and I close to you






 いつものように、突然やってきた。
だけれど我が侭な台詞もなく、無口で、何処かおかしい。
今回はどうしたのだろう。
稀にある、彼の闇を垣間見えた。
「マコト君…?」
 原因はそれなりに限られている。
興味が無いことにはトコトン無神経で素っ気無いかわりに、固執しているのに対してあからさまな動揺を見せた。
ある意味はっきりし過ぎている。
 理由など、ちゃんとは知らない。
話して欲しいとは思うけれど、無理にして聞くことでは無かった。
だから、本人が話してくれるまで待つことにする。
「何かあったの?」
 問いかけてみる。
 テーブルの近く――いつも御飯を食べる場所――にマコトが座ったので、芹香はその前に腰を下ろした。
少し影が落ちた暗い顔を覗き見する。
「何か、あった」
「……そぅ」
 これ以上は聞けそうに無いな。
 芹香はそう位置付け、何か飲み物でも出そうかな、と立ち上がろうとした――が、腕を掴まれ、再度ぺたりと座り込む。
 えぇっと?
 傍にいた方が良いのだろうか。
 芹香の部屋に来る時点でそう考えるべきなのだが、本人はいきなりで慌てて、そこまで行き着かなかった。

「ねぇ、僕のファーストロゼ」

「ぇ?わっ…!」
 マコトが芹香を抱き込んだ。
腰に手を回して、離さないようがっちり拘束する。
「芹香」
「なあに?」
素直に感情が顔に出ているとマコトは自覚していた。
見られたくない、だから芹香の肩に顔を埋める。
 芹香の匂いだ。
 少し摺り寄せ、強く強く、抱きしめる。
すぐ傍にいることを確かめたくて。
「った…マコト君、痛、い」
「ちょっと黙って」
 確かにきつかったかな、と思いはしたのでマコトは力を緩めた。
それでも離さないように、逃げられないように、引きとめようと、気にかけた。



 カチコチと時計の針が時間を刻んでいく。
静か過ぎて、いつもは気にしない音が気になった。
 芹香はどうすれば良いのかさっぱり分からない。
抱きしめられていることに動揺しているのか、心拍数が上がっていく自分に慌てた。
どうしようどうしよう、と声では叫んでいるも、ある一面は冷静で、マコトの行動にされるがまま、待っている。
 気持ちと身体と感覚と心が見事にバラバラなことが何だか可笑しい。
「君は思い通りにならないね」
「…え?」
「どうしてかな」
 思い通り。
 そんなに命令されただろうか。
そんなに拒んできただろうか。
「マコト君…」
 芹香は自分とマコトの思う感覚が随分違うことに、少しずつ気づいていた。
同じ食べ物を食べて、辛いと思うか、辛くないと思うか、もっと辛い方が良いと思うか、そういう次元の味覚以外のこと。
根本的な正しいや間違えではなく、個人差というものだろう。
「面白くないから…じゃないかな」
「どういうこと?」
 人は人形じゃありません――と、言いかけたが、なんとなくそれはマコトに出してはいけない言葉だと思った。
だから、そうじゃない言葉を選ぶ。
「自分の思い通りになったらさ。便利だし楽だけど、何かが足りないと思うわ」
 芹香は自分が思った通りに動いて欲しいなんて思ったこと、そう滅多に無い。
自暴自棄みたいな、ちょっと平常心に保てなかった時に思ったことはあるけれど、あれも一瞬だけの気持ち。
そんなことずっと思っていたことなんてなかった。
 でも、マコトはよく思うのか、よくそう零している。
「足りない、ね」
「うん。マコト君にそう思って欲しくないから、私は思い通りになってあげないのかも」
「なんか、芹香。偉そう」
 偉そうにしているのはワザとだ、と言うべきだろうか。
 黙って騙すべき。
少し悩んでから、芹香はそう考え付き、そこには触れないでおいた。
 そうだ、一度は言いたかったことを、今ここで言ってみよう。
「……壊すのは簡単よ」
「うん?」
「言うのもするのも簡単だってこと。私だってあっさり壊れちゃうわ」
 初めてマコトに言われた時は恐かった。
その後思い返して逆ギレしそうになった。
そして、ちゃんと自分の意見を言おうと、思っていた。
「でも直すのはその何倍も、何十倍も難しくて大変だと思う」
 小さい頃、学校で作った工作を落として粉々にしたことがある。
何にも言い表せない新しい気持ちを知って、戸惑った。
 いつから苦しいことばかり覚えてしまうようになったのだろう、大人になっていくのだろう。
 そう、不安になった時もあった。
 でも、いつのまにか考えなくなる。
放棄した訳でも見ないふりとかでもなく、誰もが思う己の成長の過程にただ戸惑っているだけと思えば、どうでも良くなった。
ただ、それだけのこと。
「マコト君に直したいものがあるとする。ちょっと手が足りないなら、私がお手伝いするよ」
 ひとりじゃない、誰かと何かを共有する意味を解って欲しい。
「別に、いらないよ」
「思った時があればってこと。私はマコト君のお手伝いがしたいの」
「余計なお世話」
 言っていることは酷いけれど、口調は少し明るい。
 悪い気分はしなかった。
「もし、僕が芹香を…壊しても、そう思う?」
「壊れないし、壊させない。私、強くは無いけど、柔じゃないんだから」
「……嘘くさい。さっきと言ってること違うよ」
 壊れると自分で言ったくせに。
「あ…はは。矛盾してる、かも」
「かも、じゃないし」
 芹香は自分で矛盾したことを言っていることに気づき、何も言えなくなった。
 でも、頑張ってもらうための嘘くらい、付けるようになりたくて。
臨機応変、壊そうとするなら歯向かいますよ、と言うことにしておこう。
「マコト君」
 少し力を入れて、緩みかかった拘束を引っぺがす。
 マコトと視線を合わせてから、芹香は笑った。
「私はマコト君の傍にいるよ」
 ずっと――と言ってあげない。
思ってはいるけれど、いつも素直に言ってくれない人だから、自分だって素直に言ってあげない。
「………どうも」
 頬を赤らめながら、どういう表情をして良いのか分からない困った顔で、マコトが返してくる。
 今はそれで良い。
重たかった空気が消えて、安心した表情をしてくれるならば。



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