It's so complicated






「よ。てっきり同棲してんのかと思いきや、まだ一応ひとりなんだな」
 玄関プレートを見てそう言ったのだろうけれど、余計なお世話だ。
こういうのは大事にしたいっつーか飯作りに来てくれたり寝泊りも多いから十分同棲まがいだって。
 初っ端の挨拶がこれな弟もどうかと思ったが、変わりなく元気そうなので苦笑程度に留めておいた。
文句言うのも不毛だし、なんだか恥ずかしいからもある。
 今もパリに留学中の桂太だが、彼女の希美がよく帰省するからか、便乗してよく一緒に戻ってきていた。
良い傾向だと思う。
ひとりの時はさっぱり帰って来なかったから。
 今回もそれなので、涼太の所に行くと連絡が来た時に驚きしない。
ちゃんと芹香にも連絡し、桂太より先に来て料理を作りに来た。
 すたすたと中に入っていく桂太の背中を見ながら、機嫌の良さそうだと涼太は分析する。
うーん……と腕を組んで思案し、壁によりかかった。
 これはどういうことだろう。
 実のところ、桂太の機嫌がどうか気になっていた。
何故って今キッチンでお持て成しさせてと買い物袋を手にやってきた芹香の機嫌が最悪だからだ。
 ちょっと自分のことかな、と思ったがケンカはしていないし聞いてみた所、彼女の笑顔で「桂太君、抹殺」とか言ったから桂太のことなのだろう。
すぐ顔に出る真っ直ぐで素直な芹香だから、そこは疑うべきじゃない。
だけれど、あっさり暴言を吐くような子でもないから、凄く不思議だったのだが、答えの糸口はさっぱりだ。
 何なんだか。





 見慣れた後姿だけれど、何度見ても愛おしい。
自分家のキッチンのように何処に何があるのか、ここ家の主より知っている芹香の動きを涼太はダイニングテーブルで見ていた。
 そしてちらりとリビングのテーブルを占領してスケッチし始める弟を一瞥する。
涼太とその奥の芹香を描いているようだが、勢いで鉛筆が動き、こちらには気づいていない。
夢中に何か取り掛かる弟が兄としては嬉しいのだけれど。
 しばし思案、涼太は自分から首を突っ込むべきじゃないか…と、行き着き時の流れに身を任せることにした。
 芹香の料理と桂太のスケッチの音を聞き、ゆっくり瞼を閉じる。
幸せなんだけどなぁ…ちょっと不穏なオーラさえなければ。
 どれくらい経っただろう。
少しかもしれないし、結構時間が経ったのかもしれない。
涼太は時間を見ていなかったので曖昧だ。
 桂太がスケッチを止めて涼太の向かい側に座った所で流れが変わる。
「あー疲れた。良い構図をどうも」
 何が良いのか分からないが、桂太が良かったのなら涼太にはそれで満足だ。
軽く相槌だけ打つと、桂太が不思議そうな面をし、やや沈黙。
双子の兄を些細な様子で読み取ったようだ――今頃。
「どうし…あぁ?芹香ちゃん、どうした??」
 やっと芹香の不穏なオーラに気づき首を傾げる。
 そこまで鈍い男じゃない、でもこれはワザとでもなかった。
本気で気づいていなかった弟に、涼太は項垂れかける。
「どうした?ですって??」
 オウム返しと共に、振り返りひと笑み。
 持っていた菜箸がバシッ!と折れた。
折れた、そう折った。
「……せ、せり、か?」
「りょ、涼太。芹香ちゃんってこんな子だったっけ?」
「いやいや、どっちかというと心のことは秘めちゃうし、逆ギレしないというかこういうの初めてっつーか…桂太何したんだよっ」
「はぁ?!そっちが原因じゃないのかよ」
 向かい合って座っているので、双子して身を乗り出し、ひそひそと小声で会議するも、全く解決の糸口無し。
キッチンとはカウンター越しで繋がっているので丸見えなため、芹香には油を注いでいるようなものだ。
 余談だが、芹香の気がもっと勇ましかったら折った菜箸を投げつけていただろう。
「自覚無き親友の彼氏さん?」
「…ん?なんだ、希美のことで何か」
 一瞬ばかし親友が誰か分からなかったようで、桂太はしばし悩んでから軽く頷いた。
それも芹香にはマイナスポイント、悪化する。
「何かっ!あるってあるに決まってんでしょ!!」
「ぇ、あ、はい」
 圧倒されて、珍しく桂太が押し黙る。
 距離は若干あるのに、そうさせられてしまうのは気合の差だろう。
別に原因無き涼太でも脅えそうになった。
「別にね、ふたりのことにとやかく言いたくはありませんがっ」
「おぉ」

「希美を泣かせたなら、理由なんていらないの!」

「………は?」
 桂太は今だよく分からなそうな面をしたが、涼太は何のことか、予想していたのと合わせ、それなりに理解した。
どちらかといえば、やっぱりそっちかーという気持ちもある。
 桂太からすれば強きやまとなでしこな希美と口喧嘩はよくするし、泣かせたことも多々あるので、それだけではさっぱりだ。
 まぁ、そこも芹香にはマイナスなんですけどね。
「久しぶりに日本に帰ってきた希美が逢っていきなり泣いてきたの…原因なんていらない、どうでも良いわ!!」
「そう、ですか」
「えぇ。有罪」
 笑顔が恐い、そう感じるのは今だろう。
 一応相槌は打っているつもりなのだろうけれど、半分は「涼太どうにかしてくれ」という感じだ。
片手がぶらぶらと涼太の方に向かって揺れ、ヘルプを訴えている。
 涼太としてもどうにか弟を助けたいが、こういう芹香は初めてでどうすれば良いのか分からない。
 親友のことになるとこうなるのか。
希美ちゃんが言ってたたまにある勇ましさってこれか〜なんて納得したり、自分じゃどうすることも出来無いような、とか。
「涼太の所に来ることは良いと思うけど、その前に仲直りして、来な、さい!!!」
「つかなんで泣いてんだ、あい――」
「理由ごと聞いて来るの!!」
「あー…わかったよ!」
「一緒に戻ってくること!!良いわね?!」
「だーうるせぇ!」
「うるさいじゃないの、謝って来なさいっ」
 本気で降参、桂太は涼太に「しばし抜けるは!」と言う勢いで席を立ち、芹香の言葉通り実行しに飛び出していった。
気持ちだけ先走ることなく上着も持っていくからちゃっかり者な気がする。
 バタン!と玄関の戸が勢い良く閉ったのを最後に、すっかり場が静かになった。
 涼太は何がなんだかと置いていかれた気持ちのまま少し沈黙し、気持ちを整理してから芹香を見る。
 勇ましさ、凄く素敵でした。
ちょっと恐かったですけど、それも新しい一面でよかったです。
えっと、どういうことですか。
「芹、香?」
「え?ぁ、ごめんなさい」
 涼太の方に向き直ったその表情は、怒りだけというより意図的が見えた。
少し先ほどまでの行動が恥ずかしいのか、苦笑も混じっている。
 あぁなんだ。
 涼太は桂太と同じく踊らされていることに気づき、降参で両手を上げてしまった。
「なんだ。全部、嘘?」
「泣いたのは本当よ。怒ったのも本当。だけど言葉は計画的」
 行動は勢いでなっちゃったけど、と続けたが普通菜箸なんて流れで折れるものだろうか。
そこは触れないでおこう。
うん、それが正しい。
「なんというか…芹香は希美ちゃんのことになるといつも以上に勇ましくなるね」
「親友だもの」
 えへんと胸を張った芹香が可愛くて、涼太は席から立ち上がってキッチンへ足を運び、隣に寄り添った。
一緒に今日の料理は何か拝見する。
「ということは、御飯もお預け?」
 仲直りしてから一緒においで、ということだろうから、それぐらい予想は出来ていた。
今見た限りでも、もうすぐ料理が完成する様子は無い。
「そ。それも合わせてごめんね」
「いいや。桂太にはあれぐらい言わないとダメだろうから」
 オレには言えないな、という感じで涼太は苦笑してから芹香にキスをした。
 第三者である自分ですら降参した気分になったのと、格好良さと、惚れ直しそうな気持ちを込めて。
色々複雑な思いはあるけれど。
「原因は知ってる…よね?」
「えぇ。希美に、私の方が料理上手って言ったらしいの。あのコ頑張ってるのに、それは無いでしょ?」
「あー…そう、なんだ」
 涼太が芹香と出逢った頃に芹香が住んでいた河合荘は、当時半『ゴージャス』寮になっていて、腕前はそこからもっと上がっている。
芹香本人は普通なくらいと思っているが、食通4人を唸らせ、店長だった天袮すらもお世辞無しでと言わせた位だ。
多分――…桂太が言うのは間違いない。
 希美が芹香の前で泣いてしまったのは、事実だと分かっていたからと、言われた芹香が謙遜無く怒った優しさだろう。
 それに希美は芹香に謝らせて欲しい訳でも、桂太に気づいて欲しいからでも無い。
泣かせたのはある意味、芹香の所為だと思う。
桂太は損した側だ。
 女の子の友情は男にとって計り知れない。
 なんだろ、自分のことでこんなに怒ってくれる日が来るかな。
えっと、あれ?
最大の敵はもしかして昔好いてくれてた希美ちゃんかも。
なんて心配もよぎっていたのは言うまでも無い。
 まぁ、とりあえず時間の経過を待てば良い、それが涼太の最善すべき選択だろう。
「希美ちゃんの手料理は食べたこと無いけど、芹香の料理は美味しいよ?」
「ありがと」

 それよりも、芹香が作っているメニューが桂太の好きなものってのが気に入らない、と白状するべきだろうか。
弟に嫉妬なんてしないと思っていただけあって、自分にショックだったから、言えぬまま終わるだろうけれど。
 世の中複雑だな、と久々に涼太はそんなことを思った。


※『Tears of joy』にその後の桂太たち



back





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -