Over shoes, over boots




※公式設定ではありません。1年・雪村兄妹(薫と千鶴)、2年・沖田と斎藤




 お昼休み、生徒がひしめく売店の隅にある自販機の前で、千鶴は悩んでいた。
雑音も人気も忘れきっている。
ちょっと、あぶない。
「どうしよぅ…」
 薫に頼まれた紙パックのフルーツミックスが、同じ自販機に何故か2種類ある。
少し前まで1種類だったのに、いつ増えたのだろう。
フルーツミックスが2種類もあるなんて……なんか豪勢だ、と思うのは千鶴だけだろうか。


 本当は薫とふたりで買いに行くつもりでいた。
しかし、教室を出ようとしたタイミングで薫が他のクラスの子に呼ばれ、千鶴は「私が薫の分も買ってくるよ」と言い張ったのだ。
買い戻ってくる頃には薫の用事も終わってたりしたら丁度良いなぁ、なんて発想からなのだが――空回りしてしまった。
「うーん、うぅぅ…」
 いつもコーヒーの薫が、今日は気紛れにフルーツミックスを選んだ。
なので、いつもこれ飲んでいるからとか、そういうので決めることが出来無い。
 どっちでも良いよ、と薫は言ってくれるだろう。
千鶴は分かっていた。
だけど、薫のために最善を選びたい。
 余談だが、この場に薫が居たら「千鶴の好きな方で。僕はそれが良い」とか言うだろう。
「聞きに戻ろうかな」
 こういう苦労は厭わない。
薫の笑顔がみたい、頑張ろう、その気持ちが千鶴を動かす。
「うん、そうし――」
 決意し、くるりと身体を反転しようする。
その途中、ドンと何かにぶつかり、その反動で数歩下がった。
 人気の多い時間帯、他の生徒とぶつかってしまったと気づき、千鶴は慌てる。
「す、すみません」
「やぁ、千鶴ちゃん」
 謝った声と挨拶の声がちぐはぐに重なった。
「え?ぁ、沖田先輩!…と斎藤先輩。こんにちは」
 聞きなれた声に千鶴は勢いよく顔を上げて確認し、軽く挨拶する。
 相変わらずネクタイをせずにだらっと制服を着崩した沖田と、その正反対で模範の如くきっちり制服を着込んだ斎藤は千鶴の1つ上、2年生の先輩だ。
学年が違うながら、色々な縁合って、千鶴は仲良くしてもらっている。
「大丈夫?」
 沖田は少し背を丸め、千鶴がぶつけた額を軽く手で擦った。
 わ、わわ、と千鶴の心は別の意味で慌て始める。
 触れた手。
どきどきし、鼓動が早くなる。
恥ずかしくて、くすぐったい。
 そして、優しい沖田にハラハラした。
 心は案外、ふたつのことを器用に同時進行出来るようだ。
 千鶴も凄い失礼な気持ちだけれど、沖田が千鶴にする日頃の行いも悪いので、どっちが酷いとかでは無く、どっちも酷い。
「悪趣味にもほどがあるぞ、総司」
 ふたりのすぐ隣で斎藤が重たい溜息と呆れた表情を見せた。
沖田は千鶴の額から手を離し、何食わぬ顔で「そうかなぁ」とかほざく。
「だからちゃんと声かけたじゃん。何、一君。今、それを掘り起こすの?その方が悪趣味だって」
「声をかけたら帳消しなんて事では無いだろ」
 なんだかよく分からない会話が千鶴の横で繰り広げられている。
 とりあえずこの流れからして、千鶴がぶつかった相手は沖田のようだ。
斎藤ならばもっと早く詫びの言葉が出ている。
「えーっと。なんですか?その悪趣味って」
 千鶴は首を傾げて問いかけ、説明下さいと強請る。
「うん?あぁ、うーん、まぁ言っても良いか」
「沖田先輩?」
「あのね。千鶴ちゃんが自販機の前で悩んでる姿、見てたんだ」
 あー言葉にしてみるとちょっと悪趣味かも、一君。
 あっさり沖田が肯定、へらりと笑った。
斎藤は呆れの溜息を再度つく。
「そうな…って、えぇええ?!」
 一瞬、ふぅんと納得だけで終わりかけた。
聞き流しそうになった、とも言う。
 千鶴はひとりで動揺する。
あわあわと手が空中で無意味に動いた。
「ははは早く声かけて下さいっ!」
 悩んでいた姿を見られていたと思えば思うほど、顔が赤く染まっていく。
それを止めることは出来そうに無い。
 千鶴は両頬を手で隠した。
「だってねぇ?何にそんな考えてるのかなーって思っちゃうでしょ?」
「俺が気づいた頃にはもう見ていたから、総司がいつから居たのかは分からん」
「斎藤さんが更に落とした…」
 優しさは罪だ。
 そんなことを思いながら千鶴は心で泣いた。
 いつから沖田は見ていたのだろう。
ぶっちゃけどれくらい悩んでいたか、千鶴には分からない。
「それより、君がそんなに自販機の前で悩んでいた理由は何?」
「……え?あ、それは薫の――」
 ぐん、と身体が後ろに引っ張られる。
それに気が集中し、途中で言葉を切らしてしまう。
 千鶴の視界に、別の人が映った。
誰か沖田との間に――

「僕の千鶴に何してんの?」

「薫!」
 同じ髪質に同じ色素、見分けるポイントは性別と身長の差くらい、というほど似ている雪村兄妹の兄――薫が割り込んできた。
「どうしてここに?」
 来るなんて思いもしていなかった千鶴は、目を丸くする。
「あーあぁ…来るの早いよ、君」
 予想していたようで、呆れるだけ。
沖田は少し残念そうな声を上げた。
 雪村兄妹の仲は周知で、薫が千鶴を助ける、または誰かとの間に割り込んで邪魔する、など日常茶飯事だ。
 付け加えると、普通、妹に「僕の」なんて言葉、つけない。
自然すぎてスルーしそうになるが、よく考えてみると凄い発言だ。
「千鶴が遅いから迎えに来たんだ」
「そんなに時間過ぎてた?ごめんね」
「うぅん。むしろ行かずに待っていたら後悔していたよ」
 言っている意味が分からない、と千鶴が首を傾げるも、薫はそれ以上説明しなかった。
 千鶴は沖田に懐いている。
嫌な奴が千鶴にちょっかいだしてた、なんて言ったら千鶴は寂しい表情をするだろう。
 それだけは避けたい、見たくなかった。
 薫にとって沖田はどうでも良い。
千鶴が笑ってくれることが、大事だ。



「忘れられているな」
「あ、一君が突っ込みいれた」
 蚊帳の外なんて、この兄妹と居ればよくある事。
 沖田は平然としたまま、幾つもある自販機のひとつにお金をいれ、自分のと、千鶴が好んでよく飲んでいるのと、2つ買う。
「総司?」
 片方が自分の分など微塵も思っていない斎藤は、怪訝そうに沖田を見る。
「千鶴ちゃんにあげようかなって」
 千鶴は少し驚きながらも嬉しそうに受け取ってくれるだろう。
そんな表情を見て、薫は不機嫌になる。
邪魔な存在が千鶴に、なんて苛立ちから。
 放置されっぱなしで終わる沖田では無い。
 雪村兄弟が…というより千鶴が先輩ふたりに目を向けるまでもうすぐ、準備はもう、出来ている。



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