I missed you so much






 夕方を過ぎた頃に来た、マコト君からのメール。
 一方的で質問疑問一切受け付けないよ、という彼らしい文面が可笑しくて、少し元気が出た。
 幸せ。
携帯のメールでこんな気持ちが見出せるなんて。

 ちゃんと返信した。
桜木さんの鋭い視線を掻い潜り、仕事の合間に隠れて。
 信じていなかった、とかそういうことじゃない。
 解釈の違いで私が帰った頃、部屋に行くってことかなって思っていた。
 それだけよ。
それだけで。
 だから、貴方がいるなんて思いもしていなかった。




「マ…マコト、君?」

 赤ペンが世界から無くならないかな、なんてどうしようにもない途方に暮れる自棄――入稿――もひと段落ついて数日。
 疲労でやられた身体を安静させるため、少しばかり河合荘で食堂化している料理のもてなしをお休みした。
体調不良で寝込んだりしたら、香希に説教と社会人としてどうあるべきかを唱えられるに違いない。
自分はそこまで器用に動けないから。
目に見えた先に、芹香は先手を打つ。
 入稿後の無理ない仕事に合わせて無茶をしないよう、数日ゴージャスに行くこともやめた。
 お隣の玲司を筆頭に大ブーイングを頂いたが、芹香の問答無用の笑みで追い返したのは言うまでも無い。

 だから。
 瞳に映る、久しぶりに見たマコトの不機嫌そうな表情も懐かしい。
そんな表情して欲しくないという気持ちよりも優っていた。
 懐かしいなんて思ったの、初めてだ。
「ど、どうしてここに…」
 芹香が勤務する会社の出口からすぐ、目の前の補整された道。
歩道と車道を隔てる鉄パイプの柵に腰をかけ、手をコートのポケットに、そして少し肩をあげて寒そうにするマコトがいる。
 驚かない筈が無い。
 通り行く車を背に、お店やビルの明かりが夜のビル街の景色を無機質に彩り、マコトや芹香に影を落とす。
「嘘…いる、筈なんて……」
 肉眼で表情が見えるくらいの少し遠い距離。
どうしてか足が動かない。
 多分、居るはず無いという否定概念からだろう。
 居なかったと分からされる絶望感も嫌いだが、そんな気持ち今の芹香には忘却されている。
「どうして、じゃないよ」
 何してんの、早く来てよ。
 突き放しているような、掴まれているような、そんな言葉に、芹香はやっぱりマコトが目の前にいるのだと実感した。
 そう思うと、いきなり熱くなる。
外に出た瞬間の寒いな、という気持ちなんていつぞやのことか。
心拍数すら上がったのではないかという錯覚、思い込みすらあった。
「……だって」
 肌寒い風が頬を切る。
 少し身震いをし、芹香はハッと気づく。
 マコトはどれくらいここで待っていたのだろう。
「――マコト君っ!」
 動かぬ足は一瞬にして魔法が解けたように軽くなり、芹香は小走りしてマコトの傍によった。
 やっと来た、と溜息をついているのを無視して、マコトの頬に手をのせる。
芹香の手はまだ暖かい。
ずっと室内で仕事をして、今し方外へ出たばかりだから。
これから手袋をしようという素手だが、冷たくは無い、筈。
「どれくらいここにいたの?!」
 芹香が巻いていたマフラーを外してマコトにかけようとするも、マコトの手によって遮られ、断られてしまう。
「いらない」
「でもっ」
 我が侭言わないで人のでもして暖かくなりなさい、と言い返そうとしたが、マコトはそれも読んでいたようで、首を横に振った。
「君が風邪引いたら意味無いでしょ」
 最近、具合悪かったんだし。
 その言葉に、芹香はドキリとする。
 入稿の疲れとしか言っていなかった筈だ。
忙しくなる頃から入稿終わって少し、幾分かある日数でさほどの会話もしていないのに。
 どうして気づいたのだろうと驚いていると、マコトがそんな芹香に呆れた溜息をつく。
分からない訳ないよ、って言われているようで。
 芹香は勝手に高まる感情を、勘違いだと思い抑えた。
「それに待っていたのもほんの少し。君が言ってた時間に合わせて来たから」
 会社名と場所については、芹香がマコトに名詞を上げているので、それを頼りにタクシーで来れば良い。
来る徒労は楽だ。
 それより、マコトがここまで来るという気持ちが重要だった。
 寒い外を出歩くのは嫌だ。
どうして僕が歩かなきゃいけないわけ。
 そんなことを言うようなぐうたら我が侭な人だから、芹香は不思議でしょうがない。

――今日、何時に仕事終わる?

 短いメールの文章を、芹香は脳裏に思い出す。
今日は思った時刻には帰れるだろうと見込んだ時間を返した。
その通りの時間から数分程度の遅れはあるものの、思った頃合いに会社を出れている。
 同伴の約束もしていない。
どうして、マコトが河合荘ではなく、会社の前にいるのだろう。
 あの文章。
そして現状。

 だって、これじゃあ。


「マコト君…どうしてここにいるのか……理由を、教え…て」
 垣間見えるマコトの家族に対する負のオーラは感じられない。
真っ直ぐ向けられた視線は、芹香しか見ていないから。
 言ってくれなきゃわからない。
少し考えて、そうかなと思える自分には嬉しい――都合の良い――発想は出来たけれど、それは錯覚と思うべきだ。
「……言わなきゃ分からないわけ?」
「言って、欲しいよ」
 柵に腰をかけているので、直立している芹香の方がマコトより上から見下げている。
 そんな珍しい気分を味わいつつ、芹香はマコトのコートを掴み、もう少し――抱きつくほどでも無い――近寄った。
 射抜くような瞳に「やっぱり言わなくて良いよ」って言いそうになるから、自然と視線が下へ落ちる。
 そんな負けは嫌だ。
 聞きたい。
 マコトの口から聞きたい。
 言って、お願い。
私を喜ばせて。
 単純な女だと自分でも嫌気がさすけれど、マコト君、少しはホストの業、覚えたでしょう?
 夢見心地な発想を確信的につく、何でも良い…答えが欲かった。

「芹香に逢いたかった――から、迎えに来た」

 しばらくふたりの間には沈黙、流れ行く自動車の雑音が続いてから、マコトの溜息の後、発した言葉。
 何かに撃たれたかのように、ビクリと身体が揺れ、芹香は顔を上げる。
 いつものようなテレくさくて自棄になった表情も無く、苦笑混じりに芹香に向かって手間のかかる愛おしい子みたいな、どちらが年上かわからないことに笑っている、複雑な――表情。
「ここまで来たら、追い返されないでしょ」
 河合荘では玲司を筆頭に――缶詰投げたのは玲司だけだが――我が侭王子マコトも、河合荘という場所では無意味のナンバーワンな竜崎も放り出した。
余談だが、様子を見てあえて来なかった香希だけが何もやられていない。
「……うん」
 もう体調良くなったから河合荘でも追い返さないよ、なんてことをあえて言う必要も無かった。
 それ所じゃないというのが本音で、聞けたことが嬉しくて、欲しかった言葉を言ってくれて、泣きそうになる。
 緩みそうになった涙腺を必死に抑え、芹香は笑う。
 少し冷えたマコトの身体。
待っていてくれた優しさ、我が侭な君の強さと譲歩。
 嬉しいよ。
 凄く、嬉しい。
「私も――逢いたかった」
 溢れる気持ちが抑えきれず、芹香はマコトに抱きついた。
 もう少し余裕があったら、桜木や神崎にこんな所でと怒られるかなとか考えて動けなかったかもしれない。
 ダメだ。
もう何も考えられない。
この熱くなる気持ちで身体全体が侵略されていく。
「マコト、君…」
 冷えていく身体、体温を逃さないように、芹香は抱きしめた。
 肩に顔を乗せて頬を摺り寄せ、マコトの匂いに懐かしさと愛おしさを覚える。
「…芹香」
 ぎゅっと、マコトが強く抱きしめ返す。
 嬉しさ伝わったのかな。
同じこと思ってくれているのかな。
 芹香はそんなことを思いながら、ずっと呼べなかった名前を何度も声にした。
「マコト君、マコト君…」
 逢いたかったと言っているように、何度も、何度も、名前を呼んだ。
「わかった、わかったから…」
 芹香の背に回した腕で、マコトはぽんぽんと叩き、宥める。
 本当にどちらが年上か分からない。
芹香はそう反省するも、離れられなかった。

「芹香。逢いたかった」

 何時にない、柔らかい声が、冷えた風に溶け込んでいく。
 芹香はもう一度、マコトの名を呼び、零れていく涙に、コート濡らさないでよと怒られると思いながらも止まらず、しばらく泣いてしまった。



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