Tears of joy






 訳あって、滅多に通らない歩道を本日2回も歩き、さきほどまで居た場所にもう一度向かっている。
1度目と違う点を上げるなら、隣に希美が――腕と腕を絡めて、機嫌がすこぶる良い――がいること。
「誘ってくれてありがと」
「さっきも聞いた」
「じゃぁ、迎えに来てくれてありがと」
「さっきも聞いたっつの」
 繰り返すな、という雰囲気で桂太が返しても、希美は怯まず微笑んだ。
 今日は何があっても機嫌を損ねない、と思えるほど希美の機嫌が良い。
その理由を桂太は知っている――というより、その根源の所為で同じ道を歩く羽目になってしまったのだが。


 今日、桂太は希美と逢う約束をしていなかった。
というより、桂太が涼太の所に行く予定ありで、希美も聞きはしていたけれど双子水入らずに入るつもりもなく、行きたいとも言っていなかった。
 だから、桂太から「涼太んとこ行くぞ」と誘ってきたことに驚いたのは言うまでも無い。
「久しぶりに涼太君に逢えるんだ…!嬉しいな〜」
「おい、俺の前で言うかそれを」
「桂太の前だから言うの。なんていうのかなぁ、男の人が初恋には弱いというか気にしちゃう、あの感覚と一緒かな」
 偏見極まりない。
 だけれど女よりは男の方が初恋を引きずりやすいことと、桂太もそういう友達を知っているから何とも言えなかった。
それに自分もなーんとなく分からなくない、属してるかなぁ…と思っている。
 なので、希美に言うと面倒なことになる内容だから、触れないでおいた。
色々気になるけれど、墓穴を掘りそうな高いリスクは避けるべし。
「そういえば…どうして誘ってくれたの?」
「あ?何が」
「涼太君大好きな桂太が水入らずを邪魔するとは思えないなって」
 少し悪い時期もあったが、今は和解しているし、それを抜いても、男の双子の割りに仲が良い。
ベタベタもなければ素っ気無いふたりだけれど、分かり合って、見えないところで支えあっている。
「あー……まぁ、色々あってだな」
 そういえばそこを言っていなかった。
 希美は涼太に逢えるってだけで釣れる――妬ましいとかそういう感情についてはノーコメントだ――から簡単に連れ出し成功。
涼太の家にいる芹香に許しが得られるだろう、と安心しきっていた。
「どうせ芹香が何か言ったから、でしょうけど」
「――っ!?」
 引っ掛かったというか食いついてしまったことが、桂太の失態だ。
追い出されたとか言いにくいから誤魔化そうとした所、的を射すぎた希美の言葉に、動揺してしまった。
 そんな桂太の表情を見て、希美は確信の笑みを浮かべる。
「やっぱり。そうでもしなきゃ桂太来ないし」
「くそ、情報横流れかよ」
「違います。桂太が負けちゃうのは芹香だけ、それに私の芹香ならこうするかなーって思ったの」
 芹香を思い重ねるように、希美が桂太の腕にぎゅっと抱きつく。
 双子の仲がどうとか言うが、桂太からするとお前らの友情が恐ぇって感じだ。
今だって芹香のことで喜んでいて、桂太が誘ってくれたという点は薄まっている。
「で、芹香はなんて?」
 桂太は頭上を、空を見上げ、あーと唸ってから、どう言うか思案する。
 これは言い逃れられない、適当なことを言うと希美が拗ねかねない。
いつもなら気にしないが、この後芹香と逢う事を考えれば、避けるべきだ。
 こんなこと考えてしまう時点で、希美が言った『芹香にだけ負ける』は正しく、自覚せざるをえない。
「……お前を泣かせたって、あいつが」
「ぅん?そんなこと芹香に言ったっけ。喧嘩のことで、だよね?」
 このふたりは喧嘩から始まったので、今でも喧嘩なんて耐えない。
希美は意地で滅多と泣かなかったし、桂太が涙に弱いのも知っている。
それを逆手に取るのも嫌で、尚泣かないようにしていた。
 だから、芹香に言う話でも無い。
泣かせたとなると喧嘩が妥当な線で、希美はそこから考えてみたが、何も結びつかなかった。
「喧嘩、じゃねぇよ」
 すぐ分かる内容では無い、と桂太も分かっているから、丁寧に説明を続ける。
「お前、最近あいつと逢って泣いたらしいじゃん」
「……えっと、私が芹香に?」
「そう。で、俺が怒られた訳。泣いた理由なんて関係無い、泣かせた時点で有罪だから仲直りして、一緒に来い。と…お前の親友どうなんだ、あれは」
 仲直り以前に喧嘩をしてない。
それでも追い出されたから、桂太は希美を迎えに行って今に至る。
釈然としないなぁと思いながらも、最善策を考えた結果、こうなってしまった。
「うーん…芹香の前で、泣いた?えーっと、うーんと……」
 桂太の言葉をひとつひとつ噛み締め、希美は何のことなのか、考える。
桂太が怒られた、芹香の前で泣いた、その――理由。
「――あ!…はは。芹香ったら、あぁ、もう…」
 希美はおかしそうに、そして少し嬉しそうに笑う。
「おい、」
 芹香の前で泣いた理由を、桂太も知らない。
だから、幸せそうに笑う希美にムッとした。
この笑顔は芹香に向けたもの、とくらいは分かるから――虚しいやきもちだ。
「ごめんごめん。あのね、桂太が悪いって言ったら…まぁ、悪いけど、それは発端でね。桂太怒られ損だぁ…」
「だろーな」
 ぶっちゃけ怒られ損なんだろう、と桂太自身思っていた。
希美はちゃんと自分に文句も言う、溜め込まない。
「桂太が前…いつだったかな。私に芹香の方が料理上手だって言ったでしょ」
「あぁ。実際比べものにならないしな」
「はっきり言うわね。その通りだし、私も芹香の料理好きだから気にしてないけど」
 ただ、先日芹香に御持て成しされた際、そのことを零したのだ。
桂太がそんなこと言ったの、私は貴方にかなわない、又上達したね、親友として嬉しい、と。
そうしたら、芹香が――
「『希美が料理頑張ってるのにそんな事言ったの?!桂太君許せない』ってあの芹香が勢いよく怒って」
 希美の料理はまずい、という訳では無い。
芹香が上手すぎるってだけのこと。
それを希美も桂太もよく知っている。
「………それで?何で泣いたんだよ」
 先が読めたが、一応確認のため、桂太は問いただす。
感情が先走って、うんざりしかけていたが。
「嬉しかったから。芹香の…私を心配してくれた気持ちが嬉しかったの」
 まっすぐ強い瞳で、心配して、怒って。
 どれほど料理上手か分かっていない無自覚な親友が妬ましいなんて思えなかった。
 こういう思いって誰もがしてくれる訳じゃない。
本当に限られた人、それが芹香。
 嬉しくて、涙が出た。
 桂太と喧嘩しても意地で泣かない自分が、あっさり泣いてしまう。
悲しい涙じゃなくて、嬉しい涙がこんなにも抑えられないなんて知らなかった。
 慌てて、困って、そんなに苦しかったの?と勘違いする芹香に、可笑しくて、泣きながら笑う。
 本当に嬉しかった。
大好きな芹香。
誇らしい親友。
「怒られ損つーか巻き込まれただけじゃねーか」
 ありえねー…と溜息をつきながら、桂太が軽く髪をかきあげる。
 口ではそんなことをほざきながらも、許しきった表情と、その仕種が格好良くて見惚れてしまった――けれど、希美は桂太を見上げ微笑むだけ、悔しいので言わないでおいた。



「あ、桂太。今の道戻って!」
「は?」
「何も買ってない!さっきの通りの奥に美味しいケーキ屋があるから、はやく!」
 するりと、桂太の腕から希美が離れた。
引っ張っても無駄だと分かっているので、希美は自分から勝手に進む。
「別に涼太だから良いだろ」
 こうい状態になると、桂太も諦めるだけ、文句を言いながらもついていく。
 希美はついてきていることを確認しつつ、振り返る。
「涼太君だから!というかお招きされたのに桂太、何も買ってかなかったの?」
「涼太、そんな菓子くわねぇし」
「芹香が好きだから良いの!」
 その言葉で、どうして土地勘無いのに店のこと知ってるんだ、という疑問が解決した。
「最終的にそこじゃねーか……」
 涼太涼太言う割に、最後は芹香が好きな物を買っていく。
涼太も芹香が好きな物で良いと言うだろうけれど、多分希美はそんなこと考えてない。
芹香のことだけしか今、頭に無いだろう。
「桂太っ!」
「はいはい」
 少しずつ距離が離れていく。
何処に行くのか分からないが、見失うほどの人混みがある訳でも無い。
 希美の後姿を追いながら、桂太は自分のペースで歩いた。
どうせ陳列されたケーキに悩むに決まっている。
一緒に入ったって桂太は待つだけだ。
焦っても無駄、急ぐ気は湧かない。
「……嬉しい、涙ね」
 さきほどの会話を思い出し、噛み締める。
 希美の嬉しい涙を零している姿など、見たことが無い。
長く一緒にいた訳でもないが、短い間に濃く、隣にいた。
それでも、怒って泣かない強い瞳が、緩く崩れていくなんて。
 いつか、見られるだろうか。
見たいと思う。
自分だけのために、と柄にも無い事を思いながら――芹香に妬いていると気づき、苦笑が滲み出る。
 勝てない相手に、そんな気を持っても精神擦れるだけなのに。
「桂太!」
 今いない、芹香に対する反抗心か。
 少し遠くから名を呼ぶ声が聞こえたが、桂太はそれをあえて無視した。



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