Just I wanna be with you
いつからだろう。 母親の愛から、女の愛が欲しいと思えるようになったのは。 男ってのは大小ともあれ母親に対する思いを引きずる――と、聞いたことがある。 女の子が父親に「パパのお嫁さんになる!」というあの思いと似たり寄ったりだと思う。 おれだってそれに属しているから否定はしない。 その手にし損ねていた母性愛がいらなくなった――というより、執着心が馬鹿くさくてどうでも良くなり、それより大事なものを見つけたあの時、欲しい愛が変わったのだと、ちゃんと分かってる。 芹香も後々ながら気づいているそぶりがあった。 なんていうか、許してくれた抱擁力ってやっぱ凄いよなぁ。 女の人って強いよね。 うん?今はからっきり母親の愛なんて求めて無いよ。 あの人はあの人って割り切れるようになった。 それに、おれは芹香がいないとダメな人間になっちゃったくらい愛してるから。 子どもが出来たら、その子にも妬いちゃうくらい、芹香が大好きだよ。 なんかもっとダメになってるような。 いやいや、そんなことは無いよね。 幸せなんだ。 嬉しいんだ。 変われたことが、君の傍にいられることが。 自分の心にそれなりの余裕が持てるようになったのは、ここ最近。 芹香を手に入れたばかりの頃はそれどころじゃなくて迷惑かけたよね。 あぁ、でもさ。 あの時からずっと、ただ傍にいたいと、それだけは強く想っていたよ。 一定のリズムで刻む包丁とまな板との接触音。 しゅんしゅんと鍋の蒸気らしき音も聞こえる。 料理のお仕事に就いてる訳でも無いのに、圧力鍋を普通に使っちゃうハタチ過ぎの子って今日いるかな。 というより一人暮らしでそれを持っているって作らねばならない義務の域を超えてる。 そんなことをぼんやり思いながら、瞼越しに感じる明かりに一瞬くらりと来た。 そろそろ起きよう。 ゆったりとした気分で身体を起こし、背筋をひと伸ばしする。 「んー…ふわー……」 「玲司君、おはよう」 実際はもう昼を過ぎているのだが、そんな嫌味は言わない。 「おはよー芹香ちゃん」 キッチンから振り返った芹香は、玲司の発言に起きてないなぁと呆れた。 もう少し御飯は後の方が良いかな…と思いながら、タイミングよく計っていた圧力鍋の時間が来たので、火を切る。 中断しても良い具合、作業を止め、軽く手を水洗いしてから、玲司が居るベッドに近づく。 「いつもより早い時間だけど。もう起きる?」 「ぅん?そうなの??」 「そうなの」 目覚まし時計を玲司の目の前に見せて、時間をお知らせする。 視点があっているのやら、分かってい無いような感じで、玲司は分かったという頷く。 「芹香ちゃん、お仕事は?」 やっぱり時間分かってない、と芹香はひと溜息。 今の時間まで家にいたら社長出勤、新人社員としてあるまじき行為である。 「今日は日曜日、休日出勤もありません」 「あー…そっか」 曜日感覚あんまりないや、と言いかけるも、怒られると思い踏みとどまる。 職業状、昼夜逆転な仕事時間は勿論のこと、金銭的にもアルコール摂取量も、イベントへ忘れなさも色々ぶっ飛んでいた。 それを言い訳にすると芹香は良い顔をしない。 あまり胸をはるべきでもないから、玲司は言わないでおく。 「芹香ちゃん」 玲司は軽く目を擦ってから、芹香を見直した。 優しいな。 起きたら触れられる所に来てくれる。 こういう小さな気持ちや行動が大事で、嬉しくなる。 「なあに?」 寝惚けているのが面白いのか、芹香は微笑む。 どうせ年下みたいな感覚で可愛いなどと思っているのだと玲司は分かっていた。 同じなんだけどな…と心で嘆きつつ、するりと芹香の首元に腕を伸ばす。 「一緒に、寝よ」 「それはダメ」 「えぇ〜…なんで?」 意外にも即答で断られた、手厳しい。 「ただでさえ時間の間隔ずれてるのに、ここで昼寝したら夜寝れないでしょ?」 「うーん。なら同伴して、『ゴージャス』に行けば良いんじゃない?」 「玲司君。さっきの話聞いてた?今日は日・曜・日!」 「あーそうだった」 そういえばそうだったな。 分かっていた筈なのだけれど、すっかり忘却の彼方に飛ばしていた。 本当はそこまで眠たくない。 起きろと言われたらちゃんと目を覚ませるし、御飯にしようと言われるのも大歓迎だった。 でも、なんとなく起きたあの時。 キッチンで料理を作る芹香も良かったのだけれど、ひとりしか寝そべっていないことが凄く嫌で。 起きたら傍にいない寂しさを感じた。 ちょっと拗ねているだけなんだと思う。 なんという我が侭。 玲司はそんな自分に苦笑した。 抱きついているので、表情は見られて無いと思う。 「芹香ちゃん」 べろりと耳を舐める。 最近甘い声だけでは揺るがなくなったというか、必死に耐えるようになった(その姿も可愛いのだけれど)ので行動あるのみ。 「ひゃっ」 奇声と一緒に一瞬ばかし芹香の身体がビクンと震えた。 予想もしていなかった行動のようで、あからさまな反応をしている。 その隙に玲司は自分の方に引き寄せた。 雪崩れ込むようにして芹香を拘束し、ベッドに寝転がる。 「玲司君っ!」 「ちょっとだけ。良いでしょ?芹香ちゃん」 「いーや。御飯はどうするの」 「勿論食べます」 「離してくれたら食べても良いです」 思った以上に頑固だな、いや譲らない辺り自分も同じか。 そう思いはしたが、抱きしめてしまうと離したくなくなる。 首元に顔をうずめて、芹香の匂いを感じた。 「離さなくても、芹香ちゃんは拙者に馳走してくれると思うでござる」 「自意識過剰ね」 「そうかなー」 眠たくないと思っていたけれど、気持ちよくてうとうとしてきた。 ふっと首に息をかけて、そのまま玲司は目を閉じる。 もう聞かぬ、おれの勝ちでござる。 「ちょっとっ…!もう!」 「降参して、ね」 もう少しだけ、だから。 おやすみ。 傍にいて、一緒に起きよう。 back |