That's my tactics






 何を熱心に見ているのだろうと思いはしたけれど、すぐには聞きはしなかった。
真剣で、聞ける雰囲気じゃなかった、という遠慮もある。
 信行が勉強も嫌いじゃないと零したこともあるから、新しいことに取り組み始めたのだろうか。
 なんだろう。
そんな前触れ、一度も無かったんだけどな。
 芹香は考え始めると視線がどうこうなど忘れ、じっと信行を見つめてしまう。
 女の視線は強く、とある国では相手の瞳を見続けないよう避けるほどだ。
芹香だからもあるだろうけれど、信行はすぐに気づき、顔を上げる。
「……気になる?」
「え?まぁ、それなりに…うぅん、かなり?かも」
「うーん、まぁやるしか無いか」
「信行さん?」
「作るから待ってて。見てたらすぐ分かるよ」
 ん?今作るって言った…?
 芹香はどきりとする。
料理をしない人がキッチンに立って欲しくないとかそういう気持ちは無い。
ただ、芹香が知る(元)ゴージャスの人々は料理の才能が無く、悪いイメージが植えつけられている。
「1度作って試したから大丈夫だとは思うけど」
 先ほどまではどうやら思い出しで復習していたらしい。
レシピを印刷をした紙を見ながら、信行は材料何処だっけと探し始めた。


 今ふたりがいるのは芹香の部屋でなく、河合荘の管理人屋――信行の部屋だ。
根本的に料理も食事も芹香の所だが、信行の部屋にも小さないながら冷蔵庫、最低限の食器や道具もある。
「……どうして作ろうって考えたの?」
 信行は芹香が料理をする人だから遠慮して作ろうとしなかった。
それなのにいきなり何故だろう、という不思議でつい芹香は聞いてしまう。
「芹香。今日、何の日?」
 やっぱり気づいてないな、と信行は隠れて溜息をついてから、振り返る。
「ぅん?えーっと…」
 最近とにかく忙しくて、曜日や日にちよりも出勤か休みか、くらいしか考えられなかった。
 はてーとしばし考える。
「あ、」
 3月14日、ホワイトデー。
もうヴァレンタインデーから1ヶ月も経ったのかーという気持ちも一緒に湧いてきた。
 芹香の中で2月は信行の誕生日もあって色々大変だからか、それが終わるとほっとしてしまう。
料理ならなんとでも努力とカンが冴えるけれど、製造されている商品に対しては信行の方が知識豊富だ。
流石昔はナンバーワン、店長として経営していただけのことはある。
 今年もかなり、芹香は悩んだ。
貰うならばなんだって嬉しい…が、信行は芹香がその時欲しいものを選んでくるから競りたくなる。
なんか悔しくて、彼のこと見ていないような気分になって。
 懐かしい。
まだ1ヶ月しか経ってないのに、芹香はそう思った。
「そのお返しに。何か手作りで返せないかなーって、ね」
「そっか…うん、有難う。楽しみに待ちます」
 誕生日はさておき、芹香はヴァレンタインにいつもはあまりしない、洋菓子を作っている。
手作りに手作り返し、ということのようだ。
 思い込みというのは凄い。
絶対に作らないと思っていたから、予想していなかった。
何かと勉強になった気がする、うん。
 そわそわしてきた。
待ち遠しい。
それに台所に立つ信行の後姿を見るのも新鮮で、楽しかった。
無性に背中から抱きつきたいとも思った。
邪魔になるから出来無いけれど、愛おしさで胸がいっぱいだ。
 信行はというと、手馴れた手つきで作業をしていく。
 チョコレートの固形物を細かく刻み、牛乳と生クリームを鍋に入れ、温まった所で刻んだチョコレートを加えた。
溶かしてから再度火にかけ…と日頃料理をしていない割に器用な動きをする。
 芹香は今度何か作ってもらおうかなーとひっそり思った。


「出来たよ。はい、芹香」
 それから少し、あっという間に出来上がり。
 軽く味見をしてから、マグカップにいれて差し出してくる。
「ありがと」
「自分にしては上出来、かな」
 ホットチョコレート。
なんか、凄く嬉しくて感動してしまった。
作ってもらうってこんなに嬉しいんだ、と作る側の初めてな気持ちである。
 芹香の隣に信行が腰を下ろした。
「あと、これも」
 綺麗にラッピングされた薄型長方形の箱。
 芹香の手は塞がれているので、手前にあるテーブルに置いた。
「有、難う…なんか沢山貰ってる気がする」
「はは、沢山じゃないよ」
 ヴァレンタインに美味しいの作って貰ったし、何か自分でも作れたらなーと後から思いついたこと。
プレゼントが先であって、後からホットチョコレートが付いてきただけだ。
「それは信行さんの勘違いだと思う」
「そうかな?」
 謙遜なく、本気でそう思っているようで、信行に首を傾げられた。
多分これは何度言っても変わらないから、言い争いはやめ、芹香が先に折れる。
「とりあえず、頂きます」
 後でそっちも開けさせて下さい、ともうひとつのプレゼントのことも言ってから、口に含んだ。
 チョコレートとあって甘い。
「ん、」
 だけれど、そういえば。
「コーヒーを入れてましたよね?」
 チョコレートを溶かした鍋に、熱湯で溶かしたインスタントコーヒーを加え混ぜ合わせていた。
 作ったことは無いが、それなりに材料は思いつく芹香でも予想外で驚いた。
「うん。レシピにそう書いてあったからね。変だった?」
「いーえ。私は好きかな」
「なら良かった」
 そう手間はかからないけれど、それなりに工夫は出来る。
ものによって、ホットチョコレートは食材が違うはずだ。
 うむ、これでこうなるのか。
芹香なりに解釈と満足、甘さをここでこうしめるんだなーとちょっとばかし料理人な舌で飲んでみた。


「ご馳走様でした」
「こんなものしか作れなかったけど、お粗末様です」
「十分ですよ」
 それ以上だと不安とかそういう次元じゃないなど言える筈も無く、ただ笑って嬉しかったことを伝えた。
 信行が空いたマグカップを寄越すよう手を差し出すので、渡すと、流し場に置きに行く。
「開けても?」
「どうぞ?」
 その背中を目で追いながら、芹香は手前に置かれたプレゼントの方に手を伸ばした。
「…ん、った」
 なんかさっきからヒリヒリする、といつにない違和感を感じる。
 紙で指を切った時みたいな感覚。
いつもそんなこと無かったから、鈍かったのもある。
「芹香?」
 短くも高い声に戻ってきた信行が不思議そうな表情をした。
「…舌。やけどしてたみたい」
「熱過ぎたか」
 思い当たる節があるとすれば、先ほどのホットチョコレートくらいだ。
「うぅん。あういうのは熱いから美味しいの」
 出来立てが良いみたいな発言をしながら、信行が悪い訳じゃないことを主張する。
別に少しぬるくなっても良い方だが、作る側の観点からすれば出来たものはすぐ食べて欲しい。
「そう?なら良いけど」
「うん。気にしないで」
 止まっていた手を再度伸ばし、テーブルに置かれたプレゼントを取ろうとした。
 拾い上げる前に、信行の手が重なる。
ストップということだろうか。
「…信行さん?」
「……芹香、舌出して」
 出逢った頃に比べたら随分と年下に向ける口調っぽさが抜けた気はするが、逆に悪化した所もある。
過保護というか、大事にされているのは良いのだが。
 不満というより子供じゃないですよという拗ねた気持ちが湧くも、素直に舌を少し出した。
 すると信行の手がするりと芹香の後頭部にまわる。
「え?」
 気づいた時には顔が近くて、慌てる前に唇を塞がれた。
 油断した、に尽きる。
舌の侵入をあっさり許したのだから。
 信行の舌が咥内を撫でる。
軽いキスもなく、いきなり深いと脳がくらくらしてきた。
 息が苦しい。
 それでも、止めて欲しくないと思った。
もう酔っている。
その雰囲気に、感情に。
 自分って単純というか、流されやすいというか。
 もうどうすることも出来なくて、芹香は自分から求めるように舌を絡めた。
「んっ」
 縋りついて、もっと欲しいと願う。
 水音が耳に届くたびに羞恥のあまり、己の耳を塞ぎたくなるが、その方が悪化すると知っているので行動には移さない。
信行にワザと両耳塞がれたとこがあり、経験によって、だ。
あれはイジメだ、もう別の意味で死にそうだった。
「っ……あまいね、やっぱり」
 唇が離れた。
名残惜しいとぼんやり思う。
「荒治療だけど、どうだった?」
 どれがどうで荒治療という解釈になるのだろう。
 信行が芹香の濡れた唇を指でゆっくり撫でた。
その動作だけで、許してしまいそうになる。
怒りたかったのに、怒れなくなる。
「ずるい……」
 もう舌の感覚が分からなくなって、やけどとかそれどころじゃない。
チョコレートの甘さすらも抜けてしまった気がする。
 芹香は信行に身体を預けた。
もう何も言えない。
「ずるい人」
 せめての反発に、と芹香はぎゅっと抱きついた。



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