We hold the future in our hands






 お仕事なんだから…と自分も忙しいし、そういうことで責めたりしない。
分かっている、解っているのだけれど、やっぱり心では寂しくて、構って欲しいと思っている。
 仕事の多忙さは同じ。
同じなんだけど、蒼の場合日本にいないってこともある。
芹香はただの徹夜作業、なんという格差社会…言葉の使い方が違う。
言ってみたかっただけ、見切りで言ってすみません。

「お邪魔します…」

 誰もいないと分かっていながらも、芹香はそう零しながら玄関のドアを開けた。
 芹香の家では無い、蒼の――今は主のいない――家。
蒼から預かって欲しいと言われた鍵を拝借しての訪問である。
 余談で、蒼が「合鍵、作るから持ってろ」と言ったが、芹香は頑なに拒んだ。
同棲でも無いのに貰うことは出来無いという芹香なりのケジメ。
蒼はよく分からなそうにしたが、そういうのは尊重すると折れてくれた。
 芹香からすれば、預かって欲しいと言ってくれたことで十分過ぎる。
蒼はその意味の凄さを知っているだろうか。
どれだけの信頼が必要か、言われたらどれだけ嬉しいか、気づいているだろうか。
「……真っ暗、」
 芹香にはありえないなーと思えるほどの家の広さ、ドアを閉めてから、ぽつんと玄関で立ち尽くした。
見慣れているはずなのに、ひとりだと寂しい。
 玄関の電気をパチンとつける。
明かりが灯るも、孤独感は拭えなかった。
「成長…してないなぁ」
 何もすることなんて無い。
 いつ帰ってくるか、予定日前後曖昧だと言っていたから、今日なんて確信はないのに。
蒼の場所を探しに来てしまった。
 帰ろう、無意味なことをするべきじゃない。
 そう思うのに、足が動かなくなる。
 早く逢いたい、その気持ちだけが募った。
溢れそうになる感情を抑える。
 待てないなんてことは無い。
待たせてしまう時だってあるから、我慢するべきだ。
 わかってる、わかってるけど。
 やっぱり、場所探しなんてしなきゃよかった。
いつも蒼の家ではふたり一緒に居たから、寂しさで心の器がいっぱい――いや、それから溢れ出そうだ。





 蒼は家のドアの前に立って鍵を出そうと探しかけた瞬間――やっと、芹香に預けたままだ…と、気づいた。
 忘れていた、ミスった、こんな時間に芹香を起こしに行くのも悪い、管理室まで戻り開けてもらうか。
疲れている割には早い思考、すぐさま決定する。
 こういう時マンションは良い。
そんなことをしみじみ思いながら、意味も無くドアノブを一度ばかし捻った。
出掛ける際、閉めてから確認でドアを開けてみようとする動作と類似している。
「ぁ?」
 ガチャン、開いた。
 嫌な予感がする。
それなりの日数、この家に帰っていない。
 泥棒でも入られたか。
そこまでセキュリティーは悪く無いと思っていたんだがな。
疲れているのであまり追加な事を増やしたくないが、起こってしまったのだから致し方ない。
 あらゆる状況を想定しながら、ゆっくりとドアを開ける。
「……ん?」
 女物の靴が綺麗に並べられていた。
 彼女は居るが、まだ同棲はしていない。
覚えのある靴、芹香のか。
「……ただいま…?」
 芹香に鍵を預けているから、彼女が来ている。
そう考えるのが妥当だと位置付け、一応ながら帰りの言葉を出してみた。
 言い慣れていないので、なんだか変な気分だ。
「………芹香?」
 返答が全く無い。
誰もいなかったらそれこそ辻褄が合わなくなる。
 とりあえず靴を脱ぎ、軽く髪をかきあげながら芹香を捜し始めた。
その流れで上着をソファの背凭れにかけ、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して喉を潤す。
 キッチン、ダイニング、寝室、うろうろ。
 何処にもいない。
 もう少し危機感を持つべきだが、そんな気全く起きなかった。
何処かに居る、という意味不明な確信。

「せり、」
 名を呼びかけるも、喉が詰まる。
 驚いた、という奴だ。
「……なんだ、こんなとこに」
 ソファに腰掛けようとした――ら、芹香がそこですやすやと眠っていた。
少し膝を曲げ、縮こまるように。
上着を投げかけた際にはソファの背中越しで気づかなかった。
なんという不覚。
 どうしてここにいるのか、家に入ったのか…なんて怒る気、更々無い。
蒼が家の鍵を預けている時点で、許している領域に入っているだろう。
「風邪引くぞ、馬鹿が」
 少し身体を屈めて、覗き込む。
 髪を撫でると、芹香はやっと身じろいだ。
人の気配すら曖昧なほど寝入っている。
 仕事疲れは自分だけじゃないな、と思いながら今度は軽く身体を揺すってみた。
「おい、起きろ」
 せめてベッドで寝ろ。
 初めて使う訳でも無いし、勝手に寝ていても気にしないのに。
遠慮かぼんやりうたた寝か。
 後者だな、蒼には容易く検討がついた。
「…ぅ、ん?」
 瞼が開いた、までは良い。
「ぁおい?」
 寝惚けているな。
零れる声からして、分かる。
「あぁ」
「ゆめ?夢かぁ…うん。それ、でも…うれしぃ……」
「は?夢じゃ――」
 芹香が蒼の首に腕を回し、抱きついてくる。
彼女にしては、手厚い歓迎だ。
帰宅時にされたことなど、そう有りはしない。
 夢だと思い込んでいる。
そこまで寝起きは悪く無いし、寝惚けたりしないはずだが。
 少しばかし蒼が動揺していると、芹香は更に摺り寄せてくる。
「おかえりなさい」
 ふと、今回の長期出張を伝えた際、芹香が見せた寂しそうな表情を思い出す。
隠そうとしていたから見ない振りをした。
その罪悪、痛みが今になって強く感じる。
 どれだけ寂しい思いをさせたのか。
言葉にしなくても、解る、伝わる。
「ただいま」
 優しく抱き寄せた。
 首に腕を絡ませさせたまま、芹香の背中と膝裏に手をやり、抱き上げる。
「?」
「風邪引く」
 そのまま寝かせるべきだ。
話は明日聞けば良い。
どうしてソファで寝ているのか。
どれだけ寂しい思いをさせたか、文句だって聞こう。
 出張なんて沢山あったのに、芹香が感情を露わにしたのは初めてだ。
否、行く前は表情に出ている。
だけれど帰って来た際には笑顔で出迎えてくれた。
 嘘がつけないくせに、遠慮して言えないのか、黙ってしまう…愛おしい人。

 寝室までそのまま運び、ベッドに寝かせる。
「着替えろ」
「ぅ〜?」
 うとうとしたまま寝巻きに着替える芹香の手伝いをし、脱いだスーツは蒼がハンガーにかけた。
 視線を戻してみれば、芹香はもう身体をベッドに投げ出し、すよすよと眠っている。
いつもならば、手間のかかる奴くらい思うが、今回は反省しているため、そう思わない。
 明日の予定は寝惚けて聞けないから、明日寝坊して怒られても知るか。
起きた際、寝巻きになっていることに驚いてろ。
 蒼は変な逆ギレをしながら、掛け布団をちゃんとかけてやる。
 ベッドに腰をかけて暫く芹香を眺めた。
髪に、額に、瞼に、耳に、頬に、顎に、首元に、軽く撫でる。
久しぶりに話して、触れられる、この溢れる感情の意味を、蒼なりに理解はしているつもりだ。
 手放すことは、もう絶対に出来無い。
「芹香…」
 寂しい思いはこれからもさせてしまう。
それでも傍にいたいから。
 そろそろ一緒になるべきか。
同じ家に帰ってくる方が良いと思う、それが解決出来ない問題の最善だ。
自分にとっても、芹香にとっても。

 指輪、どんなのにするかな。
そんなことを考えながら寝室を出る。
 シャワーを軽く浴びて、今日はすぐに寝よう。
 久しぶりに芹香の隣で寝られるのだから。


※『I'm home』に翌日編



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