The cycle of the seasons
「なぁ、里桜。芹香ちゃんが『香』でバイトしてるのって本当か?」 定休日の水曜、しかもフリーだからとやってきた竜崎に里桜は顰め面をした。 あんたもかって気もしたし、今頃かという感じもある。 接待するには大変失礼な表情ではあるが、里桜なので竜崎は全く気にしていない。 「そうだけど、何?私じゃ嫌なの??」 『香』に来て指名しておきながら別の子の名前か、と里桜は睨みつける。 芹香だからとか関係無く、誰であろうと嫌だ。 「そんなこと言ってねぇだろ」 それを読み取ってか、竜崎は少し苦笑して誤解を解いた。 しかも芹香は雑用全般で指名や交代など関係ないのにその言葉もどうかと…と思ったけれど、そこは触れないでおく。 「……それ。誰に聞いたの?」 芹香は隠れてアルバイトをしていた筈だ。 特に『ゴージャス』のメンツにはバレたくなかったのに、何処から漏れているのだろう。 「天袮さん」 不注意で零した言葉を拾って聞きだしただけ。 「あ、そう」 そう説明した竜崎に、里桜は素っ気無い返答を返した。 名前の言い方は、どれだけ尊敬しているかあからさまだ。 名を馳せたホスト歴も長い竜崎が下で働こうと思わせられる人――天袮一星。 里桜にはあまり接触が無いのでよくは知らなかった。 店には来てくれるけれど、柊子ママが専属みたいな感じだし、里桜も『ゴージャス』では竜崎しか指名しないからもある。 印象と簡単な会話からしても、業界の中では朗らかだと思う。 結構ギスギスした鋭く腐った輩も多い中、好印象。 竜崎が好きならば、里桜も好きになれる気がした。 こう、竜崎が誇らしげに笑うと妬いてしまう面もあるけれど。 「芹香ちゃん、上手く築けてんのか?」 「そうね――」 築ける、というのは交友関係のこと。 男同士も勿論あるけれど、女同士で人数が増えると、どろどろとした空気を作り出す。 竜崎はそれを知っているので、そう聞いたのだろう。 初めは珍しい異例バイトに、柊子が決めたことだからと誰も文句は言わなかったが、心で何かしらの不満はあった。 多分大半が意味の無い妬みなのだと思う。 それだけ柊子は尊敬と思われがあった。 それも時間の経過、日々のちょっとした出来事で和らいでいく。 アルコールでやられた胃に優しい食べ物を作って帰っていったり、多々色々で女の心も鷲掴み、優しさに落ちた。 「そっか。あの子、料理上手いもんな」 「え?直夜がそう思ったの…?」 意外だ。 なんだって同じ、だから料理選んでくれとか言う男が。 納得出来る味だと知っていたけれど、竜崎が褒めるとは思わなかった。 「……ちょっと待って」 先ほどから、何か違和感が拭えないともやもやしている。 なんだろう、何か忘れているような。 ひとつは解決した、理解した、何かの前触れかな、とかちょっと先を考えた。 そこは良い。 それじゃなくて。 「どうした?里桜」 「考えさせて」 「はぁ?」 何か問い詰め忘れてる。 ここで聞かなかったらもう聞けないような、そんな気がした。 だから焦る、そして全て女のカンだから、どうしてかなんて聞かれても困る。 「……分かった!」 「はい、何だ。里桜」 里桜の態度が可笑しいのか、竜崎は微笑んだ。 本人もちょっと珍しい行動と態度かもと思っていたので、腹立たしくなる。 「そこ、笑わない!そうじゃなくて、直夜は何処で作って貰ったの…?」 里桜は『香』で食べさせて貰った、芹香がバイトで来ている場所で。 でも、目の前に居る男は、何処で? 「俺?河合荘しか無いだろ」 竜崎の簡単な経緯――家が燃えて引っ越した先に芹香が住んでいたから――だけ知っていたら納得するだろう。 もっと、彼の性格を知っているならば…それは出来無くなる。 「直夜…アンタ、」 「ん?」 鈍感と言うほど思考がとろい男じゃない。 気づいているからバックレているのか、今の展開がただ付いていけないだけか。 分かってないなんて言わせない。 この男は、女は客として、一線引いているのに。 馬鹿、あんた…もう、戻れないわよ。 今はただ小さなことなのかもしれない。 でも、いつかは戻れなくなる。 言えなかった、竜崎がきょとんとした顔で里桜を見ているから。 少しでも怯んだら言えたのに。 「……芹香もそこなんだっけ」 感情が露わに漲る性格を必死に抑えた。 平然と見せようと、里桜は会話の流れを自ら戻す。 「そ。芹香ちゃんは結構前から住んでたみたいだけどな」 気持ちが何処に向かえば良いのか分からない。 怒れたら簡単なのに、妬けたら簡単なのに。 里桜は自分が女と友情を築きにくい、難しい女と自覚はしていた。 その割りに、芹香のことは好きになれた、多分――嫌われたら結構キツイ。 馬鹿な直夜、愚かな私。 里桜はそんなことを思い、軽く溜息をついた。 「里桜?」 女の心なんて分からないと言う割りに、根から職業病がついているのか、気配りだけはピカイチだ。 いつものように竜崎が里桜を心配する時に見せる表情をして様子を窺ってきた。 「何かあったか?」 「あったし、無かった。なんでもないわよ、直夜」 なんとなくだが人は少しずつ良くも悪くも変わっていくと感じた。 寂しい気持ちもあるけれど、自分もそうなのだからお互い様だろう。 言うつもりは無い。 もう問いただすことも必要なかった。 お節介も何かを崩すことも、里桜は好きじゃないし、竜崎も好きじゃないし拒むから。 「そうか?」 どっちが客か分からない態度である。 里桜も竜崎以外の前ではちゃんとしているのだが、つい彼の前だと緩んでしまいがちだ。 向こうが気にしていないのもあるだろう。 「あ、そうだ。里桜」 「何よ」 気分を変えようとしてくれているようで、竜崎が名案といった声を上げる。 「今度里桜も芹香ちゃん家でご馳走になれば良い」 「…あのねぇ」 何処が名案なのだろう。 思いっきり竜崎が何かするんじゃなくて、人を使ってではないか。 しかも芹香からしたら巻き添えと言ってもおかしくない。 「芹香に悪いわよ」 「まー頼み込んで。俺が厄介になる時にはもう三人目の時点で諦めたとか言ってたし」 竜崎が越す前から、芹香に話は聞いていたので目に見えた光景でもある。 可哀相だと思ったし、なんとなく羨ましいとも思っていた。 芹香に、じゃなくて芹香を取り巻く男共が、だ。 客や接待など関係なく、人と御飯が食べれることが、羨ましかった。 ひとりになりたい時はある。 でも、ひとりになりたくない時だってある。 竜崎はその里桜の心を読み取って言っているのだろうか。 そうじゃなくてただ、里桜と同じ気持ちを感じたから誘ってくれているだけだろうか。 どちらでも構わない。 「そうね。頼んでみようかな」 「お、意外に乗り気じゃねーか」 「そっちが言ったのに、何?」 変わっていく音が聞こえる、見える、感じる。 里桜はそう、思った。 瞳に映る竜崎も一緒に、もう変わらないと思っていた内面が、少しずつ、変わっていく。 ※『Maybe you're not alone』にその後あり back |