Give me more your love
※『We hold the future in our hands』→『I'm home』の後、5年EDで今回の話、という時間軸。前のを読まなくても支障はありません。 結婚しよう、という方向にはなったものの。 互いに仕事で忙しく段取りが進まない。 私はともかく蒼の立場上、すぐに挙式という訳にもいかないらしい。 外堀埋める前に勢いで動きすぎた…なんて零していた蒼。 何で勢いなんだろ、何かあったのかな、珍しい。 挙式が遅れることに対し、雲上の人って大変だなぁと思うくらいで、私は何も怒らなかった。 蒼がそう考えてくれていたこと、言ってくれたことが一番大事で貴重だと思ったからだ。 それに、案外蒼の方がふたりの将来を考えていたから、任せていいかなーみたいな気持ちがあったりする。 だって―― 「……河合荘に馴染みはあるだろうけど、とりあえず来い」 同棲を先に切り出したのは蒼だった。 あの発言は、学生の頃彼氏の家で彼氏のお母さんに「夕ご飯食べていかない?」って聞かれた時くらい、断る権利が無い。 断るつもりなんてなかったけれど、今思い返すとそんな雰囲気だったと思う。 確かに河合荘には沢山の愛着や思い入れがあった。 ぼろぼろでいつ壊れるか分からない、2階に続く階段。 狭いけれどキッチンがちゃんと合って、使い勝手が良かった。 ベランダなんて洒落たの無かったけれど、窓を開ければ陽射しがよく、気持ちいい風と、緑茂る木々が見えていた。 小さいながら、芹香にとって河合荘は自分のお城だった。 多分、ゴージャスの人々と出逢えたから、もある。 でも、蒼と一緒にいたかった。 あの言葉は嬉しかった。 いつだって分かりにくくて、素直に言ってくれないけれど、想いは詰まっている。 一緒に暮らそうって言ってくれた。 挙式の前から。 嬉しくて、少し泣いてしまって、蒼を困らせてしまったのも良い思い出。 そうそう、私の両親の所へ挨拶にいった。 あの時ほど、蒼の表情を見るのが楽しかったのは言うまでも無い。 こういうのってお嫁さんは楽だなって思う。 将来長く見ると、姑や小姑の方が大変な気もするけれど、そこは置いておこう。 えーっと、なんだっけ。 私からすると楽しかった、うん。 反対するかなーとかお父さんどう思ってるのかなーとか考えると笑えてくる。 不謹慎だから気持ちが零れないよう努力したけれど、お母さんにはバレていたようで、後々こっそり言われてしまった。 反省、そして蒼に今後も言わないよう、気をつけなければ。 色々合って、同棲することになりました。 すぐに決まらないから、とりあえずという形で蒼が住んでいるマンションに、ですが私はそれで良かった。 そういえば、あの人――蒼は、本当に機械類に強いけれど、それを全てひとつの部屋に納めているせいか、空いているというか無駄なスペース(しかも部屋単位)があった。 河合荘で小さく狭く過ごしてきた芹香からすれば、なんと憎たらしい。 蒼曰く、必要だと思っていたが、ひとつの部屋で足りた、だそうだ。 あ り え な い。 それと、蒼の所へ持って来たのは服とキッチン道具とあとこまごまとしたもの、だけだった。 河合荘の時はそれなりに物があるイメージだったのに、やっぱり無趣味ってことかな。 なんか寂しい気持ちが拭えなかった。 えーっと、こほん。 それで、蒼との同棲は、それなり、意外に問題なく順調だった。 前から料理は好きで作り食べさせていた(貰った、では無いと思う。結構強制的に作れ、だった)し、仕事のことも互いに理解している。 ちょっと生活面で食い違いはあるけれど、それくらいだ。 同棲する前に心配しすぎたった。 今思えば、馬鹿らしい不安だったな、と思う。 ふわふわ、と気持ちよく揺れている。 あぁ、夢に関する企画書出してみようかな。 ふわふわ、誰かの声が聞こえる。 蒼、蒼だ。 蒼の声が聞こえ―― 「…か、せ…ば、…きろ、起きろ!芹香!!」 馬鹿って言った! ばちり、と芹香にしては珍しく目を見開いての起床。 今、不快な単語言いました、この人! 「ぅお、いきなり見開くな…驚くだろ」 ベッドの脇に腰掛け、身を乗り出して覗きこんでいた蒼と目が合う。 溜息をつき、軽く髪をかきあげるしぐさ、外ではしない態度。 これを知っているのは自分だけ、と芹香なりに自負している。 嬉しいけれど、今はカチンと来たし、しょぼんと悲しくもなった。 「ぃま良いところだったのに……」 「何に」 一瞬にして不機嫌な声と態度に早変わり。 人には必ず無意識ながら法則を持ち合わせている、という意味を芹香は最近理解した。 それを蒼に当てはめてみる。 答えによって怒るかもしれない、という予測が出来た。 何に妬いてるんだろ。 そう、妬いてる。 夢に?意外に面白い人だ。 結構どうでもいい発言や、素っ気無い所も沢山あるのに。 「蒼とふわふわしてた」 優しい嘘はつけるようになったけれど、ここは素直に答えるのが一番良さそうだ。 「………馬鹿か」 不機嫌終了、呆れきったご様子。 怒られずに済んだということ。 「また馬鹿って言った」 「実際馬鹿だろ」 「もぅ、」 子供みたいな口論に、腹立たしさも起こらなかった。 どちらかというと蒼を基準にしたら芹香は「どうせ馬鹿ですよー」と拗ねたくなる。 こういう会話も、嫌いじゃない。 蒼から不毛なことを案外普通に言うってことが面白かった。 「…はぁ」 呆れた溜息。 芹香はムッと睨みつけると、蒼が唇にキスを落とす。 ゆっくり、少しだけ。 約束している訳じゃない、蒼の気紛れ。 「おはよう、芹香」 「……おはよう、蒼」 ずるい。 芹香がどうするかどうなるか、蒼は読み取っている。 そしてそれすらも芹香は分かっているのに、許してしまう。 釈然としない。 芹香は身体を起こし、蒼の首に腕を伸ばし絡めて抱きつくと、蒼が背中に片手を回して支えてくれる。 喉をならして、蒼が「やっぱ馬鹿だな」と零した。 もう何でも良い。 朝から蒼が居るってことが、凄く嬉しい。 どちらかというと起こしてあげたいと思うけれど、起こしてくれるのも好きだ。 蒼は本当素っ気無い言葉よく言うし、冷たい態度も取るけれど、それは見捨てているのでは無い。 その行動の意味を知っているから、愛おしいと思える。 「……お前、今日早いんじゃないのか?」 「…………ふぇ?」 ふぇってなんだ、それ。 蒼の理解不能そうな声を無視する。 その前、なんて言いました。 今日、いつもより少し早く家を出なければならない。 目覚ましはかけた。 けど、止めた覚えも無い。 もしかして、聞き逃した…? 「う、そ……寝坊?!」 この発言こそ、朝一番恐いものは、無い。 驚きのあまり、がばっと蒼から離れる。 今、完全に目覚めました。 愛おしい恋しいなどの気持ちに思いふけっている場合では無い。 「寝坊する前に起こしに来た」 落ち着け、と蒼の一声。 それを心に言い聞かせ、芹香は気持ちを落ち着かせる。 そして蒼の言葉を噛み砕いた。 「はあぁぁぁ、良かったぁー」 時計を一瞥、本当に寝坊ではなかった。 安心のあまり、緩まった溜息が長く続く。 「良かったじゃない」 お前なぁ、という呆れた表情。 これ以上黙って聞いていると、ぐだぐだ説教が朝から始まるので、芹香は掛け布団を剥がし、ベッドから出た。 「おい、芹香」 まだ話は終わってない、と引き止める蒼に、芹香は逃げようとして忘れかけた感謝の気持ちを思い出す。 てとてとと戻り、未だベッドに腰掛けたままの蒼に抱きついた。 ぎゅーっと充電するように。 「ありがとう、蒼」 本当はすぐ離れる予定だったのに、蒼の匂いが心地よくて、摺り寄せてしまった。 そして蒼がしばらくされるがまま何も言わなかったため、時間を忘れた芹香は抱きつきっぱなし、その後慌てて朝の支度を始めたのは言うまでも無い、お約束である。 back |