It is the calm before the storm
※『What on earth are you doing?』のその後 秘密のアルバイトが見つかってしまい、極地に立たされかけたが、お説教もさほど無かった。 否、あったのだろうけれど芹香が思ったほどでは無かった。 長めの小言と、バイト上がりに飯を作って欲しいと言われたくらい。 それなら任せて下さいだから見逃して下さいお願いします、というまとまりだったと思う。 芹香はそんなことを思い出し、なんとかなったと安心しながら、ちらりと隣にいる香希を一瞥する。 彼の手には買い物袋。 仕事帰りに直接バイト先に向かったのと、最近食堂化しつつあるため冷蔵庫の中身はカラに等しい。 軽いもので良いと言われたが、それでも足りない物がちらほらあって、駅前24時間営業のスーパーに立ち寄り、今に至る。 その際、24時間にするとどうなるかという香希の意見を聞かされたが、それもさほど悪く無い――というより慣れた。 やはり慣れというのは恐ろしい。 今やひとりではなく、マコトや香希も含むのだ。 ぶっちゃけ最近「ふたりも三人も変わらないか」になり、芹香としては複雑な心境とになっている。 「こ…神崎さん」 「なんだ」 香希と呼びかけたが、彼は場によって名前に対し拘りがあるので、それに合わせた。 色々な事情が絡まって源氏名を持つ神崎がいるのだ。 本人の意思を無視するべきじゃない。 「……なんでも無いです」 「はっきり言え」 中途半端が一番タチが悪い、と言われているような睨みに、芹香はすぐ折れた。 どうせ怒られるのに変わりはないということ、なら言ってしまえ。 「神崎さんとスーパーの買い物袋って合いませんね」 「はっきり言ったな、お前」 「言えって言ったのそっちですから」 知りません、素直に言ったまでです。 芹香はふんとムキになっていうと、香希は眉間にシワを寄せたが、すぐに崩し、少し笑った。 「スーツ着てる男なら大半似合わないと思うがな」 偏見でもあるけれど、それもあながち間違えでは無さそうだ。 予想以上に香希の機嫌が良いなぁと芹香はぼんやり思いつつ、「そうですね」と相槌を打った。 深夜を過ぎているとあって、辺りは静寂に包まれている。 電灯の明かりが点々と続き、たまに置かれている自動販売機の蛍光灯くらいで、家は真っ暗なところばかりだ。 眠る時間――なのだろう。 だけれど、『ゴージャス』の店員と客だったりする香希と芹香には慣れているので若干眠たい程度、まだ身体は動ける。 こういう慣れはあまりよく無いな…と互いに思ったが、会話に出なかったので同じことを思っているとは知らぬまま。 靴の音がやけに響いて気になる。 こつこつ、とバラバラだったり重なったり、違う音程の高さがふたつばかし。 何を話して良いのか分からなくなる。 別にずっと話していなければならないという気持ちも無いのに、静か過ぎると何故か焦った。 暗いけれど真っ暗では無いので、顔を覗かれたらどんな表情をしているか気づかれてしまう。 なるべく隠しておきたい。 意味も無い焦りなんて、知られたくなかった。 落ち着け、落ち着いて。 芹香はそう繰り返しながら、気を紛らわせるために夜空を見上げた。 家の明かりが無いからか、いつもよりは星が見える気がする。 電灯が邪魔して沢山は見えないけれど。 太陽は沈んでいるはずだ、月明かりだけのはずなのに、夜空が明るく見えるのは勘違いでは無さそうだ。 少し先の都心が輝いているから。 『ゴージャス』の付近なんて特にそう、あそこは眠らないけど朝が弱い街。 こんな時、無性に実家へ帰りたくなる。 たまには帰って来いという両親からのメールが来ていた。 女の子にしては帰省してないと芹香は分かっている。 ちょっとスケジュールのやりくりをしよう。 親不孝なんてレッテルだけは貼られたくない。 これこそ意地だ。 「静かですねー……」 「当たり前だろ」 冷たいなぁとは思うが、こういう反応以外だと逆に驚いてしまうだろうから、文句は言わない。 「確認ですけど、明日…ってもう今日か。今日の出勤前にも作るんですよね?」 買い物中に、明日の出勤前にも作ってくれと言われたので、材料は一緒に買い込んでいる。 連続で魚以外のメニュー決定。 玲司の「ハンバーグはー?」が目に見えていたが、それは合えて選ばなかった。 彼の場合、いつでもそう言うからだ。 「そうだ。何度も言わせるな」 「2度目ですけど」 作ってもらう側なのにオレ様だなぁ。 最近それすらも諦めたのか、慣れたのか、苛立たなくなった。 「1度で十分だろ」 「そうですねぇ」 「気抜けた返事をするな」 「はあい」 「お前な…!」 投げやりな芹香にカチンと来たのか、香希が睨んできた。 あれ、なんだか久しぶりに目が合った気がする。 そんなことを思い、芹香は変に慌てていた気持ちが落ち着いていることに気づく。 なんだったのだろう。 さきほどから絡み合った思いを解くことも出来ず、ただ悪化させているような。 「うーん…」 「……どうした?」 予想外にもいきなり思案し始めた芹香に、香希は怒る気が消失する。 こう辺にテンポが噛み合わなかったり、可笑しな行動をされると、手に負えない。 自分の態度は悪く無いが、頭がイカれたかという感じで香希が芹香を覗き見すると、ばちりと視線が合う。 「何なんでしょう…」 瞳に映る男は複雑で曖昧で、奥で感じる漣はなんだ。 何か、あるのかな。 これから先なんて分からない。 後悔なんて先に出来無いし、するものじゃないし、今が大事だと思うから考えるべきじゃないのだけれど。 こんな時間が続けば良いと思うのは間違えだろうか。 「それは俺の台詞だ」 ぽけっとした感想に、香希はさっぱり意味が分からないと、芹香の頭を軽く叩く。 「ったぃ」 「着いたぞ」 目の前に河合荘、芹香は「あ」と短い声を上げた。 いつのまに着いたのだろう。 「早くしろ」 香希が先にカンカンと階段を昇っていく。 「もぅ。置いていかないで下さい」 叩かれた場所を少し撫でながら、芹香が不満そうな声をあげた。 朝も近づいてくるので、軽食程度なものを――と、芹香は取り掛かる。 香希はというと何処から持って来たのか、昨日の夕刊を広げていた。 いつもならば『ゴージャス』出勤前に読んでいると聞いていたので、芹香は何も聞かないし驚かない。 玲司と違って香希から沢山のことを喋らない、相変わらず静かな時間。 「……お前といると眠くなるな」 ぽつりと、香希が零した。 芹香は聞き間違えかと思って振り返ったが、香希が欠伸をしているので正しいと判断する。 「それ失礼過ぎませんか」 料理を作ってもらい待ちなのにという気分で返すと、香希は軽く首を傾げ、複雑そうな表情を見せた。 「なんでだろうな」 俺にも分からない。 芹香が何だか変だなぁと自分の気持ちに疑問を持っているように、香希も何か纏わり付く気持ちに可笑しさを感じていた。 back |