆れた辺り、左之助と不知火に成長は無い。 「それよりも、だ。ここはあいつの縄張りじゃないのか…」 「あ?原田、それはどういう――」 「ちょっと待ってろ」 近くに居た年配店員に声をかける原田を見ながら、不知火は軽く肩を回し身体をほぐし、情報が揃うのを待った。 後に回るのは嫌いだが、慌てていても致し方ない。 改めて状況を整理してみれば、外野に非難の色はなかった。 こういう騒動に慣れているのか変な乱入はなかったし、どちらかというと褒められている。 物騒というか、狂っているというか、慣れやすいというか、複雑な雰囲気の市場だな、という印象を不知火は得てしまう。 「さっきの奴等、最近面倒起こしてた連中らしい」 戻ってくるなり、それだけ。 いるか、と先ほどまで話していた店員から餞別に貰ったと思われる果実を渡され、拍子抜けも良いとこだ。 それを拒む理由もないので、不知火はくれた店員に軽く頭を下げてから齧りつく。 「単細胞馬鹿」 状況を理解出来るだけの情報がある原田はそれで良いが、不知火はさっぱりだ。 三段階ぐらい飛んで、断面的に言われても困る。 「あぁ?」 「縄張りとかほざいてただろ。さっきの布と、関係あるな?早く言え、原田」 「……よく一致させたな、お前」 眉間のシワがすぐ解けるくらい、左之助は不知火に感心している。 先ほどの布で幾つか検討をつけていたからもあるけれど、頭脳が可哀相でカンだけ鋭い左之助にそんな態度とられても嬉しくない。 「どっから話せば良いんだ…?」 千鶴たちに心配はない。 カンが鋭い千姫や子供ながら戦力になる茂がいれば逃げ切れているはずだ。 荷物持ちは出来なくなったが、酒を買うことくらい――と、酒屋に向かうのだろう。 首根っこをかきながら歩き始めた原田に不知火は合わせた。 千鶴が道端で倒れている男を見つけ、看病をしたのが事の発端だ。 その男は近隣一帯を裏で管理する組織の頭――異国に来て間もない原田は知らなかった――で、内争勃発、殺されかけた所を逃げ切ったのは良いが、重体で意識が途切れ、倒れてしまったらしい。 そして原田が間に入って協力し、内争終結、その男が再度組織の頭になり、今に至る。 「あー……この市場もそいつの目が届く場所ってことか」 命を救ってもらったも同然、組織まで修復したとなると、原田家は随分良い待遇になるはずだ。 裏の頭がキレた器――鬼一族も同じで、風間が良い例だ――だと、荒んだ場所も平和とかでは無い別の意味で安定する。 その頭のお膝元、だから原田も女だけで市場に行かせられた。 「そういうことだ」 「で、なんだ。それが縁で、仕事つけたのか」 いきなりだが、千鶴をあえて旧姓で呼ぶのは、左之助が不快がるからだ。 失礼だから諦めろと不知火は言い説こうとしたが、千鶴もあだ名みたいなものだとかまるく収め、そのままになっている。 「……お前のその冴えてるとこ、嫌いじゃねぇよ」 嫌味な視線を不知火が見せると、左之助はにやりと笑う。 「気味わりぃ。それにてめぇが馬鹿過ぎるだけだろ」 全てが一致した。 異国民でも腕を買われる様な腕前だ。 助けた縁で、未だに影ながら協力したり、仕事を貰ったりしているのだろう。 布はその伝達の意味を成している。 茂が「まっとうなしごと」ではないと言った理由も納得出来た。 「千鶴には内緒な」 千鶴も分かっているか予想しているのかもしれないが、あえて言わないでいるようだ。 そして茂にはそれなりに話している辺り、協力体勢を作り、千鶴の攻撃から守れるようにしている。 タチが悪いようにみえて、ただ格好悪いような。 「あーはいはい。分かった分かった」 心配が馬鹿らしくなってきたので、投げやりに返す。 不知火も日本で誇れるような仕事をしているので善悪を説くことはしない。 「それより、早く酒買って帰ろうぜ。良い予感がしねぇ」 先ほどのは喧嘩っぱやいふたりらしすぎる展開だった。 千姫よりも千鶴から雷が落ちるような未来しか思いつかない。 「………そうだな」 不知火から問いかけて『それより』は無いが、賛同出来る言葉だったので、左之助も失笑しながら頷いてしまった。 back |