I gave my words






射抜くような強い視線、ぼんやりしていても気づける。
あれで気づかれないように、と思っているから千鶴は可愛い。
新選組の組長をしていた男が殺意なければ気づけない、とか思っているのだろうか。
遠慮する必要全く無いのに。
あぁ、本当に可愛い。
俺はとっくに身も心も千鶴想いの末期だから、しょうがねぇ。

そんな訳で、俺はしばし千鶴の好きなようにさせておいた。
悪趣味だなぁと思いつつ。
それでも止められない、俺。

本当、俺って終わってるわ。





 ガザガザ。
 藤堂と千鶴は整備されていない森林の中を歩き進む。
会津から仙台に行く最中、敵に見つからないようにした結果、そうなってしまったのだ。
 この先を思うと、足取りが重くなる。
藤堂にとって土方に受けた命は苦しいものでしかない。
 いつかはしなければならないこと。
勝手にさせてはいけない、自分がこの命をしなければ後悔する。
出逢うことを自ら選んだ――先にいるのは山南、過去の同志。
 苦しくとも前に進めるのは、自分の後ろにいる千鶴と一緒にいるため、千鶴が笑顔でいられるように。
 藤堂は決めた。
千鶴の傍にいると。
 それ以上、何を望もう。
 だから、憂鬱も払いのけ、進められる。
「この枝、気をつけろよ」
「うん」
 千鶴が動きやすいよう藤堂が先を歩き、足場を選ぶ。
太くて折れない、飛び出た枝を千鶴に教えてから、藤堂はそれを頭だけ動かし避けた。
「千鶴、疲れたら言えよ」
「うん、大丈夫だよ」
 ぽつぽつ、周りの気配を窺いながら会話を交える。
千鶴は疲労すら無理をして言わなそうで、心配だからだ。
鬼の血筋により平均以上の体力を持ち合わせているが、結局運動の差で平助の方が勝る。
 それに、今の千鶴は散漫としている。
 理由は視線で分かっているけれど。
「千鶴」
 現状不謹慎ながら、千鶴を今すぐ抱きしめたい衝動に駆られっぱなしも、そろそろ限界。
結構待ったし、好きにさせてたけど、ずっとは無理。
 ぴたり、と藤堂が足を止めて振り返ると、千鶴もそれに合わせ一緒に止まった。
「……ど、どうしたの?平助君」
 一瞬の間、少し動揺した声。
 分かっている。
その動揺が疚しい後ろめたさじゃないことくらい。
 隠す必要なんてあるのだろうか。
男の藤堂にはさっぱり理解出来ないが、あることを千鶴は頑張って隠そうとしている。
 そんな我武者羅も可愛い。
笑いそうになる。
ダメだ、笑ったら千鶴が拗ねるから、今は抑えないと。
「何かあるなら、言えよ」
「え?」
 やはり千鶴は気づかれていない、と思っていたようだ。
きょとんと目を丸くして、千鶴は驚いた、という雰囲気を見せる。
「な、にが?」
 嘘もつけない。
ついても、千鶴の事なら見抜くだけの技量を藤堂は持ち合わせているつもりだ。
「俺のことじっと見られると、こっちまで熱くなる」
 女の視線は一直線だと強さを増す。
藤堂の場合、千鶴のに敏感で、一番見過ごせない。
「っ!!」
 その言葉で千鶴は何をしていたかバレていたことに気づき、一瞬にして頬を真っ赤にさせた。
恥ずかしくて仕方がない。
「え、ぁ、その…」
 逃げたくなるような気持ちになっているのか、千鶴は一歩後ろに下がろうとする。
その動作で地面に落ちた枝を踏み、ぱきっと折れた音が鳴った。
「あ、」
 その音に対し、何故か予想以上に驚いてしまう。
びくりと身体が揺れ、傾く。
 千鶴は自分が思っていた以上に動揺していたのだと、今さら気づいた。
「――あっぶね」
 倒れそうになる身体を、藤堂が腕を掴み、引き寄せる。
強い力と共に、千鶴の身体は後ろから前に倒れる方向を変えた。
そして藤堂の胸もとにぼすっとぶつかり、止まる。
「大丈夫か?千鶴」
「……ごめんなさい。平助君、有難う」
 一度深呼吸、気を落ち着かせてから千鶴は藤堂を見た。
「千鶴が大丈夫ならそれで良いよ」
 何やってんだ、と藤堂が笑う。
 千鶴はただ言うのが恥ずかしくて動揺しただけ、良い悪い判断しようにないこと。
だけれど藤堂の優しい表情に、自分のしたことがいけないことと思えた。
「あの、ね」
 するりと、喉で止まっていた言葉が零れていく。
 千鶴の素直さは美徳だけれど、藤堂が言わせたかったと思っているなど微塵も気づいていない辺り、もう少 し疑いなさいと言いたくなる。
可愛さと心配は紙一重。
「ん?」
「髪、切ったでしょ…?洋装に変えて、」
 あぁ、やっぱりそれか。
 藤堂は何かまでは分かっていなかった。
でも嫌な視線では無かったから、気にしていなかった、とも言う。
 自分でも気になる髪を、藤堂は手で軽く摘む。
「やっぱ変か?」
 軽くなった、が切った時の第一声。
髪って重たさを感じるものだったのか、と学んだ。
 時代の変わり目。
思想や権力だけでなく、文化までもが変わろうとしていた。
 今着ている服装だってそう。
海外では普通だというから、知らないことだらけ、島国だったんだなぁと改めて思わされた。
「ぅうん、そうじゃないよ」
 ぶんぶんと頑張って顔を左右に振り、否定する千鶴。
そんな頑張らなくても伝わってるよ、と言いたい。
「そうじゃなくて、ね……その、前にも言ったんだけど」
 両手を少しいじる仕種は幼さを増す。
千鶴ってこういう態度も見せるのか、と藤堂新発見。
「格好いぃなぁ……って。見惚れてたといいますか、目が離せなかったといいますか」
 小鳥のさえずりよりも小さくなり、もごもごと誤魔化す声。
風で擦れる葉や草の音があと少し大きかったら、聞こえなかった程だ。
「――千鶴、」
 これはヤバイ。
言葉で負けるだなんて思いもしていなかった。
 だから、あの視線だったのか。
少し興味があるような、そわそわしたような歯がゆさは。
「見慣れない後姿だったし、平助君って…きゃっ?!」
 千鶴を抱き寄せる。
 痛いと思わせてしまうくらい、ぎゅうっと力をこめて。
抑え切れなかった。
加減なんて出来なかった。
 どちらの音か分からない、鼓動の音が重なっている。
 感じる、溢れる、これが、揺るぎない想い。
愛おしさが満ちる。
「格好といえば、千鶴」
 自分が着ている新しい服装、で思い出した。
そうだ、もうずっと前から思っていたこと――
「俺、早く千鶴の着物姿がみたい」
 男装しない生活。
普通の、女の子の着物を着ている姿。
 今改めて噛み締める。
初めて逢った頃から言っていた。
あの頃から、望んでいた。
 どうして忘れていたのだろう。
 どうしてこんなに大事なこと、今まで結び付けていなかったのだろう。
 ずっと前から千鶴に惹かれていた。
興味でじゃない、あの気持ち。
嘘じゃない、脚色じゃない。
 千鶴、千鶴。
 名を唱えるように、心で何度も、呼ぶ。
「うん。約束、したよね」
 千鶴は忘れていなかった。
 その優しい言葉と想いに、藤堂は忘れていた自分が滑稽に思えた。
「平助君は気にしてたけど…短く切った髪も、この洋装も、すっごく似合ってるよ」
 少し可笑しそうに、胸もとで顔を埋めながら、千鶴が零した。
「千鶴」
 恥ずかしいからそうしているのだろうけれど、やっぱり目を合わせて言って欲しい。
 藤堂は片手を千鶴の顎に乗せ、顔を上げさせる。
「もっかい」
「もう言いません」
「なんで」
「なんでも」
 頬を赤らめて、ふわりと笑う千鶴に、藤堂は唇を重ねた。
 離せない、離させない。
 千鶴の傍にいたいから、生きる。
そう決めた。
だから、もう揺るぐつもりなんて、無い。
 この先、闇が待っていても、千鶴だけは、離さない。

「千鶴。有難う」
「……?」
 いつも勇気を貰っているなんて、言えなかった。



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