I'm home








 眩しさに、芹香は目を覚ました。
 なんだかベッドが柔らかいな、なんて思いながら身体を起こす。
見慣れた隠れ部屋みたいな――芹香にはよく分からないパソコン機材がいっぱい――蒼の寝室だ。
 蒼の部屋なら、当然か…あの人、素材に対しても偏って拘りあるし。
あれ?私、蒼の所に泊まりに来てたかな、というよりまだ出張じゃなかったっけ。
 ぼんやりぼんやり、寝起きの遅い思考回転のまま、芹香はゆっくりのんびり考える。
「ぇっと……」
 軽く頬に手をあてる。
直しも適当で疎か、ほとんど落ちているようなものだが、素肌では無い肌触り。
 やだ、化粧落とさず寝たみたい。
最悪だな。
蒼いの所にも化粧落としあるのに。
 ホスト属性が抜けないのか、沁みこんだのは拭えないのか、変に気配りする男だ。
気難しいのに、女の裏側な事情も「そうか」で流す辺り、色々可笑しい。
「ぅ、ん?」
 そうだ。
 やっと少しずつ思い出す。
 昨日、感情のまま蒼の家に上がってしまった。
鍵を預けてくれたのは嬉しいが、それを使うつもりなんて無かったのに。
 今度は気おつけよう。
 こんな恥ずかしいこと、したくな……ぃ?
「っ…―――!!!??」
 隣で眠る蒼に芹香は声にならぬ叫び声をあげた。




「ん……」
 バタバタと騒がしい足音が耳に入り、蒼は夢から覚める。
低血圧でもなく、目覚め次第、今日はすぐに現状を把握出来た。
 隣に芹香がいない。
 寝ていたであろう場所に触れ、どれくらい前に起きたか検討をつける。
「ふあぁ」
 欠伸ひとつ。
 時計を見るとまだ帰ってから数時間しか経っていなかった。
今日は昼前に出勤すれば良いので、蒼からすれば早く起きてしまった、という気分だ。
 ベッドから離れ、軽く後頭部をがしがしとかいた。
意味なんて無い、なんとなくの行動。
 ダイニングに繋がるドアの所で止まり、慌ただしく動き回る芹香を、蒼はぼんやりと眺め見た。
 寝かせた時の寝巻きとは違う、出勤用の服装。
 随分前のこと、泊まった際に2日連続で同じ服着て出勤し、「桜井さんに茶化されて恥ずかしかった」と零して以来、蒼の家に芹香の服が何着か置かれるようになった。
歯ブラシや女には大事な風呂場道具とか化粧道具とかちまちまあるから、半同棲だ。
 それでも芹香は同棲じゃないと主張し、「意見の相違でまとめて良いものか…?」と蒼なりに疑問あるものの、聞き返したことは無い。
「芹香、」
 家を空けていたので食材は無いに等しい中、コーヒーメーカーだけが動いている。
時間もそうないだろうに、なんて律儀な奴だろう。
 蒼はそんなことを思いながら、声をかけた。
「…蒼っ!」
 起きて来たことにやっと気づき、芹香が抱きつくように飛び込んでくる。
「よく起きれたな」
 目覚まし代わりにカーテンを開けておいた、陽射しが入り込めば朝くらいわかるだろうと。
逆に言えばそれだけしかしていないので、起きれた事に感心すらした。

「忘れて!!」
「……何をだ」

 さっぱり意味が分からない。
 嫌味に気づいていない様子で芹香にしては珍しく挨拶も無いまま突発的な発言。
ひしっ上着の裾を掴み、懇願している。
 何に必死なのかすら、蒼には検討もつかない。
「私、が…この家に来た、こと」
「は?」
「うぅ、だからその、」
 すっごく言いにくいのか、口をもごもごとさせた。
 じれったくて苛立ちすら湧くが、もうしばらく落ち着け自分、と蒼は気持ちを制御する。
「蒼が出張中なのに家に入って寝ちゃったこと!!」
 ソファで寝てたはずなんだけど…しかもちゃっかり着替えてたし、ベッド占領してごめんなさい。
 ぽつぽつと零し、最終的には「うー…」と変な唸り声すら上げ始めた。
 蒼がソファからベットに運び、着替えさせたので、後半は勘違いだ。
事実を教えようとも考えたが、聞いた芹香が羞恥心のあまり何を仕出かすか解らないから、訂正しないでおいた。
それが優しいか酷いかは、その人次第なので、どうとも言えない判断である。
「…そのことか」
 蒼は意味も無く数回瞬き、そんなことかと呆れた。
そのことは昨日帰ってきた当初で解決している。
それに、文句くらい聞いてやるという気持ちでいたのに、逆に謝られてしまった。
「……どうして忘れる、になる」
 少しばかり説明を貰ったが、蒼には未だ理解不能。
起こった過去のことで、しかも今更なことをどうしてこうも発狂しているのか。
「だって、」
「だって?」
「恥ずかしい…じゃない?」
 例えるなら、学校で好きな人の椅子に座って机に寝っつぷしてる所を見られたとか、そんな類だろう。
かなり大きな区分でまとめてはいるが。
 蒼には例える要素が思いつかないので、そう思うならするなと言いたくなる。
 価値観や感覚、発想のするしないの食い違いはいつものこと。
いつもの慣れで蒼は適当に返答する。
「あー…無理だな」
 朝から不毛だ、芹香には悪いが。
 一応、心では詫びておいた。
「ひどい!」
 適当感満載に芹香の頭をぽんぽん叩く。
阿呆みたいな態度も可愛いと思ってしまうのは重症かと思いつつ、どうせ治らないだろうなぁ…と思い直し、強制終了。
 何となく手の動作を撫でることに切り替えてみれば、芹香の髪が少し湿っていることに気づく。
それを察した芹香が「お風呂借りました」と言うので、蒼は短く相槌を打った。
俺も芹香が出掛けたら入るか、などとぼんやり思う。
 些細な、この雰囲気が、空気が、会話が良いと思う。
幸せだと感じる。
 傍にいたいと思う、離れたくないと思う。
 己を緩くなったと呆れ叱るべきか、素直に喜ぶべきか。
「…芹香」
「はぃ?」
 自分のことはさておき、芹香のことは本人になるべく早く言っておこう。
消極的に口を閉ざしたり、可笑しな勘違いや思い込みもするから。
無駄なことに悩むな、と何度言っても変わらない奴だから。
「俺がお前に鍵を預けた。だからお前の好きにすれば良い」
 遠慮することは無い。
事を恥じることは無い。
それを許したのは自分で、その気持ちに偽りは無い。
 男女には感覚のズレが必ず生じるし、個人でも違うから、支障無い程度ならばどう解釈しても構わない。
どう、家を扱っても構わない。
 それだけの信頼と愛情がある。
「そうっなのかもしれない、けど……そういう問題じゃないような」
「かもな」
 これ以上この話しを続ける意味も無い。
それに追求されるのも困る。
蒼はこういう時、沢山の言葉紡ぐことが出来無いから。
「それよりコーヒーくれ」
 誤魔化して話を逸らすと、芹香はむぅっと行き場を失った不満そうな感情を露わにした。
 それも見てみぬふり。
するりとその場から離れようとするも、芹香に服の裾を掴まれ、蒼の足が止まる。
「蒼、」
「…なんだ」
 嫌な予感がすると思いながら振り返った。
それとは予想外、芹香はもう諦めたご様子で、なんだかご機嫌に微笑んでいる。
 女の調子はさっぱり分からない。
色々疑問だらけだが、これだけは一生に解けないだろうと蒼は思っていた。
「――お帰りなさい」
 逢いたかった、寂しかった。
 言わない、言いたくない。
 芹香は必死に隠そうとする。
表情に出ているから無駄な努力なのだが、そこに本人が気づけていない以上、蒼は止めさせられない。
 だから、蒼は、無理をして、それでも逢えたことに喜び笑う芹香のために。

「……ただいま」

 もう一度、気恥ずかしいけれど、ちゃんと返す。
 昨日聞いたし返した、と言ってやろうかと思ったが、芹香は寝惚けていたし、あんな態度そう見れるものでも無いから、黙って蒼の中に秘めておこう。
悪趣味だが、言わなきゃ誰も気づかない。
 一緒になったらこの挨拶が毎日か。
 柄にも無いことを維持するのは大変だ、と蒼は心で溜息をついた。



back





×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -