That leaves your soul to bleed






「はっ――!」

 短く息を切る。
 幼い身体で振る木刀の軌道は小さいが、年の割に速さと重たさは異常だ。
それをあっさりと左之助は受け止め、押し上げる。
 手加減はあからさま、だけれど茂にとって重たい切り替えし。
「父さま、ずるい…!」
 身体の差に、茂が文句を零す。
 それでも瞳は鋭く、諦めていない強い意思が千鶴にそっくりだと左之助は思うし、成長していく茂を父親として誇りに思う。
「おいおい。ずるいってそれはねぇだろ」
 まだ幼く経験も浅い事実、覆しようがない。
それでも理不尽だと思う子供心が可笑しくて仕方が無かった。
「茂、隙があんぞ」
 茂が繰り出す技術など左之助からすれば容易く、気が散漫していても受け止められる。
「く、っそ!」
 罵声は誰に向けてなのか――父の左之助か、それとも己か。
 気持ちが勝手に空回りしないよう、気をつける。
目の前に広がる結果が事実だ。
受け止めて、違う何かを吸収しろ。
 唱えて、唱えて。
 茂は左之助に挑む。


 茂の稽古を、不知火は顎に手を当てながらぼんやりと傍観していた。
 本当に大人と子供の差だが、左之助の表情はつまらない所か微笑ましい緩さ。
親馬鹿すぎる…と不知火は心でぼやいた。
言っても左之助は認めるだけで面白くないから、声には出さない。
「原田ぁーそろそろでかけんぞ」
「はぁ?どういうことだ」
 現在、原田家には男3人しかいない。
 旦那の千景と又も(ここ重要)喧嘩し、異国まで遊びに来た千姫が千鶴を連れて出かけた。
左之助も一緒に行こうとしたが、「女の子同士の買い物を邪魔する旦那は何処のどいつだ」的恐い視線を頂き、諦めたのは言うまでも無い。
「千姫が酒は俺らで買って来いと。終わったら合流して荷物持てとも言ってたなぁ」
「なら始めから――」
 一緒に行けば良いのに、と思うも視線の先――茂を見て、左之助は千姫の意図に気づいた。
 稽古は欠かさず、茂との約束。
その時間を割くわけにはいかない。
 そりゃ俺にとって茂との稽古は大事ですけどね。
 配慮を黙ってする千姫は良い女なのだろう。
左之助には千鶴しかいないし選ばないし興味は無いけれど、正しい評価はする。
「ほれ、最後」
 適当な不知火の投げかけと一緒に、パンと両手で叩く音。
 それ気持ちの切り替えになる。
「――いくぞ」
 気合を入れ直せか、最後だと言っているのか……茂には判断出来ないが、とにかく何かの合図だ。
茂はぐっと集中する。
「っ――……!!」
 ぞくりと来る視線。
息を飲んだ瞬間には全身が威圧感で悲鳴を上げる。
 止まらない。
 ぐん、と頭が前後に揺れ、身体が浮き上がった。
少しだ。
大きく、じゃない。
軽く、足が、浮く。
「…くっ」
 振りあがった木刀が瞳に映る。
 先ほどと同じ押し返す動作なのに、さきほどまでの威力とは比べものにならない。
 苦しかった。
まだまだ、先は遠くて、左之助の背中すら見えない。
 いつか父親の技量を越えることが出来るだろうか。
 分からない。
 悩んだってしょうがないことに、振り回されている。
「っ!」
 茂はそんなことを思いながら、軽く身体を捻り、地面に足をつけ、滑り続ける勢いを摩擦で止めた。
「しゅうりょー」
「休んだらでかけるぞ」
 相変わらず適当な声を上げる不知火と、にやりと笑いながら軽く髪をかきあげた左之助を、茂は恨めしさで睨みつけた。
自分だけ息が切れている。
雲泥の差なのは分かっているけれど、悔しいことには変わりない。





 ざわめく市場――随分賑わっている人混みと品揃え。
だいたいここで揃えられる、と聞いていただけのことはある。
 悪く無い、悪く無いのだけれど。
 千姫には拭えない疑問があった。
「ねぇ、千鶴ちゃん」
 人とぶつからないように歩きながら、千鶴は買い忘れが無いか確認している。
「うん?買い忘れ、あった?」
 ふと顔を上げ、首を傾げた。
そうじゃないと千姫は左右に首を振る。
「ここの市場、さ。原田さん…知ってるの?」
「え?うん。左之助さんとよく来るし、左之助さんが好きな場所だよ」
 顔見知りも多いようで、千鶴に声をかけたり千鶴から声をかけたり、そういうことがちらほらあった。
千鶴の返答に偽りは無いと思う。
「じゃぁ、千鶴ちゃんがひとりで来たりもする?」
「勿論」
「そう……なんだ」
 市場は賑わっている、そりゃもう。
 ただ、すこーーーーし治安が悪い。
嘘つきました、それなりに悪そうだ。
違法もあからさま、ちゃんと目を凝らせば隠していないことが分かる。
 こういう場所はだいたい取り締まっている組織が良いのだろうけれど、そこが重点なのでは無い。
 左之助が、千鶴を、危ない場所に、買い物なんて――行かせるだろうか。
 それが千姫には拭い去れない。
「うーん?」
「どうしたの、お千ちゃん…ってあれは、茂…と左之助さん?」
 人混みからひょっこり飛び出した茂を見つけ、千鶴が半信半疑な声を上げる。
よく見てみれば左之助に肩車された茂、だ。
「あぁ、不知火もいるわね」
 けたけたと笑う左之助と肩車をしてもらって楽しんでいる茂、そしてその隣を歩く不知火の3人を千姫も見つけ、そういえば千鶴に説明していなかった…と今更ながら思い出した。
「そうそう千鶴ち――」
 切り出そうとした瞬間。
どん、と身体が何かとぶつかった。
 痛いなぁと思いながら顔を上げると、知らない男達と目が合う。
そして何か喋ったが、千姫にはさっぱり分からない。
軽い会話が出来る程度の異国語、それだけで聞き取れる筈がなかった。
 千姫は瞬時に雰囲気だけで判断する。
良心の無さそうな悪、しかも不機嫌――結論、最低で価値も無い。
 周りをぐるりと視線だけ動かし、様子を窺う。
自分が非難されているというより、周りの人は男共に嫌そうな目を向けていた。
元々面倒で邪魔な問題ある存在だったのかもしれない。
 八つ当たりは勘弁。
 ここをどう切り抜けようか思案する前に、千姫はハッと思い出す。
こういうの、昔に一度だけあった。
どうして先ほどからこんなにも気づくのが遅いのだろう、と後悔もしてしまう。
「お千ちゃんっ」
 千鶴の勇ましい声。
 あぁ、遅かった。
もう、千姫より前に千鶴が立っている。
 男共に何か話し、千鶴は威嚇した。
「千鶴ちゃん」
「まかせて」
 何を任せれば良いのだろう。
 その勢い、凄く可愛いし頼りにしたくなる。
その強さが美しく、なんて脆いのだろうと心配になる。
 それだけではどうにもならない。
ダメダメ、千鶴ちゃん。
千鶴の威嚇なんて可愛い程度、襲ってくださいと言っているようなもの。
 千姫は千鶴の腕を引っ張ろうとした瞬間――千鶴の前に居た男が右に飛んだ。

「え?」
「あ、」

 千鶴は訳が分からずきょとんとした声を、
千姫はそういえばと思い出した声を、
同時に、上げた。
「千鶴!大丈夫か」
 千姫など気にしていないというか目に入っていない愛の盲目、左之助が吹き飛んだ男にもう一発繰り出してから、千鶴の様子を問う。
 その横で高く足を振り上げ、他の男の頭に直で蹴り飛ばした不知火がご機嫌の声をあげている。
俺結構足あがんじゃん、とかしょうもない評価付き。
「せんひめさん、だいじょうぶ?」
 ある意味一番、正しい配慮をした茂は、仲間ふたり倒され我に戻った男の膝を後ろから蹴り、体勢が崩れて無防備になった片腕を捻り上げる。
小さい身体でもどうにかなる武術、関節技は天霧直伝だ。
 呻き声を上げながら掴まれていた腕を振りほどき、男は反撃を繰り出そうとするが、あっさり子供に避けられ、驚きで気が散漫している間に左之助から殴り落とされた。
 茂は大人をひとりで仕留められると思っていないようで、隙を見計らってだけだ。
父の左之助には不満を感じるが、他の大人との差には素直に認められるらしい。
「茂、よくやった」
「うん」
 左之助が茂の頭を豪快にぐしゃぐしゃと撫でる。
嬉しそうな笑みを零す茂の表情は年相応で可愛らしいし、素直で微笑ましい。
 倒されたの数名、残され慌てた男が声を上げて仲間を呼び寄せる。
非戦闘――実際はそれなりに戦える女性陣だが――を庇える人数では無くなってきた。
「茂!千鶴たちを連れてけ」
 ひと声、それで茂は千鶴と千姫の手を掴む。
予想していたのか、俊敏の動きだ。
教育の賜物と、左之助と千鶴の傍で息子をしてきただけのことはある。
「父さまもしらぬいさんもやりすぎちゃダメだよ。おとななんだから」
「おぉい原田。やっぱ茂はすげぇな」
 相手(敵)の技量踏まえて忠告してるぞ、と茂の成長を喜んだ笑みを不知火は零した。
茂には軽く片手を上げて「おー」などと了解の合図を見せている。
「お前が嬉しそうな面すんじゃねぇ」
 父親的観点やめろ、と左之助が妬んで怒鳴りつけるも、口元は笑っていた。
それにケラケラと不知火は笑いながら、敵の急所を的確に拳で打っていく。
 所詮、暴れ馬鹿は落ち着いたと見せかけ、本当は卒業出来ていない。
 気分発散、容赦無い力で倒していく。
「左之助さんっ…!」
 え、え?と展開に追いつけていない様子の千鶴が振り返る。
 そんなことだろうと思った、なんて千鶴を読みきったご様子の左之助は淡く笑う。
「――千鶴。茂を信頼しろ」
 当然の事を言われてしまったら、何も言い返せなくなる。
「卑怯な、左之助さん」
 ぽつりと拗ねた言葉に、左之助が喉を鳴らして笑った。
 千鶴はぷいと視線を外し、茂と千姫と一緒にこの場から立ち去ることを第一優先にする。
今は、左之助にとやかく言うべきでは無い。
「茂、」
 千鶴から茂の手をぎゅっと握り返すと、茂が見上げてくる。
「母さま、だいじょうぶ」
 父親を信じきった、母親を安心させようとする、声。
 頼もしい息子に、千鶴は微笑んだ。
嬉しくて、目頭が熱くなる。
 左之助が心配だけれど、茂の手を振り解くなんてことも、考えられなかった。
 家に帰って、左之助を待とう。
助けてくれたことに感謝して、喧嘩したことは怒れば良い。
 もう左之助とふたりでは無い、父親と母親として茂と3人で居るのだから。
この選択で、良い。


※『That wouldn't be much of a problem』に合間とその後



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